みんなには内緒だよ



「──相変わらず段取りの良いことだ」



 『王都からクラヴィス様へ使者が来た』そう書簡を持った文官が駆け込み伝えた知らせに主が呟く。

 突然の詰問だというのに驚く素振りも見せず納得した様子を見せる主に対し文官が呆けた顔で見ているが、主はそれに構うことなく書簡を受け取り、丁重に迎え入れるよう指示を出した。



「やはり元々送られていたのでしょうか」


「明確にはわからんが、そうだろうな……少々羽目を外し過ぎたな」



 指示を受けた文官が手配のために部屋を去り、扉が閉まったと同時、部屋に結界が張られたのを感じ取ってから問えば、溜息交じりに答えられる。

 領地の改善、砂糖の精製、魔物と契約等、王都から左遷されてわずか五か月で主は様々なことを行ってきた。

 主の才覚を思えばある程度納得できるが、お嬢様の存在だけは容認しきれなかったのだろう。

 机に広げられた使者からの書簡にお嬢様の名前を見つけ、俺は目を伏せるしかなかった。



 主と同じ髪と目を持つお嬢様。

 幼くも知性に溢れたあの瞳の色は、主と良く似ている。

 だが主は言った──彼女に自分の血は流れていない、と。



 記憶を失くした身元不明の幼子を養子に迎えると言われ、戸惑いと微かな希望を持った俺に、主はすぐさまそう切り捨てた。

 だから違うのだ。俺達が待ち望む悲願とは違う。

 しかし自身と同じ色を持つ幼子を養子にされた以上、その色に勘繰る者は後を絶たない。


 更に本来ならば時間と手間のかかる手続きを全て飛ばし、陛下に直接許可を取ったというのだから、内外問わず問題視されるのも仕方がない。

 今までは領内の安定と魔物の対策を理由に逃れてきたが、もうそれは言い訳にはならず最早理由の一つになっている。



「この件は私だけで対応する。お前はトウカの傍にいろ」


「ですが」


「従魔師になった以上、奴らはそう安易に手を出せん。

 ……狙われるとすれば何の抵抗もできないトウカだ」



 最後の書類に署名を終え、席を立つ主にいつも通り付き従おうとする俺に主が言葉で制す。

 使者とはいえどあちらの息がかかった者に変わりはない。何をするかわからないのだ。

 主に何かあってはならないと異を唱えようとするが、俺がそれ以上口を開く前に再び制された。



「何に代えてもトウカを守れ」


「……畏まりました」



 有無を言わせぬ命令に俺はそれ以外何も言えず頭を下げる。

 確かにお嬢様は聡いが何の力も持たない幼子だ。狙うとすれば危害を加えやすいお嬢様を狙うだろう。

 しかし場が整いつつある今、ただの護衛なら影を付ければ十分のはず。


 あの少女は主の何なのか。時折見せる子供らしからぬ聡さがその理由なのか。

 主の最たる影を付ける意味を推し測り切れぬまま、俺は使者の元へ向かう主を見送った。






「というわけで、主は今王都からの使者を迎えられているところです」


「なるほど、それでこの様子なの」



 若干寝ぼけたままシドに連れられ執務室へと向かう途中、何やら落ち着きのない城の人達の声を聴きながら告げられた内容にぽんと手を打つ。

 王都からの使者については前もってクラヴィスさんから来るだろうと教えられていたので、それほど驚きはしない。

 だけどねぇ……お城の中がこんなにも落ち着かない雰囲気になるとは思わなかったや。


 いつもは私語もせずテキパキと掃除をしてくれている使用人達が、持っている道具をそのままに何やら不安そうに顔を突き合わせて小声で会話してたり。

 途中にある経理の部屋から聞こえてくる騒がしい声が今日はせず、こっそりのぞき見ればお葬式かと思うほど静かで逆に恐かったり。

 みんなの憩いの場となっている中庭で、寡黙な庭師のおじいちゃんまで何やら文官さんと話し込んでいたりと、そりゃあもう城の中は落ち着きが無かった。



「皆が知ってるのは王都から使者が来たってことだけなの?

