第8話 私は選択肢を提示するのが好きだ 相手が何を選ぶか知っているから


「さてアクセル。立場は逆転した。完全に。完璧に逆転した。私みたいな美少女を痛めつけて楽しんでいた君は、今や私に痛めつけられる側だ。なぁに、それはそれで、慣れればきっと楽しいぞ?」


 アスラはニヤニヤと笑った。


「オレ、団長の笑顔好き」とレコ。


「趣味悪すぎんぞレコ。ありゃ笑顔とは言わねぇ。どす黒くて寒気のする表情、ってな。それと、レコが誰を好きになっても俺には関係ねぇが、団長だけは止めとけ」


 ユルキが苦笑いした。


「本当に、団長だけは止めなさいレコ」ルミアが言った。「だいたい、あなたを助けたのもご両親の仇を討ったのも、実質わたしでしょう? どうして団長の方に懐くの?」


 相変わらずの殺気を放ったまま、いつもの会話をする団員たち。

 君らも私に劣らずイカレてるよ、とアスラは思った。

 アクセルは左の脇を締めて、なるべく血流を抑えている。

 でもそう長くは保たないだろう。


「本題に入ろう」アスラが言うと、団員たちはみんな沈黙した。「簡単な話だアクセル。私には曖昧な一線というものが存在している。正直、このまま君を殺してもいいんだ。でもその一線を私は割と大切にしている。だから、君に選択肢をあげるよ」


 大切なのは一線そのものではない。

 それによって引き起こされるルミアとの決別が嫌なだけ。

 まぁ、今回に限っては最初にアクセルを殺すと言い出したのはルミアなのだが。

 チラッとルミアを見ると、ルミアはバツが悪そうに顔をしかめた。

 それだけ私を愛している、ということか。

 大英雄を殺してでも、アスラを守りたいということ。


「その1。このままダラダラと話をして失血死する。大英雄の最期にしては少々マヌケだが、私は別にいい」

「……んなことには、ならネェ……」


「ああ、だろうね。そうだろうとも。その2。戦って死ぬ。これを選ぼうとしているんだよね? 私たちはけっして、大英雄の力を甘く見たりはしない。君ならその状態でも、この状況でも、狙いを定めれば1人は殺せるだろう。いや、やはり2人はいけるかな? まぁどっちでもいい。どちらにしても、最初に狙うなら私だろう。が、私は第三の選択肢を推奨する」


「……言ってみろ……」


 アクセルは右手を床に突いた状態で、しゃがんでいる。


「謝れ。そうすれば生きて帰してやろう。その上、そこのマルクスが魔法で止血するオマケ付きだ。残念ながら、マルクスの回復魔法は君の手を元に戻せない。解毒系が主だからね。でも、殺菌消毒と止血はできる。あと気持ちばかりの治癒能力の向上か」


「俺様は……まだテメェらがやったと思ってる。テメェらには倫理がネェ。英雄だって嬉々として殺すってのがハッキリ分かった。それに、英雄を殺すだけの能力があることも」

「それは君自身が証明してしまったね」

「だが同時に、絶対にテメェらじゃネェとも思う……」

「ははっ! 血を流しすぎて意識が朦朧としているのかい!? 私たちだけど私たちじゃないって!? 最強の矛と最強の盾みたいな話になってるよアクセル!」

「うるせぇ……俺様も、困惑してんだヨォ……。テメェらは、マティアスを殺したらガチで宣伝するだろうぜ……けど、それをしてネェってのは……」

「やってないからだ。私には、他人の手柄を横取りする趣味はない」

「……手柄……だと? 英雄を……大英雄候補だったマティアスを殺したのが……手柄だってのかテメェは……」


 ギリッとアクセルが右の拳を握った。


「そうだとも。真犯人を見つけたら是非、《月花》に勧誘したいよ。それでどうするアクセル。私の靴にキスしたら、義手を買う金も恵んであげるよ?」

「テメェらじゃネェにしても……テメェらの存在は危険だ……。俺様らはテメェらみたいなのを想定してネェ……」


「だからルールを書き換えるんだろう? 好きにしたまえ。どうせ私は破るし、興味もない。聞いているのはどの選択肢を選ぶか、ってことだよ。まぁ、このままだと失血死が濃厚だがね」


