第31話

 スケボーから飛び降りて、そのままレマ・サバクタニが走る。

 『空樹の塔』基部。そこにある駕籠の様な物の中で私たちは足を止め、赤龍を待ち構えた。

 だいぶ、イラついているのか、地響きが大きい。飛ばないのは、片方の翅を撃ち抜かれたため。

 かなり優秀な自己修復能力があるらしいのだけど、まだ回復していないのだろう。

 運河を挟んで、彼我の距離は百メートルほどか。

 『龍吐息ドラゴンブレス』を撃ってくるかと思ったけど、直接殴るか、踏みしだくか、噛み殺すことにしたらしい。

 私たちの世界では個体数が少ないので、テータはないのだけれど、銃砲店にあった資料によれば、平均的な野生の龍の一日の最大発射回数は、おおよそ十発らしい。

 この赤龍は対悪鬼戦とさっきの撃ち損ねも含め、最低でも八発『龍吐息ドラゴンブレス』を撃っている。

 ここぞという時に使うよう、セーブしているのかも知れない。

 それでは、もう一度ダメ押し。

 アンちゃんも、既に三斉射九発の『念弾エネルギーブリッド』撃っている。彼女に負担がかかり過ぎるので試していないけど、カタログスペックでは、灰色龍の幼龍形態だと、十斉射が限度みたい。

 赤龍が運河を越える。


 『視界同調シンクロ』『自動照準オート・エイム』と練習通りの手順を踏む。

 彼我の距離は百メートルを切った。これだけ近いと、赤龍の大きさが実感される。

 我ながら意外な心理状態なのだけど、怖くない。

 静かな闘志が沸々と湧いているぐらい。

 『追尾ホーミング』をかけて……と、


「撃て!」


 地面に向けて『念弾エネルギー・ブリッド』を撃つ。

 衝撃波で、地面のコンクリートを砕きながら、三発の破壊エネルギーが地面すれすれを走る。

 そして、赤龍のところで、クンッと軌道を上に変える。


「くらえ! アッパーカット!」


「ぎゃいぐ!」


 私とアンちゃんが同時に叫ぶ。

 龍に限らず生命体は腹部が弱点。大地というガードがあるから、装甲が薄いのだ。

 今度は、見事三発とも喉と腹に『念弾エネルギー・ブリッド』が食い込んだ。

 どれほどのダメージを与えたのかわからないけど、ぐらりと赤龍の巨体が傾いたところを見ると、「効いた」のかもしれない。

 血煙を上げて仰け反った首を振り戻しながら、赤龍がどっと前に出る。まるで、騎士がランスを構えて『突撃チャージ』するように。

 固い頭部の装甲を、こっちにぶち当てる気だ。

 バンと火薬が爆ぜる音。

 私たちが足場にしていたのは、メンテナンス用のゴンドラ。

 動力はないけど、ワイヤーと滑車が健在だったので、展望デッキで躯体構造物を解体して束ねて重しとし、地上に下ろしたゴンドラと繋げていたのだ。

 ゴンドラは、塔の基部にチェーンで固定しており、そのチェーンをレマ・サバクタニが仕掛けた爆薬で弾いたのだった。

 逆バンジーみたいに、私たちはあっという間に上空に運ばれていく。

 私たちが今までいた空間に、赤龍が頭から突っ込んでいるのが足場の隙間から見えた。

「ふんぐぐ……リ、再起動リセット!」

 アンちゃんの内臓の負担を「なかったこと」にする。まるでおトイレで踏ん張っている便秘症の人みたいな声になったのは、急上昇に伴いGがかかったから。

 ズシンと体が重くなる。キモチワルイ。おえ。

「振り落とされんじゃねぇぞ! 終点だ!」

 あっという間に、地上三百五十メートルの展望デッキに着く。

 作業用ゴンドラを支える、メンテナンス用の伸縮する支柱に、ゴンドラの屋根が激突して卵の殻の様に潰れた。

 もう一度火薬が爆発する。

 慣性の法則で、弾き飛ばされそうなにった体を、火薬の爆発で逆方向に力を合成して、床面に留まったのだ。

 私は樽の中でシェイクされたけど、アンちゃんを抱きしめるようにして守った。

 頭部は、エーリカの花が刺繍されたヘッドギアが防護してくれた。

 下方向で、赤龍の咆哮。

 真上に向かって『龍吐息ドラゴンブレス』を放つ気だ。

「下から来るよ!」

 私の警報に、

「想定内だ!」

 という、IT企業を立ち上げ、株のインサイダー取引などの不正で懲役刑をくらった、※※エモン改めゼンカモンみたいな返答をレマ・サバクタニがする。

 え~…… あ~…… 誹謗中傷の意図はありませんが、念のためモザイクがかかります。

「次、平行移動だ」

 空樹の塔の東隣にある地上三十一階建の高層ビルが商業施設になっている。

 その屋上から展望デッキまで、ワイヤーが張ってあり、それを手製のゴンドラで移動しようというのである。

 全面強化ガラス張のきらきら光るこのビルは、通称『東ビル』。そのまんまやんけ……と、つっ込みたくなるネーミングのビルの屋上には、段ボールとエアクッションが積み上げてあり、そこにダイブするらしい。

 平行移動とか言ってるけど、高低差百五十メートル以上あるから。つまりこれ、斜めに落下だから。

 テストしてないけど、大丈夫かな? かな?

