第7話 私の花びらが見たいかね? 綺麗なピンクさ、すぐ爆発するから注意が必要だがね


 アスラが英雄将軍マティアスを殺してから四日後。

 アスラたち《月花》はアーニア城の謁見の間に呼ばれていた。


「そなたたちの活躍もあり、テルバエ軍は撤退」アーニア王が言う。「更に昨日、テルバエより使者が訪れ、我々は2年間の停戦条約を結ぶことができた」


「そりゃ良かった。私らの商売は終わってしまったがね」


 アスラは相変わらず、跪くこともなく肩を竦めた。

 当然、ユルキとイーナも跪いていない。ついでにレコとサルメも。

 ルミアとマルクスは膝を折り、床を見ている。


「英雄の死という衝撃的な出来事もあったが……」アーニア王が溜息混じりに言った。「おかげで、余も将軍も兵たちも、議会員も、英雄連中に締め上げられた。もちろん、我々は関与していないゆえ、特に問題はないが」


 アーニア王は少し疲れている様子だった。


「そうとう絞られたみたいだね。まぁ、拷問されなかっただけマシってところか。状況証拠だけで、確たる証拠は何もないのだから、当然か。英雄は私たちみたいな暴力集団じゃないからね」


 アスラは笑った。


「そうでもネェんだお嬢ちゃん」


 柱の影から、男が出てきてそう言った。

 男は筋肉ダルマという表現がシックリくるような体型をしている。マルクス以上に筋骨隆々。


「すまぬアスラ」アーニア王が申し訳なさそうに言う。「どうしても、そなたたちを尋問したいと言われたのだ」


「ここで?」とアスラ。


「おう。ここで、だ嬢ちゃん。テメェらの自白、みんなに聞いてもらいてぇからヨォ」


 男の年齢は60歳前後か。

 短く切り揃えた髪は真っ白だ。

 しかし、男の発する闘気は凄まじかった。

 ルミアとマルクスがすぐに顔を上げた。

 サルメは一瞬、ビクッと身を竦める。


「自白? 何を白状すればいいんだ英雄」


 アスラはニヤニヤと笑った。

 闘気は怖くない。


「おう。俺様は英雄じゃネェんだよ」男がツカツカとアスラの前まで歩いてくる。「大英雄アクセル・エーンルート。それが俺様の名だ嬢ちゃん」


「そりゃ失敬。まさか大英雄様が直々に私らみたいなゴロツキ集団を尋問するとは思わなくてね」


 大英雄は東フルセン、中央フルセン、西フルセンにそれぞれ2人ずつしかいない。

 つまり、未踏の地を除いて、地図に載っている国全てを含めて、

 そこに住まうあらゆる人間の中で、

 アクセルは最低でも6番目に強い人間ということ。


「……大英雄が……まさか……本当に?」


 ルミアは酷く驚いた様子で立ち上がった。


「そりゃ本当も本当さ姉ちゃん」カカッ、とアクセルが笑う。「んでな、嬢ちゃん」アクセルがアスラを見下ろす。「テメェが団長なんだって?」


「その通り、私が団長のアスラ・リョナだ。覚える必要はない。君らにとっては些細な存在だろう? 私らなんて」

「おう。けどヨォ、その些細な存在が、英雄を殺したとなりゃ話は別だ。単刀直入に聞くぜ? マティアスを殺したか?」

「いや殺してない」


 アスラがそう言った瞬間、

 アクセルはアスラを殴りつけた。

 アスラは無防備な状態で殴られ、数メートル吹っ飛んで床を転がって柱にぶつかって止まった。


「アクセル殿! 何をする!」


 アーニア王が叫び、立ち上がった。


「いい。気にするな若き王」


 アスラは柱を支えにしてヨロヨロと立ち上がり、アーニア王に向かって右手をヒラヒラと振った。

《月花》のメンバーは全員静観している。


「あんなぁ、嬢ちゃん」アクセルはゆっくりとした足取りでアスラに近寄る。「状況的にはどう考えても、マティアス殺したのはアーニアの連中だ。だろ?」


「浅はかだね」


 アスラは笑おうとしたが、その前にアクセルの拳が腹部にめり込む。


「かはっ……」


 あまりの痛みにアスラは腹部を押さえて床に伏せた。


「けどなぁ嬢ちゃん。誰に話を聞いても、知らないってんだ。やってねぇ、ってな。そりゃまぁそうだ。俺様らもバカじゃネェんだ。アーニアにマティアス殺せるほどの奴はいネェよ」


