これはまた深いお話ですね。『道徳』の道とは、世の人々が進むべきもの、徳とは見通す能力というような意味だと思いますが、そもそも『世の人々』は混沌としているもので。善悪などで割り切れるものでもなく。故に徳を重んじた孔丘は形式としてのコミニュケーション方法として礼楽を推奨したのでしょうか。いわばテクニックとしての。ならばそもそもの道とは何か、徳とはなんだと問うのが、思想哲学の分野になるのですかね。
お嬢様の慧眼、さすがですっ!
作者からの返信
呪文堂様、道と徳について教えてくださりありがとうございます。
そうですね、道と徳で「道徳」なのですね。初めて知りました。
もしかして、哲学についてお詳しいですか?私はちんぷんかんぷんで、今興味ある分野です。
コロナ禍前と後では、また善悪の基準も変化して、もっと道徳が必要な社会になったと思います。
何が善で悪なのかも人によって、また育った環境によって違うので、学校教育で取り入れたのでしょうが、娘の意見で驚愕しました。
勉強になります。また教えて下さいませ。
娘さんの一言がすごいですね……!
確かに、精神的な早熟なお子さんは、ここで社会の矛盾を知り始めるのかも……(><)
作者からの返信
コメントありがとうございます。
この時の娘の言葉にショックを受けました。今、情報社会なので色々な意見を見たり、聞いたりします。視野が広くなるのはいいのですが、マイナス意見を取り入れてしまう危険もあります。
偽善すら見抜いてしまう子供たち。( ノД`)…
何で心を養うのかしら?と思います。
編集済
社会的に成長の早い子供はそういう違和感を幼く感じるのかもしれませんね。ネットの普及で今の子はその感覚が早そうです。
私は学問系に興味が偏っていて、社会性は遅かった為、結構素直に受け取りました。学校がカトリックでしたので道徳というより宗教でしたが…。
只、宗教では兎に角よく文章を書く課題が多かったですが、中学の頃はそれが書けなかったです。何を書いて欲しいかは判るのですが、自分がそう思わないので書けず……実は宗教赤点というあり得ない過去があります(^^;
お嬢様の仰っていることは、きっとそれに近いのだろうな、と思いながらカミングアウトw
作者からの返信
カトリックですか、すごいですね。
宗教という時間があるんですね。
自分で思わないと書けない……とても分かります。自分に正直なんですね。素敵。
善と悪が反対になる事もあり、善が偽善と捉えられるこのご時世、若い子とのギャップを感じます。
コメントを通して小余様の事、色々知ることが出来たので嬉しいです。
たくさんお読み下さりありがとうございます。また遊びに来て下さいませ。
私も伺います(o^^o)
編集済
道徳の授業、独特だったのを覚えてます。
道徳小話の感想を求められ、そこでちょっとズレた回答をしてしまうと、先生から白い目を向けられる。一生懸命答えたのに、せけんはつめたいな……そう傷つきながら学んだのはやはり、“日本人として本音と建前を学ぼうね。”という道徳教育だったのかな~と、こっそり思います(※個人の感想です)。国語のようで、国語の授業ではない。
最近、しっかりと小学校の『教科』になったんですね…! 私の世代は授業ではなく「道徳の時間」、そして教科書ではなく「道徳の本」でした。――“日本の文化”は、早い内から学ばせないとね……なんて、飲み屋のカウンターでブラックジョークを飛ばせるようになりました。笑
作者からの返信
コメントありがとうございます。
道徳の本でしたね。あの本からきっと清く正しく美しい考え方を学ぶべきだったのでしょう。しかし、私も苦手でした。
人とずれる事の大切さを教えて欲しいですね。「うさぎとカメ」はロシアでは、カメが悪者だそうです。寝ているうさぎを起こさないズルい奴だそうです。
勤勉さの象徴、二宮金次郎も今では、「歩きスマホ」は危険です!の警告になる時代ですね。
「恥の文化」島国ではみんなと同じ考え方をしなくてはいけないよう、道徳で教え込まれたと思います。
またコメントお待ちしております。
ぶは、ちょうどタイムリーに道徳の話題を呟いたところでした。
というのも我が家の次女が、道徳の授業が嫌いらしいんですね。
お友達が嘘つきに見えるんだそうです。
「◯◯ちゃん、犬とか猫が嫌いで触りもしないくせに、
あたしだったら責任持って最後まで面倒見るって言ってた!」
「◯◯くん、掃除の時間隠れてどっかにいなくなるくせに、
みんなで協力して何かをするのが大事って言ってた!」
とか。
内容は本当に他愛もないことなんですが、
お友達が先生に向ける小さな飾り付けの一つ一つが気に入らないようです。。。
作者からの返信
こんにちは。コメントありがとうございます。そうなんですか?
今日、朝のテレビ番組で尾木ママ先生が力説していました。
娘さん、葛藤していますね。しっかりしたご両親の元、良心の働きが正常ですね。学校での事をお父様に話す事も、父娘の絆を感じます。羨ましい関係です。いい子に育ちますね。
進撃の巨人にはまりました。15話まで楽しんでます。止まらない。
人殺しは何があってもいけないものだと誰もが思うものと思っていましたが、近頃の社会の声を聴くと、そう自然に思わない人もいるって本当に驚くことが時々あります。基本、私は性善説なのですが、それだけでは済まない状況が色々出てきているようで悲しかったりします。
その私が殺人犯をどう皆に受け入れてもらうか、ある意味、挑戦しているのが「妃家の首飾り」ですよね。ケインであるレウォンに皆様、心を寄せて頂けているかしら?少し、その点を心配しつつ書いております。
作者からの返信
そうですね。最近、高齢者の暴走で家族を失った人のニュースや、愛する人を殺された人のニュースを見ると、復讐の一つとして「殺しちゃえたら楽なのに!」というコメントを目にします。
人間を二種類に分けるなら、人を殺せるか、殺せないかのどちらかみたいですね。
自分もいざとなったら、分かりません。
きっと生い立ちや環境も関係してくると思います。
森山様の作品、ケインの生い立ちからのレウォンの今の状況に思いを馳せ、この後の進展をドキドキしながら拝読しております。
殺人犯を書くって難しいですね。
森山様すごいなぁって思います。
コメントいつもありがとうございます。ペコリ