エピローグ

◆エピローグ◆

 ケヴィンは、書類の山にかろうじて空いたスペースに、器用に額を乗せ、不明瞭なうめき声をあげていた。

「あーあーめんどくせーなー」

 思わず全能の神に赦しを乞いたいくらい、書類仕事に気乗りがしない日だ。


 どうやっても集中できないので、諦めて、気分転換をすることにした。

 廊下をウロついていたコポの目を、全身全霊かけてかいくぐり、外の広場へ脱出する。


 無事成功したところで、噴水のそばに腰掛けた。

 優雅に噴き上がる水を眺めながらぼんやりしていると、ふと、昔の思い出がよぎった。

 大司教の選出作業で、教王と面談をした時のことだ。




 教義を問うペーパーテストを終えた後、教王が住む別館に呼び出された。

 温室ドームの扉を開け、庭に入ると、教王と近衛隊員が立っていた。


 その場にひざまずく。


『ケヴィン君と言ったね。顔をあげなさい』


 見上げると、教王は、顔にしわを寄せて笑っていた。


『いまからわしが言うことを、ひとつずつやってみてくれるかな?』

『仰せのままに』


 小さな町の、一神父だった当時。

 教王とこのような距離に近づいたのは、洗礼の儀式の時に聖水を受けたきりだ。

 話をするのは初めてだったが、思いのほか、緊張はなかった。


『ほほほ、お主は肝が座っているな。では』


 教王は、5メートルほど先の池の周りで跳ねていた、小さなカエルを指差す。


『どんな手段でも構わぬので、あのカエルに怪我をさせなさい』

『はい』


 無表情のまま、すっと手刀を切る。

 小さな、しかし鋭い風が命中し、カエルは大きく跳ねて、岩の上にひっくり返った。

 起き上がるも、ふらふらとしている。


『あそこにいる猫も。わしの可愛い、愛猫のナターシャだ』

『はい』


 同様に手刀を切ると、風は猫の脇腹に当たり、猫はふっ飛ばされて芝生の上に転がった。


『では、すまぬが回復してやってくれ』

『はい』


 右手をかざすと、離れた場所でひっくり返っていたカエルと猫が、緑の光につつまれ、ひょこりと起き上がった。


『同時にできるのだな。手間がなくて良い。では、お主の持ちうるなかで一番強い毒を、ナターシャにかけてくれ』

『はい』


 言われるがままに、猫に右手をかざす。

 猫は、嗚咽を漏らしながら、のたうちまわる。


『おお、おお。これは強いな。すぐに死んでしまいそうだ。すまぬが解毒してやってくれ』

『はい』


 右手をかざすと、猫は静かになった。

 さすがに身の危険を覚えたのか、教王にすり寄る。


『すまんかったの、ナターシャや。では、次は……』


 教王は、周りをキョロキョロ見回した後、近衛隊員のひとりを呼び寄せる。

『すまぬが、少々我慢してくだされ』

『……? かしこまりました』

 訳も分からぬまま返事をする隊員に微笑みかけた後、ケヴィンに向き直る。

『では、この者に呪いをかけてくだされ』

 近衛隊員は、ひっと小さく声をあげるも、すぐに平静を装う。

 ケヴィンは、隊員の向かい側に移動する。


『では、少々失礼して』

 右手をかざし、小さく詠唱した。

 すると、隊員は、突然地面に膝をついた。

『ぐ……!?』

 体が、岩を乗せたように重い。

『呪解してもよろしいですか?』

 間髪入れずに訊くと、教王は黙って頷く。

 ケヴィンは、素早く右手をかざして詠唱した後、杯字を切った。

『……はぁっ』

 隊員は、海から上がったように息を吐く。

 教王が労い、隊員は自らの配置へ戻った。


『さてと。お主、死の呪文は使えるかね?』

 教王の質問に、ほんの少し小首を傾げたあと、答えた。

『使ったことはありませんが、やり方は分かります』

『では、これを』

 教王は、懐から出した短剣を手渡す――はめ込まれた魔法石はダイヤモンドで、継ぎ目には金継ぎが施されている。

 ケヴィンはそれを受け取り、軽く振ってみた。

 風がさやと吹き、芝生が揺れる。


『人間以外なら何でも構わぬから、何か殺してみなされ』

 事も無げに言う教王に、少し驚く。

『……それは、神の御心ですか?』

『もちろんだよ』

『では……あれを』


