水場はあっちっち

 仕事があるためクラヴィスさんが部屋に戻って行った後、私は一呼吸してからゼフや後ろでこちらの様子を窺っている人達に向き直った。



「あらためまして、トウカ・ユーティカです。

 おしごとちゅうなのにおじゃましてごめんなさい」


「いえいえ! 余ってる木材を何かに使えないか話していただけですから構いませんよ!」



 仕事中に邪魔してしまうのは申し訳ないが、置いて行かれた以上開き直る他ない。

 せめて印象良くしようと洗濯板を描いた紙を小脇に抱えて軽くお辞儀をし、一言謝罪を入れれば、ゼフは慌てて両手を振って気にしないで欲しいと頼んで来た。

 見れば後ろの人達も少し焦った様子で同意を示すように頷いている。


 やっぱりなんだか城の人達から距離を置かれてる気がしてしょうがないなぁ。

 養子とはいえ領主の娘だからだろうけど、個人的にはもっとフレンドリーになってくれてもいいのになぁ。上司の娘だし、仕方ないかなぁ。



「それで、俺は何をすれば良いんでしょうか?」



 まさかとは思うが、私の機嫌を損ねたら罰せられるとでも思ってるんじゃなかろうか。

 そう思ってしまうほどゼフは緊張した面持ちで窺って来る。そんなに緊張しなくて良いのになぁ。

 どうせなら仲良くなりたいけど、使用人の二人が洗濯を終わらせてしまう前に洗濯板を完成させて持って行きたいし、仕方ないか。

 気を取り直し、私は何も気にしていない子供のフリをするため笑顔を取り繕い、紙をゼフに差し出した。



「作ってほしいものがあるのー。こんないたなんだけどー」


「失礼しますね……板に凹凸を付けるんですか?」


「そうなのー」



 子供らしく見られるよう、少し砕けつつ間延びした口調で依頼する。

 今の私は三歳児だ。それっぽくない事しようとしてるけど、三歳児なの。


 紙に描いてあるのは、クラヴィスさんに説明する時にも使った、洗濯板のイメージ図(上からと横からの図)だ。

 子供の小さな手では上手く描けず、何とも言い難い絵になったのだが、横にちまちまと説明も入れてあるのですぐに理解してくれたようだ。

 ゼフは紙を手に小さく何か呟きながら何度も読み直し、私へと視線を戻した。



「これぐらいならすぐできますよ。少しお待ちいただいても?」


「あ、できたらしっけにつよくてなめらかなのもくざいで作ってほしいのー。そんなもくざいあるー?」


「湿気に強く、滑らか、ですか……だとしたらヤエモですね」



 洗濯に使うのだから、洗濯物を傷めず水に強い木材が適しているだろう。

 すぐにでも作りに行きそうなゼフを引き止め、材料となる木材を指定すれば、ゼフはすぐにそう答えた。ヤエモってなんぞ?

 私が首を傾げたのを見て、ゼフは近くにあった木材の山から一枚の板を手に取り私に見せてくれた。



「これがヤエモの木材です」


「へぇー……」



 実際に触らせてもらうと、何だか少し柔らかいという印象を受ける手触りだった。

 この手触りなら洗濯物を傷めずに済むだろうか。

 なんとなくだが、ホームセンターで売ってた木材に似ている気がする。あれは確か……ヤマザクラ、だったっけな。



 材料については後で試行錯誤しても良いので、とりあえずこのヤエモの木材で作ってもらう事にして、ゼフには早速作業に取り掛かってもらった。

 サイズはどれぐらいが良いか、凹凸はできれば尖り過ぎないようにヤスリをかけて欲しいなど、私の要望を聞きながらゼフは嫌な顔一つせず黙々と板を削っていく。

 その手際の良さは木の細工が得意と言われるのも頷けるほど良く、10分も経たないうちに記憶と違わぬ洗濯板が出来上がった。すっげぇ。



「すごい! ゼフすごい! 早い! キレイ! かんぺき!」


「あはは、これぐらいここのやつなら誰でもできますよ」



 出来上がった洗濯板を受け取り、まじまじと見ながらゼフへと語彙力の無い称賛の言葉を投げれば、ゼフは照れくさそうに頬を少し赤らめて謙遜した。

 いやいや、こんな子供の絵と説明でここまで再現できるのか? 正直絵って言っても凹凸を線で描いただけだぞ。

 横からの図も描いたから凹凸だってのはわかるだろうけど、こんな長方形に線を描いただけのような絵からここまで作るとかすごいよ。すご過ぎるよ。

 しかもこれ、凹凸がほぼ均等だよ。それにすっごい滑らか。触っても全然棘なんて無いよ。これが職人の技か……!