 理由とか、パパが王都に行くとか知ってる?」


「……いえ、使者からは『王都からの使者』としか告げられていません。

 予想は付きますが下手に話すわけにもいかず……問題ないとは伝えたのですが領主が変わったばかりですから、敏感な者が多いようで」


「あー……そりゃあ不安にもなるよねぇ」



 最初のころは確かに怖がられてもいたけれど、優しく頼れるクラヴィスさんはすっかり皆の領主様だ。

 そんな領主様に王都からの使者が来たなんて言われれば不安にもなるだろう。

 クラヴィスさん自身結構例外的なやり方で領主になってるし、何が起こってるか気になっちゃうのも仕方ない。

 だけどこのまま放置すれば仕事が滞ってしまうのは目に見えてる。そうなったら後が大変だ。主にパパンが。



「とりあえずなんとかしよっか」


「お嬢様?」



 突然手を取り方向転換した私に戸惑いながらも付いてきてくれるシドに心の中でお礼を言いつつ、中庭へと歩を進める。

 パパンが居ないならムスメの私がどうにかしないとネ。

 これでも領主の娘だ。ここは一つ、幼女らしいふわふわした言葉で宥めるとしよう。



「はいはーいみなさんちゅうもーく!」



 ぺちぺちと小さな両手を叩き、できる限りの声を張り上げれば、近くにいた使用人さんがこっちを向いてくれた。

 しかし流石幼女というべきか、私の拍手と声では遠くまで届いていないらしい。

 こちらを見ずに変わらず顔を突き合わせている人達がちらほら見える。


 いちいち声かけて説明するのは面倒なんだけどなーこうなったら先に中庭一周して全員集めた方が早いかしらん。

 と、考えていたらシドが思いっきり両手を叩き、注目を集めてくれた。

 爆発音かと思うような音がしたけど、きっと魔法か何かだろう。あれを素で鳴らしたなら常に爆弾構えてるようなもんだよ。



 爆発音の出どころに私達がいるのを見て皆がそろそろと近寄ってきてくれたのを確認し、一つわざとらしい咳払いをすれば一気に視線が集まる。

 いやぁ視線が集まるのって怖いけどこれからもこういう場面はあるだろうし、今のうちに慣れとかないとだね。

 一般人な私が内心ガクブルってるけど慣れるしかないんだよ。怯えは端っこへ追いやっとけ。


 だって今は皆を安心させるのが一番なのだから。

 軽く呼吸を整え、私は屈託のない純粋な笑顔を思い浮かべ、皆へと笑みを見せつけた。



「パパはだいじょーぶだよー。

 アースさんのことでお話聞きたいってだけだからねーちょっと王都までおでかけするだけだよー」



 少し大きめに発せられる間延びした子供の言葉が不安と戸惑いにざわめく中庭に響く。

 驚きや少しの安堵、揺れる不安など様々な視線が向けられる中、ほんの一瞬だけ確かな敵意を感じて強張りかけた笑顔に柔らかさを保てるよう努める。

 事前に色々聞いているからか、幼女になって感覚が鋭くなったのかわからないけど、これは確かに下手なことは言えないデスネ。



 使者が何の目的で来たのか。それを知るのは今対応しているクラヴィスさんのみ。

 使者の対応をしていないシドが話せばクラヴィスさんも知っていたことになってしまう。

 クラヴィスさんが誰かと内通しているかどうかの炙り出し──訪問理由を言わない使者っていうのも不思議だと思っていたが、まぁ、そういうことなんだろう。


 どんな人達を相手にしているのかまでは教えてもらってないけど、ノゲイラの領主になっているんだから王様からの信頼はあるはず。

 つまりはよくある派閥争いってやつデスネ。あー権謀術数ってめんどくさいなー! 私と関係ないとこでやってくんないかなー!!

