Lesson1: During startup

わたしの新しい同居人は男子vs女子!?

 龍彦はわたしの身体をまじまじと見ている。


 わたしの目の前に龍彦の大きな瞳があって、その真っ黒な瞳孔がきょろきょろと動く。まるでそれは鏡になっているかのようで、そこには小さく可愛らしい、わたしの今の仮の姿が映し出されていた。

 黒髪のロングヘアーが背中までかかり、少し大きめの真ん丸の目がくるっとしていて、小さな口元がほんの僅かに上下に動く。その姿は誰かの趣味そのものなのだろうか、いかにもラノベの挿絵の中に出てきそうな『綺麗なお姉さん系キャラ』というものだった。

 わたし、本当は茶髪のショートヘアーだったんだけどなぁ〜……


「なによ龍彦。わたしの顔をじろじろと見つめちゃって。わたしそんなに可愛い?」


 龍彦はまだわたしをじろじろ見続けている。


「いや可愛いとかそんなのどうでもよくて……」

「なによそれ!? ちょっとそれってさすがに女の子に対して失礼では!??」

「……とてもよくできた身体だな〜って。」

「って無視かよ!? ……あれ、このわたしの身体って龍彦が作ったんじゃないの?」


 すごい。いろんな意味ですごい。女心を一切無視して自分の興味に邁進するとか――

 でも、それでいてさっきは『未来みくちゃ〜ん』ってノリノリだったくせに。オタクってひとつのことに集中すると、周りが一切見えなくなるとか、そういう話なんだろうか。

 それとも……わたしって女子として全く魅力がないってこと!??

 

 …………ま、それもそっか。わたしは幽霊だし、身体はこんなだし。


「あぁ。その身体は俺が作ったものじゃないよ。それは俺の先輩の研究成果物だ。」

「へぇ〜、先輩ねぇ〜……。あ、その人がどういう人か当ててあげようか。」

「ん、わかるの?」

「この身体つくったの、絶対に龍彦が憧れそうなキレイなお姉さんだ!」

「すごいな。だいたい正解だ。女性が作ったってわかるものなの……?」

「わかるよそんなの。これを男性が作ってたらわたし逆に引くし!」


 さっき服の中をちらっと覗いたけど、これを龍彦が作ったと聞いてたら、その無駄に高すぎる完成度にわたしはドン引きだったかも。だからさっき龍彦が作ったわけじゃないって聞いて、正直少し安心したんだ。


「そのネンの身体を作ったのは、生物学を研究している笘篠光とましのこう先輩だよ。」

「へぇ〜生物学か〜……。このOSCおーえすしー事務局にもいろんな研究者がいるんだね。」


 なんとなく納得した。この身体の皮膚感覚ときたら人間の皮膚のそれをほぼ再現されているっぽくて、正直本物だったわたしと全然区別がつかないくらいだ。

 テーブルの上に足が触れている感覚、冷房のひんやりとした風を浴びる感覚――

 まるでわたしは生きている頃の自分を思い出すかのようで、ひとつひとつが懐かしい。


「そういえばコウ先輩、性格はネンにそっくりかも。」

「え、どういうところが?」

「う〜ん…………全部かな?」

「え?」

「でも……ネンはコウ先輩に会わない方がいいよ。会ったら絶対に……」


 龍彦はその意味深な言葉を残して、ばっさりと会話が中断されてしまった。

 なぜなら龍彦の背後にいつのまにか立っていた女性の姿に、わたしと龍彦が気づいたからだ。

 今のわたしほど長くはないけど、およそ肩にかかるくらいまでには伸びている茶色の髪。目はわたしのそれとほぼ同じで真ん丸、だけど少し青みがかかっている。

 そう、どことなくその女性は今のわたしの姿と雰囲気が似ている。

 やっぱり綺麗な女性……。そっか、この人が――


「ゴーリキくん。誰と話していたのかな〜?」

「え、『未来ちゃん』とに決まってるんじゃないですか、コウ先輩。」


 その声は透き通るようで、わたしの身体を包み込んでしまいそうな優しい声だった。

 ……でもなぜだろうか。わたしの直感が『逃げろ』と警告音を鳴らしている。


「Vtuberの『未来ちゃん』のこと? そういえば確かにさっき女の子の声が聴こえたわね?」

「だからコウ先輩が聴こえた声というのは、未来ちゃんの声ですって!!」

「じゃ〜ゴーリキくんに一つ聞くけど、私のとっても大切な『実験材料』を、こうやって無造作に机の上に置いているのはなぜかな〜?」

「いや〜先輩が作った人形があまりにも可愛かったのでこうやって毎日拝んで……って、ああっ〜!!」


 ちょ、ちょっと〜!!!!