 アクセルは伏せているアスラを蹴り上げる。

 アスラの小さな身体が宙を舞う。

 そして舞い終わって落下。


「んでな?」


 アクセルが落下するアスラの髪の毛を右手で掴む。


「みんなが口揃えて言うわけヨォ。そんなことやれるとしたら、傭兵団《月花》だけだってな」

「なんだ君……噂で私らを犯人扱いしてるのかい?」


「おう。そんでな? プンティにも話を聞いたわけだがヨォ。あいつ言ってたぜ? テメェら汚ねぇ真似が得意で、やった可能性は高いってヨォ。なんでも、マティアスが死んだ時、団長のテメェと黒髪の女はいなかったって話じゃネェか」


「だから、それは状況証拠だろう? 私はやってない」


 アスラの言葉が終わると同時に、アクセルはアスラを五回殴りつけた。

 髪の毛で宙づりにされているアスラに躱す術もなく。

 ただ痛みに喘いだ。

 しかし意識は飛ばない。アクセルはちゃんと加減して殴っている。


「いやテメェらだ。あるいはテメェの独断か? そりゃ分からネェ。けど、聞いた話や状況を総合すると、テメェしかいネェんだよ。アーニアの誰かがテメェに依頼した。だろ? 俺様はそんな間違ってネェだろ? だから吐けや。誰に依頼されたか、あと、どうやったかをな」


「だから……浅はか」


 アクセルはアスラを床に叩き付けた。

 アスラの身体が床で跳ねる。


「もうよせアクセル殿! アスラは違うと言っているではないか! 死んでしまう!!」


「黙れ王様。俺様らはヨォ。マジで怒ってんだ。そりゃブチキレだろ? 英雄が、殺されたんだぜ? 前代未聞だろぉがヨォ。英雄同士の殺し合いでもなく、名前も知らネェどっかの誰かに英雄が殺されたなんてヨォ!」


「ククッ……マティアスは矢で死んだらしいね……?」


 アスラがノロノロと立ち上がる。


「ああ?」

「その矢はどっから……飛んで来て、射手はどこだい……? 誰か見たのかな……?」

「知らネェからテメェが吐けっつってんだろうが!!」


 アクセルがアスラの腹部を殴る。

 アスラはたまらず胃の中の物を全部吐き出した。


「……ははっ、私みたいな美少女に……ゲロ吐かせてお楽しみか?」

「んなろぉ、俺様が好きでテメェみたいなガキ痛めつけてると思うか!? ああ!? どう考えても、どう見ても、テメェらが犯人だからやってんだヨォ!!」


「でも私を殺さない……。それは、確たる証拠がないと……英雄は私怨で殺してはいけないという義務に、反するから……だろう? 特に、君は大英雄だ……。全ての英雄の規範となる必要が……ある」


 アスラは立ち上がる。

 拷問には慣れている。散々訓練したのだから、この身体でも耐えられる。


「そんだけじゃネェ! 前代未聞だと言ったろうがヨォ!? 俺様だってまだマティアスが殺されたことを受け入れられネェ! テメェらがどうやったのか、キッチリ吐かネェと他の英雄連中も納得しネェ!」


 アクセルがアスラを殴りつける。

 アスラはフラつくが、今度は倒れなかった。


「分かってんのかテメェ!? 何やったか分かってんのか!? 俺様らはな! ゴロツキに殺されることなんか想定してネェんだよ! テメェは、俺様らのルールを根本から覆しちまったんだヨォ! 対策しなきゃいけネェ!」


「知らないよ、そんなこと」


「クソガキがぁ! 俺様らが、なんで俺様らが暗殺対策なんかしなきゃならネェ!? 俺様らは《魔王》に対する人類の備えだろうが! 俺様らは、人類のための存在だろうが! それがなんで! 守るべき人類に暗殺されなきゃいけネェんだよ!!」


