第六節 氷狼神

 「と、これがこの世界が滅んだ理由なのさ」


 フェンリルとやらがこの世界が滅んだ原因の話を終えた。

 いきなりこいつが登場するなり、僕がこの世界の真実を教えてやろうとか言い出すからブルーと一緒に聞いてみれば……


 「結局お前が原因でこの世界が炎上してるのか」

 「そんなこと言わないでくれよ。僕だってこんなこと望んでるわけじゃないんだ」

 「確かあなた氷の神性を持ってると言ってたわね。自分で力を制御できないだなんて、未熟もいいところだわ」

 「そりゃあ色々未熟な点があるのは承知しているよ。北欧神話で僕は魔狼として登場したが、元々知能が低いんだ」


 神話ではフェンリルは悪神ロキと巨人の女アングルボザの子で、神々に災いをもたらすと予言された。

 そこで、ラグナロクが始まるまで拘束され続けていたらしい。

 しかしフェンリルはその拘束を解き、ラグナロクが始まると魔軍と一緒に神々の国を攻め、大神オーディンを飲み込んで殺したという。


 「神を食い殺すとね、神の神性を取り込むことができてしまう。僕はオーディンから大いなる知恵を、氷の神たるスカディから氷の神性を取り込んだ。大いなる知恵のおかげでこうして理性的に話すことができてるけど、氷の力の方はどうにもならなくてね」


 つまりこいつは、神々を次々と食い殺して能力を得たということだ。

 まるで星のカ〇ビィーみたいな奴である。こう、コピー能力的な感じで。


 「でもあなた、前世の記憶があるのね。普通、転生したら記憶がなくなるのに」

 「……僕は啓示を受け取った神の一柱だからね」

 「啓示……ですって?」

 「そういうブルーさんは啓示を受け取っていないみたいだね」

 「それはどういう……」

 「じゃあ、それを教える代わりに一つ、頼まれごとをしてくれないか?」

 「……なんだよ?」

 「スルトを倒してくれよ」


 少しだけ、俺の中に怒りが沸いた。


 「お前、自分でスルトをこの世界に呼んだくせに、容赦なく殺すのか」

 「だってそうしないと、いつまで経ってもこの世界に生物は生まれないからね。たとえスルトを倒して氷の世界になろうとも、氷神の僕なら寒冷な土地に適応可能な知的生命体をデザインできる」

 「なら、なんで最初からその生命体を創らなかったんだ」

 「僕だって最初は氷の神性のせいで世界が寒冷化するとは思わなかったんだ。それに、気が付いた時にはもう知的生命体の文明が発足されてたし、今更処分するなんてもったいないじゃないか」

 「もったいない……?」


 人の命をなんだと思って……!!

 俺はこいつを殴りたい気持ちでいっぱいになったが、ブルーがそれを制止した。


 「落ち着きなさいオールド。神なんて種族、みんなこんなものよ。あなたが出会ったイザナミだって、昔は人を平気で殺す死神だったわ」

 「それは……そうだが……」

 「人間だってそうだったわ。数多いる生物を無慈悲に殺し、加工して、商品にした挙句、命の重みも知らないで食べてたのよ。こいつの態度は、妥当だわ」


 ブルーの言っていることは本当だ。間違ってはいない。

 だが……俺は何故か怒りが収まらない。人類の積み重ねてきた記憶が、この言葉に反発しているような気がして。


 「まあ、君の個人的な怒りは置いておいて……僕の取引に応じてみないか? 啓示の内容を知ると知らないとでは、違ってくることもあると思うよ」

 「……」


 ブルーが俺の方を見ている。お前が選べ、と言っているような気がした。


 「……いやだね」

 「ほう、そんなに僕が嫌いになったのかい?」

 「お前はこの世界を燃やした原因だし、燃やされた人々の気持ちも汲もうとしない。あげくスルトを殺せときたもんだ。俺の中にある人の記憶が、それを許さない。だからお前からなにかを教えてもらう気はない」