 わたしの身体はコウ先輩の左手に優しくぎゅっと握られて、ぐいぐいと持ち上げられていく。かなり高い位置まで連れて行かれて、気づくとコウ先輩の目の高さまで到達していた。


 なおさっきから警告音が鳴り響いているせいで、わたしは瞬きもせずに『ただの人形』のフリをしている。動かないように、じっとして……

 だがコウ先輩は右手の中指と親指で、わたしの頭に軽くデコピンをお見舞してくれた。


「こら。さっきまでちゃんと動いてたじゃないの。お人形ちゃん!」

「ネン。どうやら観念した方が良さそうだ。もう動いた方が俺とネンのお互いの身のためだな。」

「……は〜い。」


 ひととおり悩んだ後、わたしの弱々しい声をコウ先輩に聞かせてあげることにした。


 ☆ ☆ ☆


「改めて紹介するね。俺のメンターの笘篠光先輩。」

「初めまして。笘篠光です! ……えっと、『ネンちゃん』って言ったっけ?」

「……ど、どうも。」


 あたしはコウ先輩に頭をペコッと下げた。

 人形用の椅子に座らされたわたしに、コウ先輩は素敵な笑顔を返してくる。こうしてみると全然悪い人には見えないんだけど……さっきの警告音は一体何だったのか? わたしの気のせいだったのかなぁ……


「ネンちゃん、ひょっとして緊張しているの? さっきはゴーリキくんと楽しそうに話してたように見えたけど。」

「えっと……聞いてたんですか?」

「隣の部屋で静かに研究進めていたら、この部屋から聞きなれない女の子の声が聴こえてきたからちょっと興味本位で覗きに来たのよ。ゴーリキくんに研究室に連れ込むような彼女ができた!?って期待したんだけど、実際はこんなに小さな女の子だったからびっくりよ。」

「あの、わたし……龍彦の彼女じゃないって自分では思ってるんだけどな〜」


 なんだかみるみるうちにコウ先輩のペースに捕まりつつある。

 

「ネン。そんな緊張する必要はないって。コウ先輩はそのネンの身体を作ってしまうほどの素晴らしいスキルの持ち主だし、性格も基本的にはとてもいい先輩だ。……基本的にはな。」

「……う、うん。」

「なによゴーリキくんその含みのある言い方は? ちょっと彼女ができたからって、いい気になってるんじゃないわよ。」

「先輩。彼氏がいつになってもできないからって、そんな風に八つ当たりするのはやめてくださいお願いですから。」


 う〜ん……やっぱり悪い人ではなさそうだ。

 わたしはここがちょっと不気味な地下街の研究室ってこともあって、少し神経質になっているのかもしれない。そもそもここ『OSC事務局』って、未だにどんな目的があってどんなことをしているのか、全然わかっていないというのもあるけれども。


「あの〜……さっき、龍彦の『メンター』って言ってましたけど、それって結局……?」

「あ〜。ネンちゃんひょっとして、そもそもここが何してる場所なのかわかってないんだ?」

「……うん。わたしは魂を人形に宿す研究をしている人がいるって聞いて、ここに来ただけなので……」


 するとコウ先輩は机の引き出しの中から、A4サイズでちょっと薄めのパンフレットを取り出した。その表紙の上の方には『オープンソサイエティー・カンファレンス』という大きな文字が踊っている。それはまるで、オープンキャンパスの時に配布される入学案内のパンフレットのようだ。


「ネンちゃん。オープンソサイエティー・カンファレンスって、聞いたことある?」

「あ、はい。わたしの妹がそういうの大好きで、何度か会場に一緒に行ったことあります。」

「そっか。ネンちゃんって妹がいるんだ。」

「…………」


 わたしは思わず言葉が詰まってしまった。

 それはあまり思い出したくない思い出ではあったけど……でも妹は本当にこういうのが大好きだった。


 するとコウ先輩はわたしの顔を見るとにこっと笑い、そのまま話を続けた。


「そもそもここで言う『オープンソサイエティー』というのはね……情報化社会と呼ばれる今の世の中って、ありとあらゆるものはソフトウェアが管理してて、それを動かすための大量のデータが存在しているよね。でも、そんなソフトウェアやデータが一部の大企業によって一元管理されてしまうと、その企業が世界を支配してしまいかねないようなそんな危険性を孕んでいるんだ。」

「それってつまり……インターネットで圧倒的シェアを誇る多国籍企業のこと?」


 そんな話は、父や妹から飽きるほど聞かされていた――

 自分たちの都合のいい情報しか出してこない検索エンジンとか、

 自分たちの会社の製品を優先して表示させるショッピングサイトとか。


「うん。でも本来ソフトウェアやデータって、皆で共有すべき人類の知的財産じゃないかって。そこで注目されたのが『オープンソース』や『オープンデータ』という考え方。わかりやすい例だと、『OpenStreetMapおーぷんすとりーとまっぷ』というものが日本にもあるよね。あれは誰もが利用できる地理情報をみんなでつくっていこうという地図なんだ。」


