養父と養女は一蓮托生
既に湖の調査を始めていたシドの元へと向かえば、警戒していた魔物が仲間になったから、安心して調査できるんだろう。
アースさんが現れる前に使っていた魔道具の他に、様々な道具が辺りに広げられていた。
先ほども見た水質を調べているらしい魔道具に、四つの玉が長い紐で繋げられている魔道具、見た目は弓の形をしている魔道具などなど。
どれが貴重でどれが貴重じゃないんだか。私からすれば全部珍しく見えてしまう。
「お嬢様、心配ないとは思いますが勝手に触らないでくださいね。
中には国宝級の魔道具もありますし……私はそう魔道具に詳しくないので、何かあれば大事です」
「ワタシナニモサワラナイ」
「そうしてください」
取扱説明書なのか本を見ながら魔道具を使うシドに言われ、すぐさま魔道具と距離を取って両手を上げる。
貴重とは聞いてたけど国宝級とは聞いてないですパパン。心臓に悪いから先に言っておいてほしかったよ。
一体どれが国宝級なのか……うん? シドが先に玉が付いてる紐を一本手に取ったぞ? そしてぐるぐると投げ縄のように回し始める!
その勢いは止まることを知らないのか、遠心力も合わさって周囲にぶんぶんと恐ろしい音が響くぅ! そしてシド選手! 勢いそのままにぃ……投げたぁ!!
「って国宝級ーー!!?」
「これは違いますよ。クラヴィス様が今回のために作った湖を計測するための魔道具です」
「け、計測?」
「魔石が組み込まれた玉から魔力を発し、周囲の地形を測ることができるそうです。
計測結果はこの画面に表示され、内臓された羊皮紙に自動で記入される、とのことでした。
国宝級なのはこちらの水質を調べる物ですね」
「はぇー……そういえばパパって魔導士だったね……魔道具も作るんだ」
「最近は領地の仕事ばかりでしたからね。知らないのも無理はありません。
あの方は元々、新たな魔道具や新たな魔法の作成ばかりしていましたよ。酷いときは部屋に籠って何日も出て来ないほどでした」
「ワーカーホリックなのは昔からなのね……」
「わーかーほりっく?」
「……倒れるまで仕事をし続ける人のことだよ」
「……倒れはしませんが、倒れる前までは平気でやりますね……」
シドも従者として色々思うところがあるんだろう。私達は揃って溜息を吐く。
私からすればシドも大概なんだけどね。ほどほどに休息を取ってほしい。
気を取り直し、残る三つの玉をそれぞれ距離を開けて設置したシドは画面を確かめた後、そっと地面に置いた。
次はなんだろなぁと見ていれば、鞄を手に取り中から小さな小袋を取り出す。
新しい魔道具かなと思ったが、そうでもないのかシドに手渡され、開けてみればそこにはクッキーが入っていた。
「そろそろお腹が減ったでしょう?
馬車には昼食もありますが、まだ調査に時間がかかります。
お嬢様はこちらを召し上がっていてください。ディックが出立前に持たせてくれました」
「ありがとー」
シドに言われて気付いたが、もう太陽が真上から少し傾いたぐらいに在る。
もう正午を過ぎてたんだぁ……うん、言われてみればお腹空いてきた。
これはお言葉に甘えて齧ってよーっと。いつもお菓子を作ってくれるディックには感謝です。
クッキーをもぐもぐしながら眺めることしばらく、幾つか魔道具を設置したシドが説明書を閉じ深く息を吐く。
設置は終わったみたいだね。やっぱりシドも緊張してたんだろうなぁ。わかるよぉ、その気持ち。
あんまり詳しくない道具を、しかも国宝級を一人で使わなきゃいけないとか、考えただけで胃が痛くなるもの。
そういえばこの弓は? 遠距離戦に備えて持ってきたシドの私物? 魔力を矢に換えて撃つんだ。これぞまさにファンタジー武器。
【何とも香しい香りがするのぅ……それは何じゃ?】
後は計測が終わるのを待つだけだそうで、シドと二人でクッキーを齧っていると、そう言いながらアースさんが近付いて来た。
話し合いは終わったらしく、少し遅れながらクラヴィスさんもこちらに来ているのが見える。なんかご機嫌そうだ。良い話ができたのかしら。
「これはお菓子だよー知らないの?」
【ふむ、菓子か。聞いた事はあるが……実際に目にするのは初めてじゃな】
「じゃあ一個あげる。甘い物はねぇ、食べたら幸せになれるのよ」
【それは良いのぉ。では好意に甘えて一つもらおうか】
お菓子を知らないなんてもったいない。人生もとい魔生の半分損してるよ。
興味もあるみたいだしと勧めてみれば、アースさんは目尻を下げてそう答え、私に向けて口を開けた。
もしかしなくとも、口に投げ入れろってことかしら。確かにアースさんの手は大きいからクッキーを摘まむの難しそうだもんね。
そういうことならと小袋を手に、大きく口を開けて待っているアースさんの方へと近寄る。
一枚で足りるかなぁ。ディックが結構持たせてくれたから、何枚か一気に入れても良いけど、それはそれでちょっと私が辛い。
ほんの少しの葛藤をしつつ、アースさんの舌の上へ向けてクッキーを一枚放り投げた。
狙い通り舌の上へと乗ったクッキーに、アースさんはゆっくりと口を閉じ、私から距離を取る。
果たしてディックが作ってくれたお菓子は口に合うだろうか。
もぐもぐと口を動かすアースさんを固唾を呑んで見守っていると、アースさんが目を見開いた。
【こ、これは……!!】
んー、どうやらこれは大成功みたいだね?
