第24話 失語症(後)
明日のフライトで、僕はバリ島から台湾へ移動する。
ビラに置いてある荷物をまとめていると、スマートフォンの充電器を落としてしまい、しゃがみこんでベッドの下に手を伸ばした。
ベッドの下はホコリ一つなくて、よく管理の整ったビラだな。と思った。
充電器を拾った時に、奥の方になにやら透明の物体があるのが見えた。僕は手を伸ばしてそれを拾ってみると、それは円錐状の透明なプラスチックケースだった。ケースの入り口は緑色の蓋がされていて、中には白い紙が巻かれていたものが収まっている。どうやら大麻のジョイントのようだ。
誰かがここで大麻をしたのだ。バリ島は近年大麻は厳しいはずだ。勇気のあるやつだな、と僕は思った。ここでパーティかなにかをしたんだ。ここはもともと大人数向けのビラだ。かなり広い。数名で大麻を吸っていて、それでまだ吸ってない新品のジョイントを、酔ってベッドの下に落としてしまったのだ。僕は蓋を開けて、中のジョイントを取り出してみた。
しかしそれは大麻のジョイントではなかった。
それは白い紙が丸められていただけだった。紙を広げると、びっしりと、恐ろしく小さい文字が敷き詰められていた。僕は反射的にその手紙を投げ捨てた。手紙はビラの床に落ちて、また、紙はひとりでにぐるぐる巻きの形に戻った。
なんだこれは。
僕はしばらく黙ってその紙を見ていた。カーテンが揺れて、外から風がはいってきた。こめかみを脂汗が落ちるのを感じた。
そういえば、あの太った男はどうなっただろうか。もう帰るといっていた気がする。奇妙な男だった。異常な速さで年を取る。そしてそれを見守る痩せ細った母親。あの母親はもうすぐ死ぬ。そして息子は意外と長生きする。なんとなくそう思う。そういうものを見たことがある。誰かが誰かから奪う。奪うというのは常に理不尽だ。理由はない。原理的に理由がない。ただ奪うし、ただ奪われる。
僕は手紙をじっと見つめながら、身体は停止しながら、高速でそんなことを考えていた。一度ため息をついてから、僕は紙を拾った。広げると、本当に小さい文字がびっしりと並んでいる。日本語だ。文字は角がたっている。まるでガリ版みたいな文字だ。
読み始めた瞬間に僕は息を飲んだ。雨宮という文字が見えたからだ。
「雨宮くん
ここは君が沓子と訪れた場所だ。君は必ずここに来てこれを読むだろう。そして何故、と驚いている。君は寄り道をせずに、今すぐ日本に帰り、いつもどおりの生活を送ってほしい。君はもう何もするべきではない。これは最後通告だ。もう二度と沓子のことを詮索したり、私信を送ろうとしてはならない。この命令を無視すれば必ず後悔することになる。といっても君は無視するだろう。君は最初の警告を無視してここにいるからだ。そういう人間は何度でも警告を無視する。警告が聞こえているのに、聞こえないふりをしている。君ほど賢い人間なら分かるはずなのに、従うことが出来ない。まったく愚かしいとしか言えない。なので今度は、君が警告を無視することがないように、我々は君から半分奪わせてもらった。何を無くしたのか、君は分かるはずだ。残念ながらそれはもう二度と戻らないし、この件だけでも、君は死ぬまで深く後悔することになる。だから最後通告だ。もう二度と沓子に関わるな」
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