「テメェらの存在は……色んなもんを、覆しかねネェ……。だから、監視させてもらうぜ……。テメェらの動向を……」

「それも好きにしたまえ。仕事の邪魔さえしなければ、特に監視役に手は出さない」


 アスラが言うと、アクセルは一度大きく息を吸う。

 そしてゆっくりと吐き出した。


「……悪かったな、嬢ちゃん。テメェらは犯人だが、犯人じゃネェ。悪かった。次は確実な証拠掴んでから、英雄みんなで殺しに来るぜ」

「よし。許してやろう。その弾け飛んだ左手で痛み分けとしよう。マルクス、止血してやれ」

「はい」


 マルクスはすぐに水属性の回復魔法【絆創膏】を使用。

 アクセルの失われた左手の先を、少し粘度のある水が包み込む。

 ちなみに、【絆創膏】という名前はアスラが考えた。なんかそれっぽかったから、という理由だ。


「ちゃんとした治療を受けろ」マルクスが言う。「英雄特権で、どんな医療行為も最優先かつ無料で受けられるだろう? それは30分もすれば消える。それまでに医者に行け」


 マルクスが言い終わると、アクセルを囲んでいた団員たちが三歩後退して、スペースを空ける。


「正直」アクセルが立ち上がる。「俺様はもうテメェらには会いたくネェ」


「それよく言われるよ。じゃあ元気で。いい義手を探しなよ?」


 アスラが手を振ると、アクセルは歩いて謁見の間を出た。

 その瞬間。

 謁見の間にいた人間のほとんどがその場にへたり込んだ。

 アーニア王は椅子からずり落ちそうな感じになっていて、肩で息をしている。


「情けない連中ばっかりだなぁ」アスラがその様子を見て言った。「そうだろみんな?」


「俺もビビッたっすわー」とユルキがヘナヘナと座り込む。

「……あたしも、疲れた……」とイーナがパタッと倒れる。


「正直な話、まさか大英雄が来るとは自分も思っていませんでしたので、衝撃でしたね」


 マルクスは長く息を吐いて、そのまま座り込んだ。


「はん。うちの連中もか。レコとサルメの方が根性あるんじゃないか? なぁルミア」

「大英雄を……殺しかけたわ……。脅迫もしたわね……」


 ルミアは座っているユルキの肩に両手を置いて、自分を支えていた。


「サルメ、疲れたならオレが椅子代わるけど?」

「大丈夫ですレコ」

「いや、代わるけど?」

「だから大丈夫です。心配いりません。私、まだ戦闘では役に立てないので、せめて椅子ぐらいは」

「代わってください」


「その必要はない」アスラが立ち上がる。「もう帰ろう。今日はゆっくり休んで、明日からしばらく訓練して、それから次の戦場に行こう」


「昨日もその前も訓練したっすよねー。早く固有属性に進化しろっつって、俺の魔力……えっと、MPが0になるまで魔法の練習したっすよねー」


 MPは休めば回復する。

 そして回復した時に、最大値が少し増える。そうやって、MPを高めるのだ。


「……あたし、手がもげるぐらい弓の練習した……」

「自分はレコとサルメの筋トレを指導していただけなので、特に疲れてはいません」

「指導だけじゃなくて、一緒にやってたじゃないの、わたしもマルクスも。正直、わたしは最近、筋肉痛が少し遅れてくるのよね……」

「オレ、実は全身筋肉痛」

「私もです」

「応用訓練は死ぬまで続くと言ったはずだが?」


 仲間たちの主張に、アスラはそう返答した。

 それから、アスラはアーニア王の方へと歩いて行く。


「おお、アスラ、大丈夫なのか? すまなかった、まさか大英雄があんなことをするとは」

「いいさ若き王。酷く痛むし、早く休みたいけど、この程度なら想定内だよ。座り直して」

「ん?」

「座り直せと言ったんだ。情けない姿をいつまで晒すつもりだい?」


 言われてすぐ、アーニア王が玉座に姿勢良く座り直した。

 アスラはその膝の上に座る。

 そしてアーニア王の顔を両手で掴んで自分の方に引き寄せた。


「いつか、たくさんのお願いをしに来るよ」アスラはアーニア王の耳元で囁く。「私はいつか、団を大きくして、傭兵国家のようにする。その時に、色々と君の力を借りたい。だから王でいろ。約束だ。病気もケガも失脚もなし。いいね?」