口をもごもごとしたまま何かを伝えようと、私に向けてきらきらとした目が向けられる。
そんな期待の籠った目を向けられたらもうちょっとあげなきゃじゃん。ほーれ、お口あーんですよー。
「……時折、菓子を届けようか」
【是非頼む!!】
三枚ほどそうやってクッキーを食べさせていると、クラヴィスさんが少し呆れた様子で提案する。
対するアースさんの食いつきはとても早く、流石にちょっとビビりました。急に顔を動かさないでよね、あなたおっきいんだから。
そんなやりとりもありつつ、クラヴィスさんとアースさんも加わった湖の調査は滞りなく進んだ。
私の中で一番大きかったのはやはり生物調査である。
漁師達から聞いて主な魚はすでに調べてあったそうだが、アースさんが潜って色々調べてくれたため詳しい生態系を知ることができた。おかげで真珠貝も見つかったから私はホクホクです。やったね。
「──では、アース。また来る」
魔物の問題も解決し、湖の調査も終え、私達は城に戻るためアースさんと一旦別れることにした。
まだ正式に契約の事を伝えていないので、城に連れ帰ってもみんなを驚かせるだけだし、アースさんもまだ自由に動き回れるほど魔力が回復していないので湖に居たいとのこと。
それに例え連れ帰ってもアースさんの居場所が無いからね。だって大きすぎるもの。中庭でぎりぎりじゃないかな?
【あぁ、何かあればすぐに呼べ。何処であろうと何時であろうと駆けつけるからの】
「またねー」
来た時と同じようにクラヴィスさんに抱っこしてもらい、湖へと入っていくアースさんへと手を振る。
大きな水しぶきを上げて湖の底へと潜っていったアースさんを背に、私達は城へ戻るために林道へと歩き出した。
特にこれと言って何事もなく進んでいたのだが、少し進んだところでクラヴィスさんがシドに先に戻って昼食の準備を始めておくよう告げる。
もうお昼過ぎちゃってるからねぇ。ペルグも馬車で待ち続けてくれてるだろうし、早く知らせに行ってあげてほしい。
あんな大きな虹が上がってるんだもの。契約の時の暴風だってあったし、心配してるだろう。
すぐさま頷いたシドは魔道具の入った鞄を背負いなおし、一気に樹へと飛び乗る。
そして樹の枝を足場に、どんどんと先へと飛び去って行った。だから忍者か。
飛び去って行くシドの後ろ姿に内心突っ込みをしていたが、パパンの視線を感じて視線を上げる。
んーどうやら本題はこっちのようですね。察した私はすぐさま頭を切り替えた。
「で、どうだった?」
「そーですねぇ……真珠貝が見つかったのはとても大きいです。
解決しなきゃいけない問題は色々ありますが、そのうち大きな商売にできますよ」
「まずは目の前の問題か」
「ですね」
どうやらこちらの世界の真珠は魔力を宿しているそうで、装飾品だけでなく魔道具の部品にも使われており、高額で取引されるそうだ。
天然物と養殖物とで見た目もさることながら、魔力の違いも重要になるだろう。
とはいえ、しばらくは手を付けれないだろうなぁ。
「……そういえば魚料理食べないなぁとは思ってましたが、まさかその程度とは思ってなかったので……」
「魚は足が速い。傷んでいるかもしれない物を城で出すほど追い詰められてはいなかったからな」
「変なところで余裕あるんですよね、うち」
「前領主達が搾取していた箇所があるだけだ。
以前のままならもっと切迫していたさ」
「うーんコメントに困る答え」
漁業を再開できるといっても、この世界には冷蔵庫もなければ冷凍庫も無い。
保存法も無ければ道すらもほとんど整っていないので、今までの漁といえば近くの村のその日の食糧を補える程度しか行われていなかったらしい。
そんな状態で漁業の技術が発展しているわけでもなく……漁業に携わる人達にとっては漁業再開は良い話だろうが、ノゲイラ全体を鑑みるとそう大きなことでもなかったりする。
