第4話 お母さん、聴いててね

 扉を開ききった礼拝堂。

 椅子に収まりきらない観客が、外まで並んで見ている。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」

 ハースナーが、始まりの挨拶をする。

 勝手口を入ってすぐの壁にもたれたケヴィンは、聖歌隊の真ん中に立つハリスを眺めていた。


「思ったより緊張してなさそうだな」

 リラックスした表情を見て、ほっとする。

 観客席を見ると、ウィラは、両手を胸の前で握りしめていた。

「あはは、お母さんの方がドキドキか」


「それでは、お聞きください。ぼくのてのひらに」

 ハースナーが下がり、入れ替わりに、指揮者の少女が台に上がる。

 タクトを空中で構えて、オルガン奏者と息を合わせると、流れるタクトの軌道に合わせて、曲が流れ出した。


 ぴったりと合った斉唱から、ハーモニーが重なる合唱へ。

 子供たちが大きな口を開けて、美しい音色を紡ぎ出す。


――ありがとう かみさま

ぼくの このてのひらに ぶどうがひとふさ

つちのめぐみ みずのめぐみ そらのめぐみ

ぴかぴかの たいようのひを あつめて

いきとしいける きょうだいたちが

てをつないで このぶどうに そしてさかずきに

ありがとう かみさま ありがとう


 そして、曲が最高潮まで盛り上がったところで、歌も、伴奏も、全てがピタリと止まる。

 ハリスが、大きく口を開けた。


――ぼくの てのひらに なつかしい ぬくもり

いのちのいぶき かぜのささやき

わきでる おがわを そっとすくえば

ぼくの てのひらに ちいさな いずみが

ありがとう ぼくの たいせつなひと


 こだました最後の一音が消えると、再び指揮棒が動き出し、子供達の音色が重なる。


 神と、神が作った自然と、自然から生み出された生き物と、身近な人への感謝を歌う賛美歌。

「偶然じゃねえな」

 生き生きとした表情で歌うハリスを見つめながら、小さく笑ってつぶやく。

 締めくくりと同時に沸き起こる、割れんばかりの拍手。

 ケヴィンも、心の底から、拍手を送った。




 発表を終えたハリスは、観客がはけるのを待たずに、ウィラの元へ飛び込んだ。


「お母さん! 上手に歌えた!」

「うん、とってもすてきだった。よかったね」

 そう言ってウィラは、涙ぐむ。

 ケヴィンはにこにこしながらふたりに近づき、隣に座った。


「あ、大司教さま! 見ててくれましたか!?」

「見てた見てた! 超感動した!……あっ」

 母親が居るのを忘れていつもの口調で話してしまい、慌てて口を抑える。

 しかしウィラは、ふふっと笑って頭を下げた。


「大司教さま、ありがとうございます。息子に気さくに接してくださり、感謝の気持ちでいっぱいです」

 ケヴィンは照れたように、うなじのあたりをぽりぽりと掻く。

「いえいえ。教会に居る子は、皆同じように、身内ですから」


 ハリスは、ウィラの両手を握る。


「お母さん。僕を教会に入れてくれてありがとう。それで、村に残ってくれてありがとう。お母さんが居るなら僕はまたふるさとに帰りたいし、がんばって神父になって、いつか村の教会で働きたいな」

「ハリス……!」


 ついにこらえきれなくなったウィラが、わっと泣いてハリスを抱きしめる。

 ケヴィンも思わずもらい泣きしそうになったところで……背後から、嗚咽を漏らして泣く声。


「すまん、感動した」

 人情派、ハースナーだ。

「お前……」

 思わず半笑いで見上げると、ハースナーは、ちり紙で鼻をかみながら、ウィラの目線までしゃがんだ。


「聖歌隊で顧問をしております、西大陸司教のハースナー・ダリエンです。ハリスくんはいつも、皆のために頑張ってくれていますよ」

「司教さま、ありがとうございます」

 ぐずぐずと鼻をすするハリス共々、深く頭を下げる。


「ハリスくんにはしばらくソロパートを続けてもらうつもりですので、お母さん、ぜひ励ましてあげて下さい」

 驚くハリスに、ハースナーはうんうんとうなずく。

「司教、僕、頑張ります!」

 頬を赤らめて、にっこりと笑った。




 夕日の差し込む執務室。

 デスクには、鼻歌交じりに手紙を書くケヴィンの姿があった。

「どうしたんですか突然」

 ケヴィンが機嫌よくペンを握ることなど、年に2回あるかどうか――というのはさすがに言い過ぎだが、とにかく、滅多にないことである。


「いやあ、すげーいい感じのお祝いメッセージを思いついたもんで」

「へえ、どんな?」

「賛美歌の一節を書くことにしたよ。な、教会からっぽいだろ?」

「それはいい案ですね」


 ラスターが感心すると、ケヴィンは、得意げに紙をトントンと叩く。

「ほら、センス良くねえ?」

「確かにこれは、もらったら嬉しいですね」

「これからもこの手使おっと」


 いひひと笑うケヴィンは、手であおいでインクを乾かしながら、親子の微笑ましい姿に思いを馳せた。

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