とりあえずはしゃいでおけば良いと思う
表面上は穏やかに、その実常に疑心と警戒に満ちた日々を過ごして三週間を過ぎた頃。
朝一番にシドから皆へと伝えられたその知らせは、多くの喜びと安堵をもたらしたことだろう。
「それじゃあ今日帰って来るのね?」
「はい。今朝使いの者が来まして、恐らく夕方になるかと」
そう、お待ちかねクラヴィスさんの帰城である。めっっっちゃ待ってた。
正直「やったーーーー!!!」って叫びたい程度には待ちわびてた。
ついそわそわとしてしまうが、それは私だけでなく皆もそうらしい。
シドに連れられ執務室へと向かう途中、すれ違った城の皆も浮足立っているのが見て取れた。
何だったら会う人会う人に満面の笑みで「良かったですね!」って声を掛けられてる。あれか、泣いちゃったからか。恥ずかしいわ。
まぁ、クラヴィスさんが居ない間に問題やら喧嘩やら色々あったのだから、皆の反応も理解できる。不穏な空気流れてたもんね。
幾ら土台がまだ安定しきっていないとしても、領主が離れた途端に翳りが広がっていたんだ。
特に不正が蔓延っていた中で生き延び、今もここに残る人達は不安だったろう。
資料を届けにきたヴェスパーが鼻歌を歌いながら去って行くのを見送れば、シドが苦笑いを浮かべてこっそり囁いてきた。
「くれぐれも、気は抜かないでくださいね」
「そこは大丈夫。多分」
「不安になる返事はお止めください」
気が緩むだろう今を狙って近付く者がいるだろうから、今こそ気を抜かずに警戒すべきなのは私もわかっている。
だがしかし、わかっていてもできないこともあるのだ。
だって自分でもわかるぐらいにはウキウキしてるもの、隠せるわけないよネ。ボロを出さない自信無いわ。
だからもうね、いっそのこと大人しくしているよりも、子供らしくはしゃいでいた方が自然だと思うんだぁ。
丁度望まれない来客が来たのか、ノック音に少し身構えるシドの手を取り、にぱーっと幼女の笑みを見せてぶんぶん振り回し始めた。
ノリは飼い主が帰って来てテンション爆上げなワンちゃんでいこうと思います。飼い主まだ帰って来てないけど。
──とまぁ、シドの腕をぶん回したり届かない窓の外を見ようとぴょこぴょこ跳ねたりと、人が来る度にはしゃいで過ごすことしばらく。
偽装とノリと本音で始めたこととはいえ、今の私は幼女である。
そんなに暴れていて限界が来ないわけもなく、昼前には見事に寝落ちしていた。だって私、幼女だもの。
ふと、影が射し込んだ気がして浮上する意識につられ、掛けられていた毛布が落ちていくのをそのままに体を起こす。
瞼の重さに少しだけ目を擦り、周りを見てみるが、ここ数日で見慣れてしまった主の居ない執務室に居るのは寝起きの私と書類を捌いているシドだけだった。
「起きられたんですね。お腹は空いていませんか?」
「んー……だいじょーぶ……さっき誰かいた?」
「いえ。それよりそろそろ時間ですから、準備をしましょう」
シドの言葉に窓の外を見れば、確かに空がうっすらと赤みを帯び始めている。
いやー良く寝た。普段から昼寝してるけど今日は特に良く寝た気がする。暴れてたからかな。
そこそこ派手な寝ぐせがついている髪を軽く指で梳きつつ、シドが使用人を呼ぶのを眺める。
どうやらクラヴィスさんが帰って来る時間に起きれたようだ。ナイスタイミング、なのか、誰かが起こしてくれたのか。
どうもさっき誰かいたような気がするんだけど、特に変わった反応も無く否定されたし、夢でも見て寝ぼけてたのかなぁ?
ぽやぽやしている寝起きの頭ではまともに思考回路が働かないので、これはもう真実は闇の中である。はーい準備しまーすぅ。
呼ばれて現れた侍女にされるがまま身だしなみを整えた所で、シドに連れられ執務室を後にする。
子供の歩調に合わせてゆっくりと歩いている私達と違い、城内の人達は皆慌ただしく動き回っており、窓から見えた中庭では使用人達が揃って城門の方へと走っていくのが見えた。
きっとクラヴィスさんの出迎えをするために急いで手持ちの仕事を片付けてくれているんだろう。
忙しそうにしながらも明るい表情をしているのを見て、隣を歩くシドを見上げれば小さく頷かれた。
「出迎えは不要、と通達がありましたので伝えはしましたよ」
「見送りの時と一緒だねぇ」
見送りを受け入れてもらえたから、出迎えもやろうってとこかなぁ。
よく見れば新顔より古参の人達の方が多いようで、こちらまで自然と口角が上がって来るのを感じる。
これは城内のほとんどが集まりそうだね。流石のクラヴィスさんも驚くんじゃなかろうか。
極少数だが見かける普段と様子の変わらない使用人や兵の顔を覚えつつ、私達も城門へと向かった。
城門前へと着くと既に多くの人が集まっているようで、普段は静かなゲーリグ城の玄関は随分と騒がしかった。
門の外を見やってはまだかまだかとしていたり、数人で固まって何やら楽し気に話していたりと、明らかに浮足立っている皆は私達を見た途端、すぐさま整列して待機の姿勢に入る。
何だか学校の集会みたいで懐かしいなーと思いつつ、楽にしてていいよーと大き目の声で伝えれば、一人一人と話声が戻っていく。
先ほどよりは静かで列も作られているがそれでも賑やかな広場で、私は外へと続く街道へと視線をやった。
「お嬢様が起きられる前に報せが来ましたから、もうすぐかと」
「そっか……それならもうちょっと早く起こしてくれても良かったのに」
「そろそろ起きる様子だったので。それにお疲れだったでしょう?」
「まぁ、そうだけどさぁ……」
長く続く道の先で、遠く何かが動いているのが見える。
徐々に大きくなってきているそれに、きっとあの人がいるのだろう。
誰かが「来た」と声を張ったのが聞こえ、瞬時に静かになった皆を背に、シドと二人、どちらともなく門の外へと歩き出す。
少し距離の開いた今なら皆には見えないし聞こえないだろうと、私は自分の目に映る光景をシドへと問うた。
「ねぇ、シド」
「はい、お嬢様」
「馬車多くない?」
「そうですね、十台来ております」
「何事?」
今だ遠いけれど着実に近付いている影は恐らく馬車だろうが、それにしては数が多すぎる。
出立の時はノゲイラ側の馬車は一台で、護衛の兵二人は馬で同行といった編成だったはずなんだけど、明らかに増えてるね?
聞いてすぐ、数える素振りもなくすんなり答えたんだ。
絶対何か知っているだろうに、さぁと首を傾げて誤魔化すシドに、思わず溜息を吐いた。
連れているのか持っているのか、どちらにせよ一体何と一緒に帰って来たんですかパパン……!?
皆も何も聞かされていないらしく、後ろからもその数が見えたのか、先ほどまでとは違うざわめきが生じているのが聞こえてきた。
あーもう知らない。私は幼女らしくお出迎えしますとも。説明もフォローも全部パパンがするでしょう。
シドの反応からして悪いモノでもなさそうだし、何かあってもクラヴィスさんがいるなら大丈夫だろう。
後ろで何だ何だと戸惑う皆を他所に、私は幼女の笑みを張り付けた。今の私は保護者の帰宅を心待ちにしていた幼女だ。それ以外はわかりませーん。
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