第13話 闇夜に紛れて、成敗致す

「では、仕事を再開しようか」


 ギルドマスターの許可は得た。

 俺は頭巾をかぶり、覆面で口を覆う。

 時刻は深夜。夜の闇が深い。

 町の様子、宴はさっさと終わった様だ。

 もとより人を集める為の嘘。まるで虫をおびき寄せる街灯や蜜のようだ。

 これまでも様々な理由を作っては人を連れ込んだのだろう。


「目指すは町長宅」


 サリーの言葉が本当ならば、俺の嫌な予感は的中していた事になる。

 スキュラの眷属。どれほどの敵が現れるのかはわからんが、今の俺の装備じゃ太刀打ちは難しい。

 なので、速攻でスキュラは潰す。眷属も出現させない。


「シャッ!」


 俺は木を飛び越え、夜の空に音もなく躍り出る。

 民家の屋根を上に飛び乗り、敵の牙城ともいえる町長の屋敷を睨む。


「さて、ここは少しド派手にいくかな?」


 俺は六人の分身を出現させる。


「かく乱戦法だ。騒ぎを起こす。散!」


 俺の合図と共に分身たちが方々に散らばっていく。

 そして、わざと住民の目につくように行動するわけだ。


「騒がしくなってきたな」


 各々に武器を持った住民たちがまるで死人のように虚ろな瞳で民家から姿を現す。

 なのに妙に統率が取れている。


「死人ではない?」


 しばらくすると完全装備の兵士たちも姿を現す。そのほとんどは港からやってきたようだ。

 となると、アムたちを襲った兵士は漁師たちという事か。


「時間稼ぎには十分だな」


 分身たちにはわざと逃げに徹底させている。

 今の分身たちに戦闘能力はない。本当なら煙玉ぐらいは用意したかったが、それはまたの機会という事だ。今回は自分でも性急すぎた気もする。

 だが、何度も言うが、この町を放っておくとろくなことにはならない。ちりちりする警戒心が俺にそれを教えている。

 ゆえに向かわねばならない。町長の屋敷、そこにいるであろうスキュラの下へ。


「分身たちはうまくやってるようだな」


 瞬く間に、俺は町長の屋敷へと到着する。屋敷の屋根に飛び乗り、侵入箇所を探る。無警戒なのか、それとも誘い込んでいるのか、窓が開きっぱなしだった。

 ふいに屋敷内のニオイが漂ってくる。生臭さの中に、香水のような甘い香りも混ざっていた。

 それと同時に水のしたたる音、はじける音……。


「フン、お楽しみの最中ってことか?」


 騒動が起きてるってのに、のんきな奴だな。

 その音の正体の事はあえて考えずに、俺は構わず窓から侵入する。

 罠などの存在が見当たらないのはよっぽどの自信があるのか、それともただ無警戒なだけか。

 だが、中には真面目な奴もいるようだ。

 兵士姿の男が現れる。よくみるとそいつは漁師小屋にいた老人だ。

 彼は大きな扉の前に立つと、まるで女王に謁見するような姿勢を取った。


「奥様、人間どもが侵入した模様です」

「それで?」


 扉の向こう側からはスキュラの声だ。

 水のしたたる音も大きく聞こえる。


「は、いえ、それが複数人のようで、また意外に素早く……」

「そう。さっさと殺してきなさい。以前の失敗を繰り返すようなら、その皮をはぎ取るわよ? またたゆたうだけのちっぽけな存在になりたいのかしら?」


 この会話、老人の方は操られているとかそういう様子ではなさそうだが?

 まさか何人かは自発的に協力しているのか?

 それに、皮だと? どういう意味だ。


「は、はっ! 全力をもって対処します!」


 スキュラの放った言葉は老人にとって恐ろしいものらしく、顔を恐怖にゆがめていた。


(気になるな。この老人は人間じゃないのか?)

「くそ、せっかくの体を失ってたまるか……戻りたくねぇよ」

 

 老人は何事かをつぶやく。その言葉から察するに、こいつらは人間じゃないのか?


「……」


 こんなことをやってるんだ。覚悟を決めなきゃな。

 俺は老人が去っていく瞬間を見計らい、彼の首にクナイを差し込んだ。

 その瞬間、ぶつんとまるで風船がはじけるように老人の皮膚が破裂し、あふれてきたのは海水……いや半透明のジェル状の何かだった。

 それは慌てた様子で震えているが、徐々に干からびていった。


「クラゲ?」


 まさか、こいつら、人間の皮をかぶってるのか?

 それにさっきのクラゲ、あれは普通じゃない。

 もしかすると、町の人間はそっくりそのまま化け物が入れ替わっているのか?

 だとすれば妙に統率がとれていることにも納得がいく。てことはこいつらはスキュラの同族か仲間……えげつねぇ。


「なら、遠慮はいらないってわけか」


 俺は思い切り扉を蹴破った。

  

「あら、騒がしい事……」


 部屋の奥に備わった大きなベッド。スキュラはそこに横たわっていた。無数の触手をうねらせ、その先端には出稼ぎのおっちゃんたちが掴まっていた。

 全員、干からびて死んでいる。


「その手を離せ、化け物」

「まぁ怖い。そんなに殺気を放って……ばれてないとでも思ったのかしら? あなたのニオイは町に入った瞬間からかぎ取っているのよ」

「そんなことは知っている。わかったうえだからな」


 式神君一号はまんまと殺されたしな。


「うふふ。もしかしてさっきの坊やのお友達かしら?」


 スキュラは余裕の笑みを崩さない。

 俺一人、簡単にひねりつぶせると思っているのか?


