理解できるかは別の話

 一言で済ませてしまえば、洗濯板大作戦は大成功となった。

 緊張している二人を連れてクラヴィスさんに洗濯板を城の備品として作ってもらえるよう許可をもらいに行けば、すんなりと許可をもらえたのである。

 元々私が色々と説明していたし、ヘレナがその利便性を、ゼフが材料となるヤエモの木材が余っているって説明したからだろうけど。


 いくら便利といっても、こっちの人に受け入れられなきゃ意味が無い。

 その点、ヘレナもあのお姉さんもすっかり受け入れてくれていたし、材料が余っているなら何も問題ない、というわけである。いぇい。



 まぁ、その後、たった半日で城の標準装備として洗濯板が支給されてたのには驚いたけどね。

 ゼフさん仕事が早すぎやでぇ……他の職人さんも作っただろうけど、すごくない?


 しかもその利便性からノゲイラの中で爆発的に広まっているらしい。

 材料は木だけだし、言ってしまえば板を凹凸に削れば良いだけ。

 そのためゼフのような匠の技が光る完璧な洗濯板とまではいかずとも、ある程度使える物は自分でも作れるとあってノゲイラの皆さんは各自で見様見真似に作って使っているそうだ。

 一応材料は湿気に強い木材を使ってほしいなぁと思います。その方が長持ちすると思うよ。おすすめはヤエモだね。


 更になんと洗濯板はちょっとした商売にもなったらしく、これから商人に買い取ってもらえることになったそうだ。ビックリです。

 他の地域でも叩いて洗ってたのかーと遠い目をしてしまったが、まぁ、お金が手に入るならそれで良いか。



 ──後で聞いた話だが、ノゲイラの木材は昔から良い木材が多いと一定の評判をもらっていたようだ。

 おかげで『ノゲイラ産の木材を使った洗濯板』として思っていたより良い商売ができたとクラヴィスさんが少し嬉しそうに話してくれた。


 ノゲイラの特産品でもある木材が大量に余ってたらしく、その内の何種類かの木材を使って数種類の洗濯板を作らせたそうだ。

 使われている木材によって価格設定を変えて売り出すとか何とか言ってたよ。経済戦略ってやつですな。


 というかさ、特産品あるじゃんと思ったのは私だけかしらん。何も無い辺境の土地って言ってたじゃん。

 木材だけじゃ不十分? そうかもしれないけど一から頑張らなきゃって思ってた私の心境を考えてくだせぇ。

 最近は他の領地で木材の出荷が盛んでノゲイラは市場から衰退していたのでほぼ無いものだって? ……ノゲイラって本当に崩壊寸前だったんだね……。



 『消耗品では無く、庶民や下働き向けの物のため、大金は手に入らないだろう。

  だが、商売は流れだ。ノゲイラの名を広める流れのきっかけとなった。

  更に財政難に直面しているノゲイラにとっては十分な成果である』


 という理由で洗濯板作成、及び試用に協力したゼフ、ヘレナ、エリーゼの三名には特別手当てが出たそうだ。私もお菓子を貰った。

 エリーゼ──あの社蓄お姉さんに至っては休暇も与えられたらしい。元々休むように上司から言われてたけど拒否して働いていたと報告があり、前々から休暇を無理やりにでも取らせるのは決まっていたんだと。お、お姉さん……。




 数日で洗濯板騒動に目途が着き、引き続き思う存分やってくれとクラヴィスさんに言われたものの、次はどうしようか。

 手押しポンプを始めとする色々な物を再現するには初期投資が必要になる。

 洗濯板の売り上げは上々らしいが、手押しポンプ作成に取り掛かれるほどのお金は稼げそうにない。どうせやるならノゲイラ全体に広めたいもんね。

 何をするにも、まずは財政難をどうにかしなきゃだ。やっぱり砂糖か? 砂糖でいいよね!


 というわけで、クラヴィスさんに突撃である。

 今度はちゃんと仕事が一段落したところを見計らってお行儀良く執務室に突撃したから! 同じ轍は踏んでないよ!



「というわけで、砂糖を作ってみるのはどうかなーって思うんですけど、こっちじゃどうやって作ってるんですか?」


「ノゲイラには生息していない砂糖の結晶を生み出す魔物から採取している。

 その魔物は獰猛で、飼育するにも生態がまだ明らかになっていないのもあってできていない。

 各地で研究が進められてはいるが、まだ誰も実現していないはずだ」


「砂糖の魔物……これぞファンタジー……」



 いつものようにソファに座ってクラヴィスさんと向き合い、まずはこっちでの砂糖の作り方を知ろうと尋ねてみれば、なんとも予想外の返答が返された。

 詳しいことはわからないけれど、魔物というのは魔力を持って特異な進化を経た動物だと思えば良いらしい。

 中には人間の言葉を理解し、人間と契約して人と混じって暮らしている魔物もいるそうだ。パパンもそうなのかなーなんて。冗談ですはい。


 でもそんな風に魔物と契約できるほどの力を持った人は少なく、魔物と契約した人──従魔師は国で保護されるほど重要視されているとの事。何とも魔法のある世界って感じである。

 しかし砂糖の魔物と聞くとイメージではこう、可愛らしい動物が思い浮かぶのだが、獰猛って言ってたね。ノゲイラにはいないらしいから大丈夫だろうけど、見ても近付かないようにしよう。



