第2話 ふるさとの村へ

 発表会の朝。

 いくぶんか春めいてきたとは言え、夜明けの時間帯は、まだまだ寒い。

 修道士宿舎の前まで迎えに行くと、ハリスは既に玄関前に立っていた。


「おはよう」

「おはようございます」

 ぺこりと頭を下げるその顔は、うれしさと緊張をない混ぜにしたような、何とも言えないものだ。


 礼拝堂奥の階段を降り、短剣をはめ、扉を開く。

 床には、青白い魔法陣が光っている。

「魔法陣に乗るの、はじめてか?」

「はい。ドキドキします」

「あはは、しっかり捕まっとけば大丈夫だから」

 ケヴィンがほらと腕を貸すと、ハリスはしがみつくように体を寄せた。

 呪文を詠唱する。ふわりと光がふたりを包み込み、そして消えた。




 西第1教区の関所前には、警護隊に手配するよう頼んだ馬車が待機していた。

 御者に軽く挨拶をし、幌付きの座席に座る。

「こんな豪華な馬車も、乗るの初めてです」

「乗り心地良さそうだよな」


 ゴブレット教は質素倹約が基本なので、大司教とはいえ、特段高価な馬車に乗るつもりもない……のだが、毎度当然のように高級馬車が手配される。

 いつもは恐縮しきりなのだが、きょうは子供連れなので、安全に越したことはない。素直に感謝する。


「んじゃ、王子様気分で行きますか」

 御者に声をかけて、出してもらう。

 ハリスの表情は、冒険前のような、わくわくした面持ちだ。




 移動を始めて15分。流行っている遊びをちょろっと教えてもらったところで、いまさらながらの質問をした。

「てか、呼ぶのお母さんだけでいいのか? この馬車、一応4人乗りだけど」

 ハリスは、表情を変えないまま、ふるふるとかぶりを振る。


「お母さんしかいないので」

「呼べるのが?」

「いえ、家族がお母さんしかいません。お父さんは死んじゃったし兄弟もいません」

「ふーん、そっかあ」


 特に掘り下げることもしないケヴィンに、ハリスは首をかしげる。

「変に思わないですか?」

「何で? 別に変じゃねえよ」

「……」


 ハリスは、太ももの上に乗せた両手をぎゅっと握りしめた。

「大司教さま。僕、聞いて欲しいことがあるんです」

「うん、いいよ。何?」

「僕、家族がお母さんしかいないうえに、お母さんも、本当のお母さんじゃないんです」


 緊張からか、声がやや固い。ケヴィンは少し席を詰めて、体をくっつけてみる。


「本当のお母さんは僕が赤ちゃんの頃に出て行っちゃって、小さい頃はお父さんがひとりで僕を育ててくれてたそうです。でもいまのお母さんと出会って、お母さんは僕のことも大事に可愛がってくれて、だから結婚したってお父さんが言ってました」


「何歳の時?」

「4歳です」

「でもお父さんは死んじゃったのか」

「8歳の時に、病気で、急に死んじゃいました」


 ケヴィンは、茶色いふわふわの猫っ毛を撫でる。


「お父さんが死んじゃってから結構すぐに、僕は、聖大教会に預けられました。いまのお母さんは、本当のお母さんが居た期間よりよっぽど長く育ててくれていたし、すごく優しかったから、ショックでした。2年間で1度も会いに来てくれないですし」


 ほんの少し、口をへの字に曲げる。


「それで、最近僕、思ったんです。お母さんは、子供は僕じゃなくても良かったんですよね。もし別の人と結婚しててその人に子供が居たら同じように優しくしたと思いますし、お父さんが好きだから、僕のことも大事にしてくれたのかなって」


 そしてハリスは、肩をすくめ、無理やり笑った。

「お父さんの子供だから、仕方なく育ててたのかもって気づきました」

 うつむいて、さらに無理やり、口の端を上げる。

「お父さんが死んじゃったら、もう育てる理由もないですし、修道士にしたんだと思います」


「ふーん」

 ケヴィンは、ナチュラルに、ハリスの肩に手を回した。


「でも、発表会には呼びたいんだ」

「……はい」

「なんで預けられたのか聞きたいから?」

「そういうわけではないです」

「でもそれ、直接聞いた方がいいぞ」


 ハリスはぱっと顔を上げ、目を丸くしてケヴィンの目を見る。


「俺なら聞くね。だってさ、自分の中にもやもやを抱えたまんまじゃ、神様に奉仕して暮らせなくねえ? 神父の先生から聞く授業も、全部嘘くさく聞こえてんじゃねえの」


 ハリスはしばし固まったあと、その表情のまま、口だけ動かして言った。

「でも、怖いです」

「まあそりゃそうだわな」

 肩に回していた腕を下ろし、頭を撫でる。


「でも、もし悲しい答えだったとしても、神様はハリスのことを受け止めてくださるよ」

 小さくこくりとうなずく。

「あと俺もな。お望みとあらば、しばらく一緒に寝てやっても良いよ」

 冗談めかして、しかし本心で言ってやると、ハリスは、少し緊張を解いて笑った。




 1時間ほど揺られたところで、ハリスの故郷の村にたどり着いた。

 馬車を降りるなり駆け出すハリスを、後ろから微笑ましく見守る。


「おや! ハリスくんじゃないか!」

 玄関前で掃き掃除をしていた男性が気づき、声を上げる。

「おじさん、こんにちは!」

「いやあびっくりした……ひとりでここまで来たのかい?」

「いえ、違います」


 くるりと振り返り、指差す。

「大司教さまと一緒に」

「ひえ!!」

 男性が、文字通り飛び上がる。

「だ、大司教さま!」

「はじめまして。ハリスくんの付き添いで参りました」

「大変だ、皆に知らせなくちゃ……おーい!」


 男性が大慌てで走っていくのを見て、ふたりとも、吹き出しそうになる。

 ほどなくしてわらわら集まってきた村人たちの間を縫って、ひとりの女性が出てきた。


「ハリス!」

「お母さん!」

 母親が手を広げると、ハリスは駆け寄る。そして、目一杯の力を腕に込めて、ぎゅうぎゅうと抱きついた。


 母親が、ハリスを抱きしめたまま顔を上げ、ケヴィンに一礼した。


「大司教さま、わざわざこんな田舎まで息子を連れてきてくださり、ありがとうございます」

「とんでもないです」

 ケヴィンは、にこにこと笑顔を浮かべる。


「でも、どうして突然……? ハリス、何かあったの?」

「お母さん、きょうね、聖歌隊の発表会があるんだ。僕、ソロパートをやるから、見に来て欲しいなって」

 ねだるように、甘えた表情。


「すごいじゃない、ハリス。じゃあ、すぐ支度をするから、待っててね」

 母親は一度会釈をし、小走りに自宅へ向かった。

 ハリスは、頬を紅潮させ、ケヴィンの元へ近づく。

「良かったな」

「はい!」


 母親が支度をする間、ケヴィンは村の教会へ挨拶に行き、ハリスは、友達とおしゃべりをして、わずかな里帰りの時間を過ごした。

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