 また、アクセルがアスラを殴りつける。

 しかしアスラはそれを躱した。

 アクセルは怒っているが、本気で殴っていない。アスラを殺さないよう、力を制御している。


「避けてんじゃネェ!!」

「……いや、そろそろ私死ぬぞ? 君のために避けたんだけどね」


 大岩をも砕く一撃。手加減されていても、ダメージは大きい。

 もう2回か3回殴られたら、立てなくなる。

 だからここまで。殴られてやるのはここまでだ。


「テメェは! テメェらは! 英雄を殺した! それはつまりヨォ! 人類への裏切り行為だろうが! テメェらは人類の敵なんだヨォ!! 分かったら吐けや!? そしたら、最後は普通に処刑してやる! 拷問もナシ! ただ殺すだけだ! 悪くネェだろ!?」


「悪いに決まってるだろう、クソが」


「クソはテメェだろうが! テメェらゴロツキが気分良く戦争ゴッコできてんのは誰のおかげだ!? ああ!? 俺様ら英雄が! 人類の脅威を命がけで排除してっからだろうがヨォ!!」


「ふん。勘違いも甚だしいね」

「ああ!?」


 またアクセルがアスラを殴ろうとしたのだが、殺気に気付いて動きを止めた。


「そこまでよ。本当にそこまでよアクセル様」ルミアが酷く冷たい声で言った。「これ以上わたしのアスラを、いえ、わたしたちの団長を殴るなら、あなたを殺すわ」


 ルミアはすでに短剣を両手に装備している。


「ああ!? テメェ、俺様が誰か名乗っただろうがヨォ!」


「それがどうしたジジイ」ユルキもすでに短剣を握っている。「モウロクしてんのか? うちの団長フルボッコにしてくれちゃって、生きて帰れるとか思ってんのか?」


「大英雄殺す……」イーナが淡々と弓を構える。「団長の痛みの、100倍の痛みを与えて……それから殺す……」


「団長は違うと言ったはず。実際、自分たちはマティアス殺しとは無関係だ。にも拘わらず、貴様は団長を半殺しにした。許すと思ったのなら、自分たち《月花》のことを甘く見過ぎだ」


