第51話 領域ーガーディアンの正体③ー

「高橋と私がここのガーディアン」

 マリがそう言って微笑んだ。


「たださっきのやり方は反省してる。いたずらに混乱を招くだけだったかなって」

 彼女はここでは神様みたいなものだのだろうか?あんな簡単に管理官たちを混乱させてしまうなんて。


「そんなことないよ。プロトコルに定められている範囲でこの世界を維持するために必要な変化を生み出すことができるだけ」

 

 彼女がそう言って言葉を切る。そして、じっと私を見た。


「管理官、って言ってたよね?」

「はい」

 なんとなく敬語になってしまう。


「この世界の?」

「はい」

 マリが両手で頬杖をついて思い切り眉をしかめる。


「通常だったら、この世界の秩序にしたがって滞在している人に対しては制約が働いて私だってあんなことできないんだ」

「偽物ってことか?」

「うーん」

 マリが頭をひねる。


「ねぇ。この世界の約束を破ろうとしたら、その、ガーディアン?からなんかされるの?」

 ミユが好奇心いっぱいの瞳でマリに問いかける。

「だって、向原先輩はここで本を燃やしたわけでしょ?あとケンシも本を持ち込んでるし」

「本?」

 マリが不思議そうに首をかしげた。


「ダメなんでしょ?」

 マリがそんなことないと首をふる。ケンシがちらりと私を見て、本棚の本を1冊ぬきとる。

「はてしない物語だ!」

 マリが嬉しそうに声を上げる。私の一番好きな本だ、と微笑むマリに、ケンシがページを開くように促して説明する。


「俺たちが見つけた世界の変え方」

 ケンシが私を振り向く。『俺たち』というのは本当は先輩と少し前までのマリをさすんだとわかっていたけれど、なんとなく仲間に入れてもらえたような気分でうなずく。

「ケンシに言われて私もこの通りに船が通り過ぎていくのを確認しました」

「ひまりだけじゃなくて私も一緒」

 ミユが強い口調で私の言葉にかぶせて言い添える。


 マリがじっとその言葉を見て、愛おしそうにゆっくりとケンシの文字を撫でる。その目にじんわりと涙がにじんでいた。


「成功したんだ」

 成功?

 もともと想定されていたことなのだろうか?


「最後の研究で、ちょっと試してたの。手紙や文字をうまく記憶の中に定着できないかなって。これももちろんプロトコルの範囲でしか影響を持たせられないけど、手紙って特別でしょ?」

 手紙、というのは実は私にはよくわからない。幼稚園の時に習った記憶はあるけど遠い過去すぎてただの知識となってしまっている。

 でも。特別でしょ?とマリが言った時に自然とおばあちゃんの顔が浮かんだ。紙のアルバムをとても愛おしそうに眺めていたあの表情。破棄してしまうギリギリで私を止めたあの思い。同じような感情なのかもしれない。


 マリに大きく頷いてみせた私をケンシとミユがちょっと疑わしげに見る。

「そりゃ手紙はわからないけど・・・。でも、紙のアルバムを大事にしていたおばちゃんの気持ちはなんとなくわかる・・・ような気がするから」

 

 そういえば、あの『図書室』は本物なんだろうか?


「アルバムをここで開いたことある?」

「ここに来た時に一度だけ。破棄しなくてよかったって思いました」

「その気持ちがあれば大丈夫。『本物』だよ」

 嬉しそうに微笑んだマリの表情がゆっくりと曇っていく。


「エモーショナルな手紙がここで与える影響も、図書室っていうアイディアも・・・。この研究については私と佐々木君しか知らないはずなんだけど」


「佐々木?」


 ミユと私、そしてケンシが同時にお互いの顔を見る。まちがいなく、3人の頭には同じ人物の顔が浮かんでいた。事務局の佐々木さん。ポーカーフェースで長い綺麗な髪。


「女性?うーん・・・私の知っている佐々木君は男性なんだけど・・・。でも、その人に会ってみたい。連れてってくれる?」


 マリが軽やかに出かけようとする。

「いきなり行って大丈夫かよ?」

 ケンシが心配そうに行ってちらりと私をふりむく。


「うん。ひまりはちょっと休んだ方がいいよ」

 言葉だけじゃなくて体ごと、ケンシの視界から私を遮るようにミユが目の前に飛び込んできた。深呼吸をして、ミユに声をかける。


「ありがとね、でも私は大丈夫だから」

 そう言いながら、ミユの腕を軽く引こうとした。私がつかんだ途端に、ミユの腕がこわばった。でもすぐに緩やかにこわばりをとかすようにミユがにこりと微笑みながら私を振り向いた。


「大丈夫じゃないでしょ?ひまりは何にもわかっていないよ?」

 強く言い聞かせるような語尾に少しひるむ。ミユは笑顔を浮かべながら明らかにその目は苛立ちを示していた。


「でも」

 反論というつもりはなかったけど何か言葉をミユに返そうと思った。でも、目の前の彼女から発せられる空気はピリピリとして容易に言葉が入り込む隙もないように見えた。ミユが私に伝えようとしている大事な何かを私は多分うまく拾いきれていない。

 

 マリとケンシが怪訝な顔をして私とミユを見比べる。

 

 そのとき、マリが私とミユの後ろに視線をやって輝くように微笑んだ。

 笑いを含んだのんびりとした声が聞こえる。


「おくれてごめん」 

「ユウト」

 マリがそう言って弾けるように笑った。

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