 垂直移動したゴンドラを這い出て、作業用のキャットウォークを、レマ・サバクタニは走る。

 赤龍は『空樹の塔』の側面を這い上ってきており、その様子はなんだかカナヘビじみて、キモい。

 しっかりした造りの垂直移動に利用した作業用ゴンドラに比べ、平行移動(正確には平行じゃないけどね!)用のゴンドラのなんと貧弱なことか。

 それもそのはず、DIY店で適当な材料をあつめて、レマ・サバクタニが作ったゴンドラなのだから。

「くそ! 壁チョロみたいに、登ってきやがる。とっとと逃げるぜ」

 人一人がやっと収まるスペースしかないゴンドラにレマ・サバクタニが座って、命綱を本体につなげる。

 私も、背負い子に命綱を繋げた。

 進行方向に背を向けて座った、レマ・サバクタニが、キャットウォークを蹴る。

 同時に滑車のロックを外した。

 うひぃ、高い! 怖い! 何のアトラクションですか!

 重力加速度がついて、ぐんぐんスピードが上がる。

 レマ・サバクタニは奇声を上げてゲラゲラと笑っている。

 イラっとしたのは、赤龍と私。

 このアドレナリン中毒男! 頭おかしいんじゃないの?

 空樹の塔登攀途中で、赤龍が首を巡らせて、私たちを見る。

 あれよあれよという間に離れてゆく私たちの姿に、苛立った咆哮が赤龍から上がった。

 その気持ち、わかる。でも、撃つ。

 赤龍の口内に「少し不思議物質」の火球を見たから。あの野郎、『龍吐息ドラゴンブレス』を撃ってくる気だ。

「させるかぁ!」

 また、アンちゃんがキュンキュンと二発少し遅れて一発撃つ。

 先行した二発の『念弾エネルギー・ブリッド』は、塔から身を投げて翅を広げた赤龍の頭部と肩部に分厚い装甲に弾かれた。

 一瞬で体をズラして、そこで受けやがったのだ。なんという反射神経。

「だけど、残り一発を見落としてるぜ、赤龍さんよ」


 左腕に銃を持つ某有名宇宙海賊のタフっぽいセリフを真似『再起動リセット』をかけたアンちゃんの背中にキスする。

 アンちゃんは「何?」と首をめぐらせて、私を見た。

 真下に撃ちこんだ残り一発は、クンックンッと二度軌道を変え、追撃のため飛びはじめた赤龍の死角である下方から、また突き上げたのだ。やった! アッパーカット二度目成功!

 ワン・ツーのストレートは目くらまし。このアッパーが本命だよ!

 発射寸前の赤龍の『龍吐息ドラゴンブレス』は不発となり、もんどり打って地面に落ちてゆく。ダウンを奪った!

 その間に、私たちは屋上に叩きつけられ、私はまた樽の中で撹拌された。

 アンちゃんを庇いながら、体のあちこちに痣を作る。でも、衝撃はあったものの、頭部は無事。つくづくヘッドギアを作って良かったと思っていた。また目の中でヒヨコがマイムマイム踊るとか、体に良くないし。

「すまん、足が折れた」

 レマ・サバクタニが、ありえない方向に曲がった右足を見せる。

 ぎゃぁ、痛そう。でも、あんな無茶な斜め落下をしてこの程度で済んだのは、幸運でしかない。

 首筋にチョップを食らわす。「いてっ」とレマ・サバクタニが言う。本当は触れるだけでいいんだけどね。なんとなくこの男には、殴ったりチョップしたりしたくなっちゃう。

 一瞬で彼の肉体が「骨折なんてなかった」状態に巻き戻る。

 屋上から、下を見下ろす。

 赤龍は憤怒の叫びを上げて、起き上がるところだった。

「あはは、やっこさん、激おこだ」

 微妙に古い流行語を使って、レマ・サバクタニが嘲笑する。若者ぶったおっさんみたいでキモい。

 拳下がりに、杭打機から鉄球を撃ち出す。

 アンちゃんの『念弾エネルギー・ブリッド』と違って、赤龍の装甲被膜に阻まれてかすり傷一つ負わせる事は出来ない。

 だが、更に怒らせることは出来たみたい。まさに『激おこ』だった。

 重要器官でもある翅を撃たれるのを警戒したか、ビル壁面の強化ガラスを砕いて爪を食い込ませ、赤龍が登ってくる。

 このモノグサ赤龍が飛びやがったので、多少予定が狂ったけど、概ね『人間ナイアガラ作戦』は、レマ・サバクタニの読み通り進行している。

 ……って、『人間』の意味が分からないんですけど?


 そして、罠は発動した。


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