第3話 どうして僕は教会に?

「それでは、みなさんが楽しく過ごせるよう、聖大教会からお祈りしております」


 胸の前で杯字を切り、見送る村人たちに礼をして、馬車に乗り込む。

 ハリスと母親――ウィラを先に乗せ、ケヴィンは後ろのシートに座る。

 御者の合図とともに進み出した。


「聖大教会へいらっしゃるのは初めてですか?」

「いえ、この子の入寮式の時に来ました」

「というと、2年ほど前ですか」

「そうですね。あまりゆっくり見学できなかったのですが」


 軽く世間話をしたあと、ケヴィンは、唐突にあくびをした。


「あ、失礼。ちょっと、連日執務が忙しくて、睡眠不足でして。少し眠ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです」


 ハリスに、ほんの少しの目配せ。ハリスは、目を見張ったあと、小さくこくりとうなずく。


「すみません、では、お言葉に甘えまして。着きましたら起こしていただけると」

 そう言って、わざと申し訳なさそうに笑い、腕を組んで目をつむった――もちろん、タヌキ寝入りだ。




「……お母さん、来てくれてありがとう」

 ハリスが、弱々しく切り出す。

「何言ってるの。息子の晴れ舞台だよ、当たり前でしょ」

「うん……」

 ウィラは、軽くハリスの手を握った。

「緊張してる?」

「あんまり? かな? 聖歌隊の顧問の司教さまが優しくて、いつも本番前には、ひとりずつ励まして下さるんだ」

「そう。それは安心だね」


 一瞬の沈黙の後、意を決して、ハリスは口を開いた。

「お母さんは、僕のこと好き?」

「え?」

 ウィラは目を丸くした後、笑いながら言った。

「当たり前じゃないの」

「ふうん」


 また一瞬の沈黙。ごくりと唾を飲み、小さな声で続ける。

「どうして僕のこと、教会に預けようと思ったの?」

 唐突な質問だが、ウィラは驚くことも言いよどむこともなく、さらりと言った。

「子離れだよ」

「え?」

「もしかして、嫌いだから預けられたと思った?」

「うっ……」

 ウィラは、半身をハリスの方に向け、両頬をそっと包んだ。


「ハリスは、お父さんの忘れ形見だからね。お母さん、お父さんとの思い出の品なんてひとつも持ってないの。結婚指輪だって、要らないって言ったんだよ。そんなお金があるならハリスに絵本を買ってちょうだいって、ちょっと怒ったりして」

 いたずら少女のように笑う。


「だから、お父さんが死んじゃったあと、お母さんにはもうハリスしかいないから、あなたに依存して生きてたの。依存って分かる?」

「それがないと生きていけないみたいな?」

「そうそう」


 ウィラは、慈しむように目を細め、ハリスの頭を撫でる。


「でもね、これじゃあ、ハリスをダメにしちゃうって思ったんだ。お母さんこのままじゃきっと、ハリスのことを自分の思い通りに操りたいって思っちゃうだろうなって。だから、教会にお願いしたの。教会が一番信用できるでしょ? 大事な子供だから、絶対大切にしてくれる場所にって思って選んだんだよ」


 ハリスは、ウィラの言葉ひとつひとつを噛みしめるように、黙って何度もうなずいた。


「じゃあ、会いに来なかったのも、僕のため?」

「それはね、お母さんのため」

 ウィラは、ふふふと笑う。


「お母さん、村ではよそ者じゃない? お父さんと結婚するために来て、ハリスを育てるために村に居て、2人が居なくなったら、よそ者のわたしが村に居ていいのか……理由がなくなっちゃったんだ」


「そんなことないよ、村の人たちみんな優しいもん」

 ハリスが少し身を乗り出すと、ウィラはにこりと笑う。

「そうだよね。だから、わたしを受け入れてくれてる村のみんなの役に立ちたくて、ハリスが頑張ってるくらい、お母さんも頑張ろうと思ったんだよ」


「そうだったんだ……」

「ハリスはちっちゃいから、説明しても分からないかなって思って、言ってなかった。ごめんね」

 ウィラは、片腕でぎゅっとハリスを抱き寄せ、反対の手で頭を何度も撫でた。


 そして、ケヴィンのタヌキ寝入りが、限界に近づく――感動のあまり、ふたりのためにお祈りしたくて仕方がなくなっている。

 しかし、親子水入らずの時間を邪魔するわけにはいかないので、たまに片目をうっすら開けながら、必死で羊を数えた。

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