 そういえば妹がよく『OpenStreetMap』の地図を使っていたな〜……

 さっきから不器用な笑顔を見せる妹の姿が、わたしの頭へ鮮明にフラッシュバックされている。


「『オープンソース』や『オープンデータ』……それを統合して『オープンソサイエティー』?」

「そう。そういった活動を支援していこうというのが『オープンソサイエティー・カンファレンス』であって、その事務局本部がここの地下街ってわけ。」


 コウ先輩は淡々と話を続けていく。

 ……その結末が『ここの地下街』と締められたところで、なんだか胡散臭い話のような気もしなくもないけれど。話だけ聞くと美談のようにも聞こえるんだけど、なんでよりによってその本部がこんな都心から離れた場所にある巨大な地下街なんだろうか?


「事務局ではね、日本各地から学生たちを集めて研究施設を提供する代わりに、事務局の本来のお仕事を学生たちに手伝ってもらってたりするんだ。そのお仕事っていうのは、およそオープンソースのOSで動いているサーバーのメンテナンスとか。でもそこは学生なので急なトラブルの全てに対応できるわけではないから、学生同士でグループを組んで対応する仕組みになってるの。」

「それで……コウ先輩と龍彦はそのグループのペアってことですか?」

「うん。わたしがメンター、いわゆる教育係で、メンバーはそこにいる龍彦と……あともう一人、龍彦と同じ学年の女の子がいるんだけどね。」


 楽しそうに話すコウ先輩の話を聞いて、わたしはいつの間にか緊張感がほぐれていた。

 ここ事務局がちょっとだけ、イメージしていたものとは違うものだって理解できたから――


「なんだかサークル活動みたいで楽しそうですね。」

「そうでしょ。だからさ、ネンちゃんも私たちのグループに加わらない?」

「…………え?」


 唐突の勧誘にわたしの頭は急に真っ白になった。

 たしかに楽しそうではあるんだけど……。


「コウ先輩。急にネンを誘っても、ネンが困るだけじゃないですか?」

「いや困ると言うか、わたしこんな小さな身体だし、なんにも役に立てないのでは?」


 わたし、何か間違ったことを一言も言ってないよね?


「そんなことないわよ。そんな小さな身体でいろいろ不自由でしょ? だからネンちゃんは私の家で引き取って……ねぇネンちゃん、私と一緒に暮らさない?」

「いや、あの…………」


 なんだろう。なぜだかわからないけど、すごく嫌な予感がして身震いを感じてしまう。

 先程あった大音量の警告音がまた復活してきて、わたしの頭の中で鳴り響いている。


「ちょっと待った! 先輩、ネンは俺が引き取ります。先輩ではちょっと不安が……」

「あら? こんな可愛い子とひとつ屋根の下を提案するとか、ゴーリキくんも言うようになったわね。ネンちゃんを独占したいとか、そういう欲求でもあるの?」

「うっ…………」


 そこで黙るな龍彦!!

 ……と、なぜかわたしの心の中ではいつの間にか龍彦の側についていた。確かに男の子の家で暮らすよりは、女同士で暮らしたほうが安心なはず……なんだけど、これはいったいどういうことなんだろう。


「あの〜……コウ先輩、わたしやっぱり龍彦の……」

「ネンちゃん、そんな心配しなくても大丈夫だって。だって、あなたは私のたったひとつの、とても大切な『実験材料』なんだから。」


 ……あ。


「わたし、龍彦と一緒に暮らします!!!!」


 わたしは気づくと大声を出してしまっていた。

 たぶん、わたしの顔は真っ赤になっている……のかもしれないけど、そもそもこの身体にそんな機能がついているのかよくわからなかった。


「じゃ〜もう夕方だし、そろそろ帰ろっか。ネン。」


 すると龍彦はにこっと無駄に爽やかな笑顔をわたしに見せてくれた。

 それは甘くて優しい、胸が思わずきゅんとしてしまう笑顔だった――


「うん。」


 その後、コウ先輩の舌打ちが聞こえたような気もしたけど、でも悪い人ではないんだろうなって、私はそう感じた。ここにいる人、みんないい人だ。……たぶん。

 ここに来て、本当に良かった。


 だからわたしにとって……この貴重で切ない時間がもう少し続いてくれたら――

 せめて、わたしの本当の身体が見つかるまではここにいたいって、そう思えたんだ。



参考)

OpenStreetMap Japan : https://openstreetmap.jp/

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