 「と、言うことだわ。私はオールドについていくから、これでさよならよ」

 「じゃあ、この世界から立ち去るのかい?」

 「いいや、まだ、やるべきことがある」

 「それはなにかな?」


 フェンリルがクックと笑っていた。気に入らない笑い方だ。


 「スルトを、解放する」

 「殺すのか……いいねぇ。僕にとってもそれは都合がよろしい」

 「お前のためじゃない。スルトのために死なせてやるんだ」

 「結局僕の取引材料になるのに、取引はしないと?」

 「お前から得られるものなんて、邪悪ななにかに決まってる」

 「ほぅ……」


 フェンリルは怒るでもなく、無関心でもなく俺を見つめていた。物珍しそうな顔で俺を見て。


 「それがあなたのやりたいことに繋がるのね?」

 「ああ」

 「なら、いいわ。好きにやりなさい」


 ブルーのお許しが出た。その言葉通り、好きにやらせてもらおう。


 「でも、君達じゃあスルトを殺せないよ。あいつは神殺しだ。とある神を食べて奪った僕の呪いの神性でも、未だに死なずだし。かといって物理的な攻撃を普通にしたんじゃあ全て燃やされてダメさ。それは君も実感したろう?」

 「確かに、スルトを倒すには……俺は力不足だな」


 炎の巨人であるスルトに勝つには、特別な力が必要だ。そして、それは……


 「分かってるんだろう? 結局僕の氷の力が必要なのさ」

 「……お前に助力してもらうのは嫌だな」

 「なら、やめるかい? その代わり、スルトは倒せないよ」

 「お前が単体でスルトに向かったところで、倒せないのも事実だろ」

 「そうさ。僕のできることは、氷の力でスルトの力を封じるくらいで、あいつの強大な生命力を削れるわけじゃない。アタッカーが必要なのさ。」

 「そのアタッカーがスルトとの共闘に賛同しないとすると、お前の世界は永遠に燃えたままだろうな」

 「……僕はね、君の思っている通り邪悪な性質を持っているよ。でも、今回はスルトと同じ北欧神話の神として、安らかに眠りについてほしいという気持ちがある。僕は、別にスルトにこの世界を温めてほしいだけでここへ招いてはいないよ。僕は、彼がどこか寂しそうだったから……誘ったのかもしれないね」


 ……それは、嘘かもしれない。でも、本当かもしれない。

 信じる余地があるという重りと、俺の怒りの重りが天秤で測られる。

 それと、スルトを倒すという方法が、彼の協力を得るしかないということも考える。

 俺は……スルトを休ませたいという気持ちにだけ、応えてもいいのかもしれない。そう思った。


 「……今回だけ、一緒に戦おう」

 「葛藤したみたいだね。でも、嬉しいよ。これでやっと僕の世界が進展する」

 「まだ、勝てると決まったわけじゃないだろ。俺がスルトの体力を削り切れなかったら、結局意味がない」

 「大丈夫さ。FFのヤ〇マットよりは体力少ないよ」

 「別に俺達はラウンド制の戦いするわけじゃないし……」

 「じゃあアダマン〇イマイは?」

 「敵の問題でもないし」

 「ノリが悪いねぇ」

 「お前とバカ話する気にはあまりなれないんだ」

 「そうかい? 僕はこういうの好きだけどねぇ」

 「俺も好きだけど、相手がお前なら話は別だ」

 「僕ってある意味特別扱いなんだね。光栄さ」

 「……」


 こいつはアレか? 超ポジティヴゴッドなのか?


