聖歌隊の少年

第1話 大司教さまは歌が上手い

「し、知るかよ……」

 思わず、口をついて出る。

 横で細かい字を追っていたラスター補佐官が、チラリとケヴィンの方を見た。

「なんですか突然。大司教は独り言が大きくてびっくりするんですよ」

 そう言って、心底迷惑そうに眉間にしわを寄せる。


「いやさ。行ったこともねえ国の見たこともねえお姫様の結婚式に、祝電。超めんどいだろ?」

「当たり障りなく定型文をお送りすればいいのでは?」

「そういうわけにはいかねえだろー」


 うんと伸びをしたケヴィンは、そのまま立ち上がり、極めてナチュラルな動きで扉へ。


「あ、ちょっと! 逃げる気ですか?」

「いや……インスピレーションをもらってくるだけだよ。中庭のお花でも見れば、お姫様にふさわしいお祝いの言葉が出てくるかも知れないだろ」

「はあ?」


 非難の目で見つめられていることには気づかないふりをして、執務室を脱出した。




 中庭を抜けて、礼拝堂を目指す。

 勝手口に手をかけると、中から、美しい合唱が聞こえてきた。


「おっと、練習中か」


 聖歌隊の少年少女が、練習しているのだろう。

 もうすぐ、春の定期発表会だ。


「うーん、入っても良いもんかなあ。まあ、ここで立ち聞きでも良いけど」

 突っ立ったままぶつぶつとつぶやいていると、急に、目の前のドアが思い切り開いた。


「おわ!!」

 モロに額にぶつかり、ゴツンという鈍い音ともに、盛大によろける。

「うおっ! すまん!」

 慌てた巨漢がケヴィンの腕をひっ掴んだため、尻餅は回避した。


「いってえ。急に勢いよく開けんじゃねえよ」

「悪い悪い」

 そう言って見下ろしてくるのは、聖歌隊顧問のハースナー西大陸司教だ。


 ひりひりする額をさすりながら、涙目で聞く。

「練習、見学させてもらっても良い?」

「ああ、かまわないぞ。俺は急用で20分ほど空ける。自主練するよう言ってあるから、好きに過ごしてくれ」

「りょうかーい」

 一応血が出ていないことを確認して、礼拝堂に入っていった。




「大司教さまー! こんにちはー!」

 元気な子供たちが、口々に挨拶していく。

「おー、みんな元気だなー」

 子供好きのケヴィンは、満面の笑みで皆を見回す。

 長椅子の適当なところに腰掛けると、ひとりの少女がケヴィンの元へ駆け寄った。


「大司教さまって、むかし聖歌隊だったんですよね」

「おう、よく知ってんな」

「おばあちゃんが言ってました」

 横から、少年がひょっこり顔を出す。

「何か歌ってください!」

 少年がねだると、皆一斉に歌って歌ってとせがみ始めた。


「えー? 声が高くて出ねえよ」

「1オクターブ下げれば大丈夫です!」

 逃げおおせなられないと理解したケヴィンは、苦笑いで頭の後ろをガシガシと掻きながら、ゆっくり立ち上がる。

「1曲だけな」

「やったー!」


 軽くぴょんぴょんと飛び、肩をぐるぐる回して、ストレッチをする。

「あー、あー」

 正確なドの音を繰り返したところで、大きく息を吸った。



――ありがとう かみさま

ぼくの このてのひらに ぶどうがひとふさ

つちのめぐみ みずのめぐみ そらのめぐみ

ぴかぴかの たいようのひを あつめて

いきとしいける きょうだいたちが

てをつないで このぶどうに そしてさかずきに

ありがとう かみさま ありがとう



 静まり返った、礼拝堂。ケヴィンの歌声の余韻だけが流れる。

 そしてたっぷり5秒後、目を輝かせた子供たちが、わーっと拍手をした。


「大司教さまじょうず!」

「どうしてそんなに綺麗に歌えるんですか!?」

 ぴょこぴょこ跳ねる子供たちをなだめながら笑う。


「俺、聖歌隊のとき、1年間ソロパートやってたんだよ」

「えー1年も!? すごい! だから上手なんだ!」


 天使の生まれ変わりのようなルックスの少年が、星の息吹のような声色で歌う。

 いまから21年前、突如現れた衝撃の天才ソロパート――見習い修道士ケヴィンの生ける伝説のひとつである。


「コツはなんですかあ?」

「うーん。歌の意味をよく考えることかな。自分が心に残った言葉とか、ここを伝えたいなと思うところとかを丁寧に、気持ちを込めて歌うんだ」


 目を輝かせた少年少女たちが、思い思いに口ずさみ出す。

 素直な良い子たちだ。微笑ましい姿に、目を細めて笑う。


 その後も、歌唱指導という名のおしゃべりに付き合い、なぜか腕相撲大会もしたところで、ハースナーがバタバタと帰ってきた。


「みんな申し訳ない、どうしても抜けられない用事ができてしまった。きょうの練習はここまでということにしてくれ」

「はーい」


 ハースナーが、ケヴィンの肩にぽんと手を置く。

「子守させて悪かったな」

「いやいや、少年少女とのふれあいは大事だからな」

 いひひと調子良く笑うケヴィンを残し、ハースナーは、急ぎ足で礼拝堂を後にする。


「さて、俺もちょこっとお祈りして帰……」

 とつぶやいたとき、祭服の腰のあたりを、誰かがくいくいと引っ張った。

 振り向くと、気弱そうな少年がぽつり。


「あの、大司教さま」

「ん? どした?」

 顔の高さまで屈む。

「僕、今回、ソロパートやるんです」

「へえ、君が」

 先ほど他の子供たちと遊んでいた時に、遠巻きに見ていた少年だ。


「えっと。実は、お願いがあるんです」

 お腹の前で手を組み、もじもじする。しかし、なかなか口から言葉が出てこない。

「ん? 何だよ、遠慮せずに言えって」

 笑って目を合わせると、少し頬を赤らめて言った。

「えっと……発表会に、お母さんを呼びたいんです」

 ちらりと上目遣いで、ケヴィンの様子を伺う。


「ほー、いいじゃん。遠いの?」

「はい。西1です」

「そりゃ遠いな」

 グレイドル大陸の北西部。馬車では何日かかるやら。


「いいよ。魔法陣でさくっとお迎えに行けばいいんだろ?」

「関所からもかなり遠いです」

「馬車を呼べば大丈夫」

 ケヴィンが笑ってみせると、少年も、ほっとしたように笑った。


「君、名前は?」

「ハリスです」

「オーケーオーケー。じゃあ、たっくさん練習しとけよ。当日は、夜明けには出るからな」

「はい! よろしくお願いします!」

 勢いよく頭を下げた。

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