「どれだけの精気を吸い取った」


 だが奴の余裕は本物だ。

 忍者として云々じゃない。対面していてもわかる。

 スキュラからはあふれんばかりの魔力が流れ出ていた。


「さぁ、この村を食べつくしたあとのことは覚えてないわ」

「人間はどこにやった」

「見ての通りよ。男たちはたっぷりと楽しませたわ。女は……ふふふ」


 スキュラは舌なめずりをした。


「そうか。ならもう十分だろう。貴様を討つ」

「ふ、ふふ! ずいぶんと数を揃えて攻めてきたようだけど、私の下に一人でのこのこ来たのは間違いね。全員でかかってこれば勝機はあったかもしれないのに」


 その余裕を見せびらかすように、スキュラはまだ比較的精気が残っているおっちゃんの体を吸い尽くすように口づけをしていた。すると、おっちゃんの肉体は枯れ木のようにやせ細っていく。

 もうようはないと言わんばかりにスキュラは死体を放り投げた。


「子どもはどこだ」


 部屋を見渡したが、あの少年たちの姿はない。分身たちからもそのような報告は受けていなかった。


「デザートは最後に取っておくものよ。それより、レディの部屋にノックもアポもなしに来るなんて失礼ではなくて?」

「よく言われる」

「そう。なら、死ね」


 スキュラは一瞬にして低く唸るような声を出すと共に美しかったその顔をまるで引き裂くような醜悪な顔を見せた。タコのような口、無数の牙がまるで回転のこぎりのようにうごめいている。

 刹那、スキュラは呪文を唱えた。


「ウォーターアロー!」


 歌うような詠唱に乗せて水の矢が放たれる。


「……!」


 目にも止まらぬ早さで飛来する無数の水の矢は瞬く間に俺の全身を貫いた。


「ふん、まぁ顔は好みだったのだけどね」


 心底つまらなそうにスキュラが言う。


「そうか。全く嬉しくないな」


 そんなスキュラの隣で、俺はベッドに寝転がりながら答えた。


「な……!」


 驚愕するスキュラ。だが、奴はさらに驚くべき光景を目の当たりにするだろう。


「俺、特殊性癖の持ち主じゃないんだよ」


 部屋の隅で壁にもたれ掛かる俺。


「というか、メイクはがれてるぞおばさん」


 部屋のシャンデリアにぶら下がる俺。


「はぁ、しかし魔法はやっぱり水属性なんだな。溶解液ぐらいは出すんじゃないかって思ってたんだがな」


 窓の手すりで腰かける俺。

 様々な場所に様々な俺がいた。


「い、いつの間に仲間を……!」

「お前、まだ勘違いしてないか? 最初から、俺は一人だぜ?」

「え……」


 その瞬間、全ての分身が消える。

 ウォーターアローに貫かれた俺もだ。

 そして残るは当然、本人のみ。


「ど、どこだ!」

「ここだ」


 俺は、スキュラの喉を背後から忍者刀で貫いた。


「俺は、ずっと、貴様の後ろにいたぞ」

「ぎゃあぁぁぁぁ!」


 えぐるようにして、俺は刀を突きたてる。


「魔力はあるようだが、肉体は脆弱なようだな」


 膨大な魔力を感じるものの、それを肉体強化に使っていないようだ。

 何故なのかはわからないが、こっちにとっては都合がいい。

 それでもスキュラの生命力は高いらしい。悲鳴を上げながら、触手を伸ばしてくる。


「遅い!」


 触手が俺をとらえようとするよりも前に、俺はクナイを一斉に投擲する。クナイは触手と床とをつなぎとめるようにして突き刺さった。


「今まで好きにしてきた報いだ」


 俺は喉に突き刺していた刀を引き抜き、返す刀でスキュラの首を切り落とした。

 ばたりと、スキュラの体が倒れ、海水のような透明な血液が流れ出ていた。

 刀の血のりを払い、鞘に納め、部屋を後にする。


「に、逃がすものかぁぁぁ!」

「殺気が漏れているぞ。ばれてないとでも思ったか?」


 背後から迫りくるスキュラの攻撃は読めている。

 俺は一瞬にしてその場から消えると、入れ替わるように奴の背後をとり、一刀両断に切り伏せる。


「む?」


 だが俺が切り捨てたのはスキュラではなかった。

 うろこに覆われた六頭の犬、それらが融合したとでもいうべき生物だった。そういえば、スキュラは犬の頭を持っているって言っていたな。

 自らの意識をそれに移し、不意打ちを狙ったのだろう。

 しかし、それすらも失敗に終わった。


「気配は、なし」


 スキュラの放っていた気配は完全に途絶えた。

 それと同時に町の方から奇妙な悲鳴が上がっている。俺は、分身の一体と意識をつなぎ、状況を確認した。

 そこに写っていたのは、人の形を保てなくなったクラゲや魚が海水と共に吐き出され、干からびていく姿だった。

 どうやらスキュラが死んだ影響なのだろう。


「……はて、これはなんだ」


 悲鳴が完全に消えると、俺はあるものが目に入った。

 それはスキュラの死体のそばに無造作に転がっていた。

 球体上の物体で、異様な魔力を放っている。


「なんだ、これ。タマゴか?」


 スキュラって卵生なのか?

 しかしこの魔力量、まさかと思うが俺がスキュラのものと思っていたのはこのタマゴのものだったのか?

 やけにあっさりスキュラを討伐できたと思ったが、まさかな。


「……戦利品?」


 破壊するべきとも考えたが、こういう代物は下手に扱いたくない。

 俺はいそいそと影隠にタマゴをしまい込んだ。


「さて、これにて一件落着……じゃねぇな。あいつら探さないと」


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