 そう叫びたくなるけれどクラヴィスさんや皆のためにもぐっと堪え、一番近くにいた庭師のおじいちゃんへと笑いかけた。



「みんなもアースさんが来た時はびっくりしてたでしょ。王都の人達も一緒だよ。

 だいじょーぶだいじょーぶ、パパがこっそり悪いことでもしてたと思う?」


「で、ですがお嬢様……従魔師になった以上、国のためにその力を使うのが常。

 それにクラヴィス様は領主とはいえ元々王都におられた方……王都に戻るのも、おかしくは……」


「大丈夫だよ」



 幼子の言葉だとしても彼らは真摯に耳を傾けてくれる。

 だからこそ理解を示しながら、それでも抱く不安を話してくれる。

 子供の言葉だからと、子供の前だからと耳を傾けず話すこともしてくれない人も多いが、彼らはそうしない。


 領主の娘を信じてくれているのか、黒に染まらずこの城に残り続けた強さなのか。

 どっちかというと前者の方が嬉しいけど、クラヴィスさんと違ってそこまでの信頼はないよなぁなんて思いつつ、変わらぬ幼子の声色で続ける。



「パパはみんなが大事なのーこれからノゲイラをもっと良くするために沢山考えてるんだよー。

 それに王様からノゲイラを任されたんだもの。

 従魔師になったからって簡単にノゲイラを捨てたりしないよー」


「そう、でしょうか……」


「そうだよ。だから大丈夫。

 アースさんもここから離れられないって言ってたし、もしそう言われてもパパが何とかしてくれるよ。きっと」


「……そう、ですね。クラヴィス様なら、何とかしてくださいますよね」


「だからとりあえず、みんなはいつもどーりに。はい解散! 他の人にも言っといてねー!」



 クラヴィスさんの名前を出し、半ば押し切る形で言い切ってシドの手を取り中庭を後にする。

 あまりあの人一人に背負わせるのは良くないとは思うけれど、私には彼らの不安を背負えるほどの力はない。

 向こうの知識ならいくらでも話すけどなぁ……こういった権力争いとかになるとクラヴィスさんを頼る他ないんだよなぁ……。


 自分が一番わかっていることにちょっぴり情けなさがこみ上がってきて、これは仕方ないんだと言い聞かせていると、シドが私の手を弱く引っぱった。

 どうかしたのかと振り向けば、シドは緩く周囲に視線を向けた後、わざとらしい微笑みを浮かべて私へと問いかけた。



「もし戦が起こったら、主はどうされると思いますか?」



 何か、こちらを探っているようだ。

 そんな風に思える視線をシドに向けられ戸惑いから瞬きを繰り返す。


 えー私おかしなこと言ったっけなぁ? 一応冷静に考えればわかることしか言わなかったつもりなんだけど。

 そういえば最近シドの前で幼女の振りするのが適当になってたきてたけど……もしや幼女らしくなくて不審に思われてる?

 となると、今更わからない振りするのは悪手かなぁ……誤魔化せそうな様子じゃないし。最早ほぼ確信してますよねコレ。



 シドの唐突な問いに固まること数秒。

 私は溜息を一つ付いて取り繕うことをやめた。



「……起きないのが一番だけど、その時はそうだね。有事の際には王都なりなんなり向かうって約束すれば良いだけの話じゃないかな。

 戦争が起きようが起きまいが、クラヴィスさんがずっとノゲイラを離れる理由にはならないよ。

 でもアースさんそういう方面ではあんまり力貸してくれないだろうからなぁ……無理やり従わせたら怒らせるとか言っといた方が良いかもね」


「何故そう思われたのですか?」


「だってアースさん、血生臭いのは大嫌いって言ってたでしょ。

 多分、戦争が起きても余程のことがない限り手伝ってくれないよ」



 今はここに居ない優しい東洋龍の瞳を思い出す。

 人を食べたりしないかの話だったけれど、あの時の瞳は好き嫌いといった枠ではなく明らかな嫌悪を示していた。

 これは私の直感でしかないけれど、アースさんは魔物というより私みたいな争いを嫌う人間に近いんだと思う。

 真っ先に争うつもりはないって声をかけてくれてたし、少なくとも好戦的な性格ではないだろう。


 私の言葉に納得したのか小さく頷いているシド。

 答えに満足してくれたのなら、後は最後の仕上げだね。

 鏡を見たらにやりと笑っているだろうなーなんて思いながら、シドの手を思いっきり引っ張った。



「みんなには内緒だよ?」


「……もちろんです、お嬢様」



 少し開いていた距離を一気に縮め、子供の悪戯らしく口元に指を一本立ててそう笑えば、シドもまた笑みを深める。

 クラヴィスさんの指示で黙っているから、こればかりは私が判断するわけにもいかない。

 しかしシド相手にこれ以上誤魔化すのも限界だ。私の面の皮はそこまで厚くないんです。


 詳しいことは話さないが、その代わりにシドの前では隠さないでいよう。

 クラヴィスさんの指示を守りつつシドが満足いく妥協案となると、こうする他なくないですかね?

 そもそもあのクラヴィスさんの従者なシド相手に誤魔化し通す方が無理な話だったんだ。

 後で怒られるの覚悟で報告だなぁと思いつつ、私はシドと執務室へと歩き出した。

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月影に沈む覇道の行き先 ~養父と養女の辺境改革~ 空桜歌 @kuouka

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