まぁ、アースさんっていう仲間ができたのは大きいけどね。
魔流の流れを弄って栄養をばらまくみたいなことを言っていたので、ノゲイラの作物の育ちが良くなったりするんじゃないかな。未確定ではあるけどそれはそれで良い話だ。
「真珠は少しずつ準備を進めておくとして、漁業に関しては新しい物を取り入れつつ、土台作りを優先ですかねぇ。
干物とか作るのもありっちゃありですが、流通経路と保存方法さえ確立させれば生魚でも商売できるようになりますし、他にも流用できます」
「流通にはまず道の整備が必要だな。そちらは既に手を付け始めているが……ノゲイラ全土となるとまだまだ時間が必要だ。
保存は冷蔵庫に冷凍庫、だったか……それは魔道具として作るのが手っ取り早いだろうな。
トウカの言う物をそのまま再現するには時間が掛かりすぎる」
「その辺りはやりやすいようにしてくださいな。
電気は電気、なんて拘ってたらできる物もできませんもの」
冷蔵庫の作りもわかるのだが、こちらの技術で再現するとなると時間も費用も掛かる。
砂糖のおかげで少しは資金ができたとはいえ、今のノゲイラはまだまだ余裕のない土地だ。
ノゲイラの冬は厳しいと聞いているし、早く色々と発展させないと乗り越えられない人が大勢出かねない。
削れるところは削り、先を急がなければならないのだ。電気か魔力かなんて拘ってはいられない。
そんな状況なわけで、高額で取引されるという真珠はとても魅力的だけど、すぐ成果が出せるつもりもないので無理です。流石にリスキー過ぎるよ。
「そう考えるともう一つか二つ、簡単で確実な大きい稼ぎ所を作っておきたいなぁ……。
道を整えるのも資金が必要ですし、砂糖一つで全部補うのは流石に難しいでしょ?」
「そうだな。できれば外で売れる物の方が都合が良い。
贅沢品や嗜好品、もしくは生活用品辺りなら貴族や商人の懐からも多くを引き出せるだろう」
「そういわれるとますます真珠の養殖やりたくなる……!」
「……苦労を掛ける」
「それはお互い様ですよぅ……どうにかします。
一応次の目当ては付けてるので。ちゃんと形にできるかはやってみないとわかりませんけど」
頭を抱える私にクラヴィスさんは申し訳なさそうに眉根を下げ、頭を撫でてくる。
私は知恵を出すだけで、実際に動くのはクラヴィスさんだ。私が暮らしやすくなるためにやっている部分も大きい。
一蓮托生、一心同体。そんな感じの関係なんだ。何よりこんな美人を困らせるのは私の信条的に良くない。どうにかせねば。
「材料集めるの手伝ってくださいね」
「それぐらい任せなさい。
……だが、しばらく動けなくなるかもしれんな」
「はい?」
次にやりたいものは少々材料が必要になるのだが、幼女には集めるのが難しい物もある。
そのため協力を仰いだのだが、なんですまた。問題でも思い出したの。
あまり良くない反応に首を傾げていると、パパンは小さく溜息を零して呟くように話してくれた。
「……近いうち、私は王都に呼び出されるだろう。
私が居ない間、君のことはシドに任せるが……私の養女である以上、君に目を付けている者もいる。
その上、君の知識は世界を変える物だ。知られれば君が危うくなる」
「え、何それ物凄い迷惑」
要するに忍び込んでる人達が、クラヴィスさんが居ない隙を狙って何をするかわからないってことでしょ。
やだぁはた迷惑にも程があるぅ。パパンが居ない間何にもできなくなるぅ。
「君の安全が第一だ。
私が居ない間は目立たぬよう、ただの子供らしくしておいてくれ」
「……りょーかいでーす」
そう言われてしまえば仕方がない。
もし本当にクラヴィスさんが王都に呼び出されたとしたら、最大限できることをしておくしかない。
そうだね、子供が落書きをして遊ぶのはこの世界でも当たり前のことかしらん。
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