「で、これは何に使うんで?」


「せんたくだよー」


「洗濯? これを?」


「いっしょに行こー」



 作ってもらったのだから、せっかくだしゼフにも効果のほどを見てもらおう。

 洗濯板を抱え持ち、不思議そうにしているゼフに一緒に来てもらうよう頼んでその場を後にする。

 さて、まだ終わってなければ良いんだけどなぁ。




 私が小さい身体に四苦八苦しているのを見かねたゼフに洗濯板を持ってもらい、小走りで城を進んで行けば、さっきも見た井戸のある場所へと辿り着いた。

 あんまり通らない道だから合ってるか不安だったけど合ってて良かったわ。幼女の記憶力ってほんとすごいな。

 無事に間に合ったようで、井戸の傍にはあの二人が変わらず洗濯物を叩いて洗っている。

 良し良し、籠の中身はまだまだあるな。早速試してもらおうじゃないか。



「ねーねーおねぇさーん」


「あ、あら! お嬢様! このような場所にどうかなさいましたか?」



 明るい口調を意識して二人へと声を掛ければ、二人は慌てた様子で洗濯を中断して立ち上がり、私へと頭を下げてそう窺ってくる。

 ちょっと慣れて来たけどこういう対応をされるのは居心地が悪くて仕方ないなぁ……領主の娘になっちゃった以上慣れる他無いんだけどさ。

 気持ちの切り替えを兼ねてコホンと咳払いをし、ゼフに洗濯板を渡してもらう。

 そしてそれを二人に見えるよう抱え直した。



「あのねーこれつかってみてほしいのー」


「あの、それは一体……?」



 上司の娘が突然見慣れない木の板を持って来て困惑しているらしい。

 二人は不思議そうにして板と私を見比べ、首を傾げる。

 そうだよなー私も二人の立場だったら同じ事してると思うよ。何だこの子って思うわ。


 それにこっちには無い物だから、使ってみてと言われても使い方がわからないんだろう。

 細かい事は口頭で説明するより実際に使って見せた方が早いかな。よぅし。



 そうと決まれば早い物で、二人に頼んで桶に新しい水を汲んでもらう。

 その間に袖を捲り上げ、水が注がれた桶へ洗濯板を入れて近くにあった籠に入っていたまだ洗っていない洗濯物を一つ手に取る。

 ふむふむ、ゼフが着てる作業着と同じだね。泥っぽい汚れが目立つからデモンストレーションには丁度良いでしょ。

 それを見ていた三人の顔が固まったのが見えていたがスルーして、私は洗濯物を水の中へと入れて洗濯板で洗い始めた。



「こうしてつかうのー」



 片手で作業着を抑え、汚れが落ちるように洗濯板へと擦りつける。

 手が小さく力も入らないので上手く洗えていないが、これで使い方はわかるだろう。

 チャプチャプと水を波立たせながら使用人の二人へそう笑いかければ、二人は顔を真っ青にして慌て出した。



「お嬢様! いけません! 汚れてしまわれます!」


「ん? これぐらいだいじょうぶだよー?」


「私がやりますから! ですからどうか御手を……!」



 あまりの形相に言われるまま作業着から手を離し、ゼフが汲んだ綺麗な水で手を洗う。

 うーむ、やっぱり領主の娘だからか?