「そちらでは違うのか?」


「こっちじゃ魔物なんていませんからねぇ。

 蜜を作る虫はいますけど、砂糖は基本的に植物から作っていましたよ」



 遠い目をしていたため違うと察したらしいクラヴィスさんの問いに頷き、向こうでの原料について軽く話す。

 そりゃあ蜂蜜なら知ってるけど、動物から砂糖を採取するといった方法はオーソドックスなものでは無かったはず。探せばありそうだけど。

 サトウキビとか甜菜とか、後は楓の樹からも採れたっけ、と指折り数えて話すと、クラヴィスさんは興味深そうにしていた。



「ふむ……その植物の特徴はわかるか?」


「わかりますけど……どうもこっちの作物って私の知ってる作物と結構違うんですよね。

 こっちに在っても、私が知ってるのと同じように利用できるかはわかりませんよ?」



 多分この世界では普通に存在している魔力が関係しているんだろう。

 視察の後で聞いたのだが、前に見に行ったアムイは例え雪に埋もれようと実がなるほど寒さに強い作物なんだそうだ。見た目はまるっきし小麦なのにね。寒害の心配が全く無しという事実にビックリだよ。

 オリグ村のジェムのところで知ったイベットという作物も、どんな物か教えてもらえば形こそは私の良く知るキャベツだが色は目に痛いぐらいの黄色なんだそうだ。何とも言えない違いに頭が混乱しそうです。


 名前は違うけど向こうと似た物があるのはわかっているが、正直サトウキビが巨大な樹だったり、甜菜が真っピンクでもおかしくないわけである。それだと赤カブか?

 まぁ、それはともかくだ。頼りになりそうでならなそうな知識を充てにして大丈夫かなぁとムスメは心配なのですが。



「構わん。何も当てが無いよりマシだ」



 私の懸念に対してそう言い切ったクラヴィスさんはソファから立ち上がり、本棚へ向かう。

 前の領主が居た頃は大きな絵が飾られていた場所に置かれたその本棚は、様々な分野の専門書や、魔法に関しての本が沢山並んでいる。

 その中に私の絵本も並んでいるんだからちょっとシュールだよなぁと思いつつ、クラヴィスさんの後を視線で追うと、クラヴィスさんは一冊の本を手に取った。


 見ただけでも結構な年代を感じさせるその本は、本棚に並ぶ他の本に比べても最大サイズの大きさを誇っている。

 しかも図鑑や辞典並の分厚さがあり、とてつもなく重いんじゃなかろうか。クラヴィスさんは片手で持っちゃってるけど。絶対重いですよねそれ。



「これはこの世界の植物の図鑑だ。

 少し古いがこの国に自生する植物の大半は載っている」



 案の定、テーブルに「ドサッッッ!!!」と重量を感じさせる音を立てて置かれた本は、クラヴィスさんが言う通りタイトルに『植物図鑑』と書かれている。

 著者は『テールナー・ガラフェッジ』という人物だそうだ。当たり前だけど聞いた事の無い名前だな。

 古い本の独特な匂いに思わずまじまじとその本の表紙を見ていると、クラヴィスさんは本を私の方へと押しやった。おっとまさかの?



「……もしかしてこれから探せ、と?」



 恐る恐る聞いてみれば、クラヴィスさんは微かに口角を上げて頷いた。あっれぇおかしいなぁ寒気がするぞぅ?



「蛆虫は殺したというのに羽虫が混じっていてな。満足に動かせん」



 あ、察し。城に王様の密偵とか入ってるだろこれ。

 絶対零度の微笑みについ固まっていたのだが、お構いなしに開いて見るよう促され、美人の微笑みから目を逸らしたいのも合わさってどうにか図鑑へと手を伸ばす。


 ムリムリ、あれはヤバい時の微笑みだ。優しさなんて欠片も無いよ。ムスメは覚えましたぞ閣下。

 両手を使い、全身を使い、バタンと音を立てて本を開けば、びっしりと詰まった文字の羅列と植物の絵が目に入った。

 というか重すぎない!? これ羊皮紙じゃん! そりゃ重いよ! 開くだけなのに全身使うってやばくない!? 幼女が読む物じゃないよ! これ読むの!?



「うえぇ……これ何種類載って……ってかわからない単語があちこちにあるんですが……!?」


「その道の専門書だからな。普通ならば知る必要の無い専門用語も大量に載っているとも」


「きつくない? 無理くない? これ、私一人で読むの?」


「これぐらいは読めるようになっておけ。

 今後そういった書籍を読んでもらう事が頻繁にあるだろうからな」


「ひっ、ひんぱん……!?」


「あぁ。一々聞くより自力で読めるようになった方が楽だろう?」


「そりゃあ、そうかもしれないけど……けど、限度ってものがありますよぅ……!?」



 分厚い本を間に挟み語られた新事実にビックリ仰天である。

 あのですねパパン。幼女の記憶力のおかげで一般的な文章は読めるようになったけども、専門用語のオンパレードは無理だろ。これを読めるようになれと? 私が? 補助無しで? マ?


 唯一の良心は図が載ってることだよ。それ以外はまさしく研究者向きだよ。絶対一般人は読まない類の本だよ。

 いくら甘い物のためとはいえこれはちょっと……もうちょっと難易度を下げていただきたく……。



「これより多くの情報が載っている図鑑はそうそうない。

 分からない部分があればいつでも言いなさい。その都度教えよう」



 伺いを立てようと上目遣いでクラヴィスさんへ視線を送るも、クラヴィスさんは変わらぬ微笑みで黙らせてきた。

 ……これはやるしかなさそうですね!



「……いえっさー」



 いくら文字が読めるようになったとはいえ、ちょいとこれは無茶振りではなかろうか。

 それだけ切羽詰まっているって事かも知れないけどさぁ……まぁ、甘い物は食べたいから頑張るよ。凍ってたとはいえ貴重なクラヴィスさんの微笑みも見ちゃったわけですし。美人の微笑みにはそれ相応の価値があるのさ。うん、頑張る……。

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