鮮やかに、ブラックアウトする

三葉空

鮮やかに、ブラックアウトする

 コンティニュー症候群が全世界に蔓延してから早数年。

 僕らはインスタント感覚で死ぬことが出来た。

 痛みも感じず、血も流さず、また生き返る。

 そうやって疑似的に死を体験することで、会社や学校でのストレスを解消する。

 全く、異常に便利な世の中になったものだ。


「んじゃ、ちょっくら死んで来るわ」


 そう言って、僕の目の前で友人が橋から飛び降り、川にある岩に激突して死んだ。

 普通ならさぞかし痛いだろうし、鈍く血がその岩にこびりつき、彼の死体はぷかぷかと川の流れに運ばれて行くだろう。

 だが、ほんの数秒後に彼はまた僕の隣にいた。


「今の死にざま、何点?」


「う~ん……65点」


「おい、厳しいな」


「これでも甘く採点した方だよ」


 僕の言葉にむくれる友人。

 周りを見渡せば、誰が一番きれいに死んだか、良い大人まで躍起になって競い合っている。

 そんな中で、ひと際目を引く美少年が群衆の間を通り抜け、橋の欄干に立った。

 あれは最近僕のクラスに転校して来た風木田亮かぜきだりょうだ。

 彼は飛ぶ。それはもう新体操の選手かってくらい、鮮やかに宙で回転を決め。

 尖った岩で自らを串刺しにした。

 そのあまりの鮮烈な死にざまに、周りの人々はざわめく。


「うわ、すっげ」


 隣の友人も目を丸くしていた。

 かくいう僕も、その姿をある種の憧れも込めて見つめていた。

 そして、またすぐ彼はこの場に降り立つ。

 群衆の間で拍手喝采が生まれた。

 風木田くんは笑顔で手を振って応える。


「よーし、俺も!」


「俺も!」


「あ、待て!」


 彼に触発されたみんなが一斉に橋の欄干に身を乗り出す。


「あ、俺も!」


 友人も同じく駆け出す。

 ちょっと内気な僕はその流れに乗り遅れた。

 おかげで、彼が放った言葉が聞こえる。


「もう、おしまいだよ」


 風木田くんのその言葉は、本当に言ったのか分からない。

 風に流されてしまったから。

 大勢が一斉に橋から飛び降りる。

 岩に激突した。血が飛ばない優しいゲーム仕様。

 そのはずなのに、なぜか辺り一面が鮮血で染まった。

 彼らは短く悲鳴を発した後、信じられないと言った目で辺りを見渡し、息耐えた。

 わずかに息が残っていた人が悲鳴を上げながら絶命する。その連鎖だ。


 僕はその地獄絵図を呆然と見ていた。

 すると、風木田君は再び欄干に立ち、先ほどと同じように鮮やかに舞い降りた。


「危ない!」


 僕はとっさに叫ぶも時すでに遅し。

 彼は先ほどと同じように鋭利な岩で串刺しになった。

 あぁ、彼も死んでしまった。

 一体、どうなっているんだ。

 激しく混乱する中、ふいに肩を叩かれた。


「どうしたんだい? そんなに絶望した顔をして」


 風木田くんがいた。

 先ほどと同様の笑みを浮かべて、僕のそばにいた。


「わっ」


「何だよ、人をユーレイみたいに」


 風木田くんはクスクスと笑う。

 今までまともに喋ったことないから、緊張してしまう。


「あの、みんなが死んで……」


「ああ、終わりの時が来たんだよ。楽しいお遊びの終わりの時が」


「お遊び?」


「だって、そうだろ? コンティニュー症候群は流行病。流行はいつか終わる、そうだろ?」


 つらつらと語る風木田くんの言葉に、僕は黙って耳を傾ける他ない。


「さて、君はどうする?」


「えっ?」


「みんなと同じように、飛んでみるかい?」


「いや、でも……そんなことをしたら、僕も死んじゃう」


「けど、飛びたいだろ?」


 風木田くんは僕の耳元で囁く。


「もう何度も何度も死んでいるから、死ぬのが当たり前だし、死にたくてたまらないだろ? それは最高のストレス解消方法なんだから」


 心臓がゾクリとした。まるで、悪魔に掴まれたかのように。


「ぼ、僕は……本当に死ぬのが怖い」


「大丈夫だよ。君は選ばれた人間かもしれないから」


「選ばれた人間?」


「そう、僕と同じようにね」


「けど、かもしれないって……」


「僕も神様じゃないから、全部は分からない。だから、君自身で確かめてみなよ」


 軽く背中をトン、と押された。

 僕の目にすっかり『死の欄干』となったそれが映る。

 心臓がバクバクしていた。

 だが、それはやがてトーンを押さえ、ドクドクとなる。

 ある種の、期待と興奮に満ちたような。

 彼が言った通り、長年植え付けられた習慣は、そう簡単に捨てられない。

 今、この場で起きた恐怖のストレスから逃げたい。

 そして、自分が選ばれた人間だなんて、ちょっとカッコイイじゃないか。


「鮮やかに、ブラックアウトして見せてよ」


 風木田くんのその言葉がダメ押しとなり、僕は飛び降りた。

 彼みたいにくるくると宙は舞えないけど、両手を目一杯広げて。

 額を思い切り岩にぶつけた。走る衝撃、視界がブラックアウトする。

 その中に、赤い色が混じった。


「えっ……?」


 僕は最後の力を振り絞り、橋の上に立つ彼を見上げた。


「ごめん、君は選ばれし者じゃなかったみたい」


 どこまでも爽やかに笑う彼に対し、僕は醜く歪んだ笑みを浮かべて見せた。


 鮮やかに、ブラックアウト、出来なかった。



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