第53話 領域ー歴史の秘密①ー

 ゲートがいつも通り、私たちを迎い入れる。重厚な扉を通過し、背後でガシャリという重苦しい音とともに再びドアがしまった時、この扉は私たちを守るために存在しているんじゃないんだと初めて気づいた。

 

 私たちを閉じ込めるため。いざという時に決してどこにも逃がさないため。

 そんな気がした。


「本の保管をしたいんで佐々木さんをお願いします」

 先輩が曇りのない笑顔で嘯く。

 

 事務員の男性が私の顔を見てハッとする。しばらくお待ちください、と焦ったように言って駆け足で奥に引っ込んでしまった。

 Play Areaのバスケットコートに目をやると、かなり距離があるのに何人かが先輩に気付いて手を振る。はしゃいでいる彼らがとても遠い世界に住んでいる子たちに見えた。安全に守られた線の内側。ほんの少し前までは私もあちら側にいたはずなのに、もう線の内側には戻れないんだろうな。

 手のひらにねっとりとした嫌な汗がわき出てくる。無意識のうちに、さっき掴まれた腕をさすっていたら、ふと暖かな柔らかい手が重ねられた。マリだった。大丈夫、というように二度ほど軽やかに私の腕を叩いて微笑む。


 不思議なくらいに落ち着いた。

 もとどおりになるとはとても思えないけれど、それでもここにいるみんなと一緒ならいいかと思えた。


「お待たせしました。量が多いとのことですので、こちらにご案内します」

 涼やかなポーカーフェースの佐々木さんがいつもと全く変わらない様子で私たちの前に現れた。


 案内されたのはさっきとはまた別の部屋で少しほっとした。女性管理官の姿も今のところ見えなかった。

 マリは佐々木さんが姿を見せた時からじっと大きな瞳で見つめ続けている。口元にはほんのりと笑みが浮かんでいて、早く話したくてしょうがなさそうだった。


「では、Pad上で保管したい資料の処理を」

 佐々木さんがいつものようにマニュアル通りの作業を始めようとしたところでマリがしびれを切らした。


「佐々木君、の妹さんだよね?」

 佐々木さんが切れ長目の目を少しだけ細めた。

「私、お兄さんと同じ研究をしていたの!前に写真見せてもらったことがあるからすぐわかったよ。まだ中学生くらいだったのになぁ。お兄さん元気?」


 マリが机の上に乗り上がりそうなくらいに体を伸ばして笑顔で佐々木さんに話しかける。ケンシが呆れた表情で彼女の腕をつかんで抑えている。佐々木さんが微笑んだ。微笑んだように見えた。本少しだけ口元をあげて、綺麗な髪をさらりとかきあげた。


「死にました」


 遠く離れているはずのPlay Areaでの華やかな歓声がかすかに聞こえた。そして、林の梢のざわめきも聞こえてきそうな静寂が広がった。


 マリが半分の笑みをしまい忘れたまま呆然と尋ねる。

「いつ?まさかあの日の攻撃で」

 佐々木さんが少しだけうつむいてゆるく首をふる。するりと髪を梳きながら顔をあげると、

「死んだということになっています」とつぶやいた。


 ケンシが何かに気づいたように唇を噛み、先輩を振り向いた。

 先輩はいつもと全く変わらないように見える穏やかな表情を浮かべたままじっと佐々木さんを見つめている。


「どういうこと?」

 マリがこれまでで一番困惑したようにつぶやいた。


「世界を壊すきっかけとなった研究を行った組織に所属していたからです」


 佐々木さんが挑むような目でまっすぐにマリを見つめ返す。

 さっきマリが言っていたAIの研究の話。今佐々木さんが話そうとしている組織の話。どこかで聞いたことがあった。この領域で学んだ過去の歴史が自然と頭に蘇ってくる。


「ミズキさん。バス博士が率いたあなたたちの組織が世界を壊したの」

 


 

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