「うむ。心得た」

「お、王から離れろ!」


 親衛隊長の男が上ずった声で言った。

 アクセルとアスラのやり取りを見たあとで、アスラに向かってそれが言えただけでも素晴らしいことだ。


「震えるな。これからもしっかりと王を守れ」


 アスラはアーニア王の膝から降りて、みんなのところへと歩く。


「さよならのキスでもしたんっすか?」

「憐れなアーニア王……団長に目を付けられるとは……」


 ユルキが普通に聞いて、マルクスは小さく首を振った。


「ダメよアスラ、わたしの認めた男じゃないと許さないわ」

「君ら、勘違いするな。私は男には興味がない。少し話をしただけだ。さぁ、帰るよ」


 アスラは右手で仲間たちに立てと指示した。


       ◇


 アーニア城を出て、アスラたちは宿へと向かう道の途中。


「あの……」とサルメが申し訳なさそうに言った。


「なんだい? 椅子になるのが病みつきになったというなら、それは悪かった。でもそういう趣味だとしても私は責めないし、ここにいる連中は全員イカレてるから気にするな」


 マルクスがアスラを背負っている。

 アスラがサルメを椅子にしたのは、何もサルメを虐めていたわけではない。

 本当に酷くダメージを負っていたのだ。それでも、謁見の間を出るまでは自分の足で歩いた。


「違います。椅子の話じゃなくて……」

「今のは冗談だサルメ。乗ってくれないと寂しいじゃないか。冗談は傭兵に必要な素質だよ?」

「俺らは明るい傭兵団ってか」


 ユルキが両手を広げた。


「えっと、あの、団長さんは、英雄を殺さなかったんですよね?」

「いや殺したよ」

「え?」


「だから殺したよ? こう……」アスラがマルクスの背中で、小さく弓を構えるジェスチャをする。「バシュって感じで」


「こ、殺してたんですか……?」

「おかしいな? 私は確かに殺すと言ったはずだが?」


 何を今更。


「てっきり私、本当にやってないのかと……。誰もその話、しませんでしたし……」


「みんな俳優になれるだろう? いや、詐欺師かな? 酷い嘘吐きどもだろう? だが、とりあえずその話は終わりだサルメ。もう二度とするな。まだ監視は付いていないが、すぐだろう」


「あ、はい」


 サルメは少し戸惑っている様子だった。


「団長の本性が分かって良かったわね」ルミアが言う。「わたしたちはね、嘘を吐かなければいけない状況に追い込まれただけよ。詐欺師は団長だけ」


「団長はそういう人間だ。ずっとそうだった。これからもそうだろう」とマルクス。

「団長カッコよかった」とレコ。


 それからしばらく、時間にして20秒程度、アスラたちは進んだ。

 そうすると、

 アスラたちの前を憲兵たちが塞いだ。


「何の用かしら?」


 全員立ち止まって、ルミアが憲兵たちに質問した。

 憲兵の数は全部で17人。かなり多い。

 その中の1人が前に出る。


「傭兵団《月花》?」


 その1人は30歳前後の女性で、海みたいな青色の髪だった。

 彼女は制服の色が他の憲兵と違っている。

 彼女以外の憲兵は青い制服で、彼女は白。

 髪の色とかぶるから、というわけではないはず。

 しかし、それよりも珍しい装備が彼女の顔にあった。


「君、メガネをかけているね。それ高価だろう?」


 この世界には望遠鏡の技術があって、メガネの技術もある。だがまだ値段が高い。


「ええ。お給料はいいので。アスラ・リョナさん」

「おいおい、私を知っているなら、どうして《月花》かどうか聞いた?」


「一応。形式上」彼女は小さく肩を竦めた。「それより同行願えますか?」


「何の用かとわたしが質問したのは完全に無視するのね?」


 ルミアが少しだけ寂しそうに言った。


「すみません。ルミア・カナールさん。《月花》の副長ですね。みなさんのことは当然知っています。みなさんの活躍があったからこそ、我がアーニア王国はテルバエ大王国を退けることができました。その点には感謝しています」


「あー、あれだね」アスラが笑う。「でも? しかし? けれど? って続くんだろう?」


「その通りです。アスラ・リョナさん。けれど、しかし、でも、この件はそれらとは関係ありません。わたくしたち憲兵団は、戦争とはあまり関係のない組織なので」

「そりゃそうだね。君たちは捜査機関だろう? 主な仕事は犯罪者の逮捕。英雄なら殺してないよ。さっきそれを証明して来たところさ」

「ではウーノ・ハッシネンの件はどうです? ご同行願えますか?」


 ウーノの名前が出たことで、サルメがビクッと身を竦めた。

 知っていますと言ったに等しい。

 まぁ、それを責める気はない。サルメはまだそこらの少女と大きく変わらない。


「サルメ・ティッカさんですね。13歳の時に娼館に売られ、最近ウーノに買われたはずですが、なぜか今は傭兵団《月花》と一緒にいますね」


 憲兵の彼女は爽やかな笑顔でそう言った。


「どうすんっすか団長? やるっすか? 俺、昔から憲兵とは相性悪いんっすよね」

「あたしも……憲兵は嫌い……皆殺し?」


 ユルキとイーナはやる気だが、まだ武器は構えていない。


「いや。やめておけ。私はアーニア王国とは円満なお別れをしたい。同行しよう。ただし、私を治療しろ。それが条件だよ」

「分かりました。それでみなさんが友好的に同行してくれるなら、わたくしとしても飲まない理由はありませんので」


 憲兵の彼女は再び爽やかに笑った。

 たぶん、とアスラは思う。

 こいつは本当に善人なのだろうなぁ、と。

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