 マルクスも短剣を握り、いつでも戦えるよう構えていた。


「……団長さんは違います」サルメが言う。「あれだけ殴られても、違うと言っているのだから、違うと思います」


「団長が白と言ったら黒くても白だし」レコが言う。「ボケジジイ。棺桶に入れバカ」


「テメェら、ガチかコラ? 俺様とやり合うってのか?」


「悪いなアクセル」アスラが溜息混じりに言った。「うちの団員はみんなキレやすい。だからまぁ、サービスタイムは終了だ。動いたら殺す。絶対殺す」


       ◇


 こいつらはガチだ。

 ガチのマジで、ここでやり合う気だ。

 アクセルは《月花》の連中が放つ殺気を感じてそう思った。

 だから動かなかった。

 戦いになれば、負けはしない。それどころか、自己防衛という大義名分の下、《月花》を皆殺しにできる。


 だが。

 アクセル自身も無傷とはいかないだろう。

 彼らの話は聞いているのだ。

 1人1人がかなりの手練れで、その上、連携してくる。

 更に、ほとんど経験のない対魔法使い戦闘を強いられることになる。

 つまり、殺さずに《月花》の連中を倒すことが難しい。

 殺してしまったら真相が闇に消える。


「サルメ、ちょっとこい」とアスラ。


 サルメは小走りでアスラの元へ。


「疲れたから椅子になってくれ」

「……え? 椅子ですか? 私がですか?」

「そう言ったはずだよ。そこに四つん這いになって」

「あ、はい」


 サルメは言われた通り、床に四つん這いになる。

 そのサルメの背中に、アスラはドカッと座って脚を組んだ。


「……す、座り心地はどうですか?」


 サルメはおっかなびっくり聞いた。


「うん」アスラはサルメの尻を何度か叩く。「悪くない」


「なぜオレじゃないのか」レコが言う。「オレ、団長の椅子になりたかった」


「……あたしの椅子に、してあげよーか?」

「イーナは嫌。団長がいい」

「……ムカツク……大英雄の前に、レコ射貫きたい……」


 彼らはこの空間にいる誰もが沈黙してしまうほどの殺気を放ちながら、気軽にそんな会話をした。


「テメェら、俺様を殺すっつーのが、マティアス殺した証拠になるんじゃネェんか?」


「いやそれはない」アスラが言う。「私らはマティアスを殺してない。その証拠を見せよう。そうだなぁ」


 アスラがキョロキョロと周囲を見回して、アーニア王の親衛隊員に目を留める。


「レコ、彼から槍を貰ってこい。渡さなければ私が殺すから、きっといい子で渡してくれるはずだ」

「はい団長」


 レコは走って親衛隊のところにいって、槍を受け取ってアスラの隣までまた走る。


「槍を真上に向けろレコ」

「はい団長」


 レコは素直に言われたことを実行した。


「よく見ろアクセル」アスラは槍の先端を指さした。「私らは君を殺し、君の首をその槍に突き刺して、街を練り歩く。大英雄を殺した傭兵団だ、って宣伝しながらね。私らは大英雄を殺せるだけの能力があるって高らかに宣言しながらね」


 そこまで言って、アスラは何かに気付いたように「あぁ」と言った。


「ははっ、君は死んじゃうから証拠を見ることができないな。でも、他の英雄連中には伝わるだろう? 私らがマティアスを殺したのなら、きっとこんな風に宣伝するってことがさぁ」


 アスラは笑った。

 酷く壊れた笑い方で、アクセルは寒気がした。

 本気だ。

 このイカレた嬢ちゃんは本気で言っている。

 大英雄であるアクセルが、人間を怖いと思った。

 東フルセンで最強を自負するアクセルが、13歳の少女を怖いと感じた。

 超自然災害《魔王》を初めて相手にした日のことを、まだ若かったあの時を思い出させるほどの恐怖。

 アスラが相手なら戦えば勝てる。勝てるはずなのだ。アクセルの方が強いのだ。きっと圧倒的に強いはずなのだ。

 なのに、

 なぜ自分の首が槍の先端に突き刺さっているイメージが湧く?


「……テメェ、人間か?」


 それさえ疑わしい。最上位の魔物が化けているのではないかとさえ思う。希だがそういうタイプの魔物がいることを知っているから。


「他に何に見える? 私はただの人間さ。なぜか私を見ると怖がる奴が多いけど、私は普通の人間だよ? まぁ、マトモじゃないのは認める。みんながそう言うから、きっとそうなのだろう」


 ククッ、とアスラが笑う。

 ああ、とアクセルは気付いた。

 この笑い方。

 この笑い方だ。


「それはそうと、君が私たちを疑うのもまぁ分かる。状況証拠だけじゃなく、私らは正直、英雄を殺すことなんて屁とも思ってない。だから当然、殺したことを隠す必要なんてないわけさ。いいか? 私らは、英雄の報復も怖くない。むしろ英雄どもと戦争するのが私は楽しみなぐらいさ」


 破壊と殺戮を楽しむ人類の敵――《魔王》が笑った時にそっくりなのだ。

 あの、

 背筋が凍るような、

 悪意に満ちた楽しそうな笑みに。


「アクセル、動かなかった君の判断は素晴らしい。君は私らに勝てない。なぜって? 私らは魔法兵なんだよ。戦った経験ないだろう? もちろん、一騎打ちしたら私らは誰も君に勝てない。うちで最強のルミアですら、まぁ勝てないかもしれない。だが、ほら、たとえばこの花びら。手に取ってよく見たまえ」


 アスラが右手の人差し指を立てると、

 花びらが一枚、

 ハラハラと舞い落ちた。


「これが何だってんだ、ああ?」


 アクセルは左手で花びらを掴んだ。

 瞬間。

 アクセルの左手が爆発して、

 辺りに真っ赤な血を撒き散らす。


「ぎゃぁぁぁぁあぁあああああ!!」


 アクセルがのたうち回る。


「ははははは! バカか!! 君はバカか!! いやいや! 悪いね! ただの花びらにしか見えないよね!! 触っちゃうよね!! これが魔法兵のやり方だよアクセル!! 君らみたいな、脳みそまで筋肉のバカは簡単に引っかかるから楽しくて仕方ないよ!!」


 のたうち回るアクセルを、《月花》のメンバーが囲む。

 いつでもアクセルを殺せるように、しっかりと構えた状態で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る