 これぐらいどうってことないんだけど、周りが許してくれなさそうだ。これは色々と面倒かもしんないなぁ。



 ほっと安堵している三人を眺めつつお姉さんに手渡された綺麗な布で手を拭く。

 まぁ、今のでやり方は伝わったようだ。

 私を止めたお姉さんが桶の前に屈んで洗濯板を手に取り、マジマジと見てから途中で放り出されていた作業着を洗い始めた。



「ゴシゴシってするのー」


「は、はぁ……」



 他の人達の精神的にも、私は汚れるようなことは避けなければならない。

 そのため首を傾げながら作業着を洗うお姉さんの傍で身振り手振りを交えて説明し、作業着を洗ってもらうと、徐々にだが汚れが落ちているのか桶の中の水が濁り出した。



「あら? あらら!? すぐに落ちるわ!!?」


「あらやだホント!」


「水はよごれたらかえたほうがいいよー?」


「ゼフ!」


「は、はい!」



 やっぱり石鹸が無いから汚れが落ちにくそうだなぁと見ていたのだが、お姉さん達にとっては脅威のスピードだったらしい。

 作業着を洗ってくれていたお姉さんは呆然としたかと思えば他の洗濯物を手に取り狂ったかのように洗い始める。

 水が汚れていようとお構いなし、と言った様子だったので一言口を挟めば、すぐさまゼフにキッと鋭い視線を向けて水を汲ませていた。お、お姉さん強ーい……。



「お嬢様、この板は一体?」


「ゼフがつくったのー」



 井戸の傍に置いてある桶全てに水を溜めさせる勢いでゼフに水を汲ませているお姉さんに若干引いていると、もう一人のお姉さんが恐る恐る訊ねて来た。

 ゼフって器用だけじゃなく力持ちなのねー。滑車式の井戸でこれだけ早く水を汲めるなんて、すごいわー。

 あくまでも子供として、ふにゃっとした声を意識してそう答えると、ゼフは水を汲む手を止めずに否定するように首を横に振った。



「いや、俺じゃなく「すごいわ!!」……お、おい、ヘレナ?」



 ふむふむ、このお姉さんはヘレナって言うんだね。

 自分じゃないと否定しようとする声を遮り、ヘレナがそう喜色に溢れた声を上げてゼフに駆け寄る。

 そして水を汲み上げている最中のゼフにずいっと顔を近付けた。



「ねぇゼフ、これもっと作れない?」


「ヘ、レナ!? ち、ちか……っ!」


「これがあれば洗濯がすぐに終わる……! そうなれば掃除に手を回せる……!!」



 両手を胸元で握り締め、ゼフへそうお願いするヘレナ。

 あまりの近さに驚き、水を汲み上げる縄を握り締めて身を捩るゼフ。

 そしてその横でお姉さんは洗濯板が削れそうな勢いで洗濯物を洗い続けていた。お、お姉さん……。



「わ、わかった、作る! いくらでも作るから……!」


「じゃあパパに言いにいこっかー。ほかのしごともあるでしょー?」



 ほぅほぅ、ゼフってヘレナに気がある感じなのね。把握。

 外野からニヨニヨと解析していると、ヘレナのお願いに顔を真っ赤にさせ、半ば叫ぶようにゼフが洗濯板をもっと作る事を了承する。

 それならクラヴィスさんに言ってやった方が良いかなーと思えば、ゼフもヘレナも驚いたようにこちらへと向いた。おろ?



「で、ですがお嬢様」



 どことなく怯えた様子で言い淀むヘレナに何となく悟った。

 もしかしなくともクラヴィスさんってば城の人達から怖がられちゃってたりする感じでは?


 んー私からすればこれ以上無いってぐらい良い人だけど、あれだけ隙が無く、誰にも悟られることなくノゲイラの犯罪者を一斉摘発したんだもんなぁ。無理もないか。

 ここは娘としてパパンと城の人達との間を取り持っとこうかな。いざって時に問題になったらこっちも困る。

 別に悪い事さえしなければ怖くないと思うけどなぁと内心苦笑いをしつつ、無断で作ってもらうのは色々とダメだろうからにぱーっと子供らしい笑顔を浮かべた。



「パパならだいじょーぶ。おねぇさんもきてくれるー? いっしょにせつめいするのー」



 相変わらずじゃぶじゃぶと水が波立つ音が聞こえるけれど、気にせず笑顔のままゼフとヘレナへ手を差し出す。

 うん、お姉さんは、置いて行った方がいいと思うよ。これ止めちゃダメな雰囲気だもの。

 それはヘレナもわかっているのか、ゼフと一度顔を見合わせた後、しっかりと頷いた。



「かしこまりました。必ずや了承していただきます……!」


「頑張ってね! お願いよ!! 掃除が私を待っている!!」


「おねぇさん、しごとしすぎじゃない? だいじょうぶ?」


「はい!!」



 うわー……完全にハイになっちゃってるわこの人。

 後でクラヴィスさんに言って無理矢理にでも休ませた方が良いんじゃなかろうか。


 とりあえず、井戸の周りに置かれた沢山の桶の水が全部汚れ切る前にクラヴィスさんに許可をもらおう。

 そう切り替えた私はゼフとヘレナと共に、クラヴィスさんの執務室へと向かった。

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