死期を選ぶということ

第1話 彼が大司教になった理由

――ケヴィンへ


果命の儀の要請が来ています。


氏名:ティンバー・ブルック

年齢:37歳

所属:東第6教区(バルデア病ホスピス内)

家族:両親(同意済み)

要請理由:

バルデア病の終末期に入り、体の自由が効かなくなりつつある。

回復の見込みがなく、意思のあるうちに、果命の儀を執り行って欲しい。


私はまだお会いしていないので、まずは面会をしに行ってください。


アズウェル



「……うーん」

 ケヴィンは、片手で紙を持ったまま、椅子に背を預け、口をへの字に曲げた。


 果命の儀、つまるところの安楽死の要請だ。

 大司教になって2年半が過ぎたが、今回が初めてである。


「ラスター、ちょっと出かけてくるね」

「どちらへ?」

「南6。果命の儀をしてくれって連絡が来てね。会ってくる」

 ラスターは目を見張ったあと、静かに送り出した。




 バルデア病は、原因不明の難病だ。

 初期は風邪のようなよくある症状だが、徐々に体力・免疫力がなくなり、身体中に黄斑が出た後、末期に入ると身体機能が奪われていく。

 最終的には、全身に水疱ができ、寝たきりで痛みを伴いながら、亡くなっていく――死亡率の高い、恐ろしい病気だ。


 このホスピスは、バルデア病の末期の患者が暮らす施設で、なるべく患者の生活の質を上げつつ余生が送れるよう、開放的な空間と様々なプログラムが提供されている。


「ごめんください」

 建物に入り、受付で声をかける。

「はーい」

 高い声で返事をしつつ、カウンターの奥から出てきたのは、40代くらいの看護婦だった。

「聖大教会から参りました、大司教のケヴィン・オズウォードと申します」

「お待ちしておりました。どうぞお入りください」


 廊下を曲がってすぐに、広い共用スペースがあった。

 聖堂のような、清潔感のある白に、高い天井。控えめな色使いで作られた、ステンドグラスの窓。

 コの字型のソファがいくつか並ぶなか、ぽつんと、手押し椅子に座った男性がいた。


「ティンバーさん。大司教さまがいらっしゃいましたよ」

「あ……」

 立ち上がって挨拶しようとする男性を、やんわりと制止する。

「そのままでかまいませんよ。隣、失礼しますね」

 オフホワイトの祭服をさっとさばいて、ソファに腰掛ける。


「はじめまして。大司教のケヴィンと申します」

「ティンバーです。わざわざ、来て、いただいて……ありがとうございます」


 ティンバーの様子をさっと観察する。

 体は細く、声もしゃがれており、衰弱しているのが見て取れる。

 顔の皮膚はカサカサとし、首元には黄斑。

 洋服で隠れてはいるが、袖口から覗く腕には、ただれたような水疱と、掻きむしったであろうかさぶたが痛々しい。


「お体辛いでしょうから、さっそく本題に入りますね。果命の儀をご希望と伺ったのですが、間違いありませんか?」

「……はい」

 消え入りそうな声で、返事をした。

「それは何故ですか?」

「もう、これ以上、病気で苦しみ、たく、ないからです」

 呼吸も苦しいのか、切れ切れに言った。


「なるほど。相当お辛いのですね」

 ケヴィンが眉をひそめると、ティンバーは、こくりと頷いた。


「体も、ですが、精神的にもう、お先、真っ暗なのです。せっかくもらった、命を、無駄に、して、死にたい……と、思うのは、悪い、ことだと分かって、いますが」


 ケヴィンは、静かに頷きながら、黙って続きを聞く。


「穏やかなうちに……死にたい」

 そう言ってティンバーは、顔を歪めた。


「分かりました。お話ししてくださって、ありがとうございます」

 ケヴィンはにこりと微笑んだ。

 そして、しばしの沈黙が訪れる。

 廊下の向こうでカタカタと、何かを運ぶ音だけが聞こえている。


「ティンバーさん。まずひとつ知っておいて欲しいのは、わたしは、信仰心に厚いから大司教になったわけではないのですよ」


 ケヴィンが切り出すと、ティンバーは、不思議そうな顔でケヴィンの顔を覗き込んだ。


「わたしは、人の命をためらいなく終わらせることができます。それが神の御心であれば、確実に、息の根を止めます」


 ティンバーは、無表情のまま、こくりと頷いた。


「ですから、わたしはあなたのお気持ちを尊重しますし、止めもしません。強いご希望があるのであれば、大司教として果命の儀は執り行います。ただ……道徳的な観点でいうと、いま一度、誰かと話しながらお気持ちを整理した方がいいのではないかと思います。というわけで、修道司教を連れて、もう一度こちらへ伺いたいと思うのですが、いかがでしょうか」


 ティンバーは、黙ってうつむく。

 そして、しばし逡巡したあと、了承した。




「というわけで、あしたもう1回アズウェルと一緒に行くことになったからさ。連日になっちゃうけど、留守番よろしくな」

「分かりました」

 そう言いながらラスターは、看護婦から渡された土産の菓子を受け取り、コポ用のカゴの一番上に乗せた。


「それにしても、私、果命の儀には立ち会ったことがないのですが……大司教は平気なんですか?」

「何が?」

「その、まあ言ってしまえば、人を殺すことになるわけじゃないですか。大丈夫なのかな、と」

 ラスターが心配そうにすると、ケヴィンは、ああと言って軽く笑った。


「俺は大丈夫だよ。てか、それができなきゃ、俺が大司教な意味が無いくらいだからな」

 そう言って、にっと笑う。

「そうですか、ならいいんですが……それにしても、今まで聞いたことなかったですけど、どうして若くして大司教に任命されたのですか? 歴代は、50歳前後だと聞きましたが」

「ん、それ聞きたい?」

「はい、まあ。気になります」

「キモいとか言うなよ」


 ケヴィンが念を押すと、ラスターは半歩、体を引いた。


「教区司教で、ロレンソさんっているだろ」

「はい、最年長の方ですよね。優しそうな」

「そうそう。あの人、俺の地元でずっと神父してて、子供の頃から超お世話になってたのよ」


 そこで、突然ケヴィンが、軽く失笑気味に笑う。


「俺さ、子供の頃から、死の呪文に興味があって。町の図書館の魔術書全部読んで、それでも足りなくてロレンソさんにせがんで教えてもらって、さらに修道士になってからも、礼拝堂の隅っこでずっと死の呪文の本ばっか読んでたの。超キモいだろ」


 ケラケラと笑うケヴィンを見て、ラスターは、別に気持ち悪くはないですよと、言った。


「で、2年前よ。組織改革で上層部一掃するってなったとき、役職・年齢問わず、呪文全般使える人を連れてこいってことになって、ロレンソさんが、行って来なさいって」


「じゃあ、大司教はその時は既に、死の呪文が使えたんですか?」

「使ったことあるわけねーだろ」

 そう言って、おかしそうに笑う。

「行けと言われたんで仕方なく行って、実技とペーパーと面接やったら、何故かケヴィン大司教さまの誕生よ」

「そうだったんですか」

 ラスターは、驚いたような感心したような様子だった。


「昔話は終わりです。何か質問はありますか?」

「いえ、特には」

「じゃーきょうは店じまい。あした、よろしくな」

 さっさと手を振るケヴィンの勢いに飲まれ、ラスターは、自分のカゴとコポのカゴを両手に持ち、執務室を後にした。

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