 指差した先には、カルガモの親子が列になって歩いている――親鳥と、雛が6羽だ。


 右手に魔法力を溜め、かざすと、カルガモたちの周りが柵のように光った。


永遠とわに、杯のご加護があらんことを』


 短剣を振り下ろすと、カルガモたちはパッと光って、その場にパタパタと倒れた。

 杯字を切り、教王の様子を伺う。


『ほう、雛をな……』


 教王は死んだカルガモを見つめ、白く長い髭を撫でながら、うんうんと頷いていた――その表情は、忘れがたいものがある。




 頭の上から、鐘の音が降ってくる。11:30の礼拝が始まる合図だ。


「やべ、さすがに怒られるかな」


 立ち上がり、服をぱたぱたとはたいていると、目の前をシジュウカラが通り過ぎた。

 飛んでいくそれを目で追いながら、再び首をもたげる記憶に、ぼそりと呟く。


「……同じ穴のムジナ、ねえ」


 棒立ちになったまましばらくぼーっとしていたので、背後の気配に気づかなかった。

「逃げ出したの、バレてますよ」

「うわあ!!」

 振り向くと、訝しげな目をしたラスターが立っていた。

「びっくりさせんなよ……」

「脅かしたわけではありませんよ。ただ呼んだだけですから」


 ケヴィンは後ずさって、うなじに手を当てる。

「いやあ、ずっと書類読んでたら首が痛くなりそうだったからさ。ストレッチがてら散歩してたのよ」

「もう気は済みましたか? さっきポストのところで、コポが書類を分けているのを見かけましたよ。もうすぐまた新しい書類がくるんじゃないですかね」

「うえ」

 思わずラスターから目をそらすと、先ほどのシジュウカラが、低木にとまっていた。


 頭をかすめる、記憶。


 パチンと指を鳴らして、軽々と小鳥を落とした教王。

 そして、この世の善を全て集めたような笑顔で、我々は同じ穴のムジナだ、と言った。


『わしは世界で1番神に近いと言われているが、それは、このように、生き物の死を私情をはさまずに操作できるからだ。そして、大司教はわしの次に神に近い……つまり、世界で2番目に神に近い人間なのだよ。だから、同類でなければならない』


 だから自分を大司教にしたと、教王は言った。




「大司教さまー!」

 噴水の向こうから、子供が4人、走ってくる。

「大司教さまだー!」

「本物だー!」

 ぴょこぴょこ跳ねまわる子供達の目線に合わせて屈み、和やかな笑顔で見つめる。

「こんにちは」

「こんにちは! 大司教さま聞いてください。この子さっき、転んじゃったんです」

 一番後ろにいた少女が前に出てくると、膝を擦りむいていた。

「治してもらえますか?」

「はい、お安いご用ですよ」


 血の滲んだ患部に手を近づけ、詠唱すると、緑色の温かい光が浮かんだ。

 ぱあっと表情を明るくした少女の頭を、ぽんぽんと優しく撫でる。

「わーすごい! 治ったー!」

「大司教さま、ありがとうございます」

 子供達はぴょこぴょこ飛び跳ねながら、元来た道を帰って行った。


 横で見ていたラスターが、困ったように笑う。

「大司教のサボりは、あの子の怪我を治しなさいという、神のお導きだったのでしょうね」

「そうそう、サボりじゃなかったんだよーん」

 調子よく言うケヴィンに、ラスターはますます困り顔をしつつ笑う。


 礼拝堂から、賛美歌が聞こえてきた。


「んじゃ、執務室に帰りますか」

「はい、帰りましょう」


 シジュウカラが飛び立つ。

 空を見上げ、大きく伸びをした。



<完>





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最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

もしよければ、レビューやハートをよろしくお願いします!


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大司教さまは執務室に帰りたくない 小野じゅん (じゅんすた) @junsta

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