 「前向きのバカならまだ可能性はあるが……後ろ向きのバカは可能性すらゼロらしいよ?」

 「お前なんて親指以外の四本を根元からなくしちゃえばいいのに」

 「後ろ向きに陰湿だね」

 「ザワザワするからその話題はやめてくれ」


 その手のネタは不吉だからいやなんだ。

 俺が辟易していると、横にいるブルーが口を開いた。


 「思ったのだけれど、スルトは今あなたの呪いで苦しんで暴走している一面もあるわけよね」

 「そうだね。気が狂ってしまうほどの激痛に彼は苛まれているはずさ」

 「なら、その呪いを外すことで正気に戻る可能性は?」

 「それはだめだよ。もし仮に正気になったら、真っ先に僕を殺しに来るからね。それに、呪いは解除したくてもできないのさ」

 「それはあなたが神性をコントロールできないからかしら?」

 「未熟者で悪かったね」

 「未熟な自分を認めること。それができる者だけが強い者になれるのよ」

 「アドラーの言葉だったかい? 僕をアドバイスすべき後輩として見てくれてるのかな?」

 「別に私はあなたを憎く思ってるわけじゃないし、それに私の世界から生まれたなら、もうちょっとしっかりしてほしいと思っただけよ」

 「それはそれは」


 ブルーが取るフェンリルに対しての態度がちょっと気に食わない。

 俺の肩を持てよと思わないでもないからだ。俺氏、微妙に嫉妬中……


 「ま、スルトは物理的に殺すしかないよ」

 「神を殺してなにかデメリットってのはあるのか?」

 「もし、この世界がスルトによって作られたなら、スルトが死んだ時点で世界は消滅するんだ」

 「じゃあ、神が死ねば星の住人達も纏めてあの世行きってことか」

 「とんだとばっちりだよね」


 創造神が世界の要なんだな。


 「でも今回のスルトのように、既に創造された世界に神として転生した存在は、殺してもなんの影響もないよ」

 「一応確認するが、スルトが死んだらビフレストに魂が行くんだろ?」

 「そうだね。それを解放と呼ぶなら、確かに解放なんだろうさ」

 「じゃあ、やりがいがあるってもんだ」

 「そうかい? 英雄って言うのは、いつも変なところでモチベーション高めるからねぇ」


 フェンリルが何度も見た人種を俺に重ねているように見えた。

 そういえば、こいつは北欧神話が誕生した頃から地球で生まれてるんだもんな。

 歴史の中で何人もの人物と出会っているに違いない。


 「北欧神話で言えば、シグムントやシグルドが君みたいな変人だったね。でも、英雄の最後の死は特別非業なものさ」

 「それでも本人が満足してれば問題ないだろ」

 「それじゃあ神は困るんだよ。自分の都合で勝手に死なれちゃ、神は本来の目標を達成できないんだから」

 「……ああ、神が世界を創って知的生命体を創出するのは、自分の分身である生命体達が進化することで、神が自分の存在の格を上げるためだとかの話か」

 「そうさ。神は神で都合がある。地球は神話が数多い。死にたがりの英雄が民衆を引き連れて死ぬことが多くてね。ブルーさんも苦労したんじゃないかな」

 「……過去の思い出話をしても仕方ないわ。だって、旧人類はもう滅んだのだから」


 それは俺も同意である。

 今は、目の前の問題の話をしなければならないが……


 「でも、スルトを倒したいなら昔の思い出話は必要さ」

 「例えばなんだよ」

 「スルトはラグナロクの時、どういう結末を迎えたと思う?」


 ……スルトは、豊穣神フレイと激闘を繰り広げて打倒したらしい。そして多くの神々や巨人族が倒れていく中、最後まで生き残って地上に炎を放ち全てを焼き尽くしたと言われている。

 最後までこいつが生き残ったのなら、地球はもう焼野原だと言っていいだろう。けど、それはなかった。その後に大地が復活し、神々もまた再び立ち上がって現在の世界を築いたからだ。

 その時のスルトの行方は北欧神話には描かれていない。と言うことは……?


 「スルトはね、滅びの化身さ。実は、その滅びの対象に自分自身も入ってるんだ」

 「……どういうことだ?」

 「スルトが世界を滅ぼそうとするのは、自分の心を満たそうとするからだ。心が満たされた瞬間、その神話的特性によってスルトは自然に滅んで消滅するのさ」

 「じゃあ、滅び以外の感情でスルトを満足させてやれば……」

 「自然に消滅するだろうね。逆に、満足させない状態で致命傷を与えても、彼を余計に苦しませるだけで殺せないよ。僕の致死性の呪いが彼を苦しめているようにね」


 そうか……なるほど。


 「お前がカルナって奴とスルトの過去話をしたのは……つまりそういうことか」

 「大体分かったかい?」


 スルトはなにをしたかったのか?

 なにをすれば満足するのか?

 それは、全てカルナと繋がっている。


 「でも、カルナは死んだんだろ?」

 「もちろんスルトとカルナを会わせることはできないけど、カルナの意思を伝えることはできるんじゃないかなと僕は思ってるよ」

 「一体どうやって……」

 「カルナの意思が詰まった物があるんだ。それはね……」


 フェンリルがある物を示し、スルト打倒の鍵を俺達に伝える。

 そして、俺達は動き出す。

 スルトを解放するために。

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