第4話 さあ、本番だ

「よろしくお願いします!」

 緊張した面持ちで警護隊待機室の席につくのは、剣術科2年生の少年2人だ。

 そして、無表情で彼らを見下ろしているのが、フェイである。


「警護隊長を務めております、フェイ・レドルバーグと申します。ではまずは、警護の組織についてと教区区分の仕組みの説明を」


 少年達は、ペンとノートを机に広げ、準備万端だ。


「教会には近衛隊と警護隊があります。簡略化して言えば、近衛隊は教王猊下の護衛を専属に行う専門機関です。他方警護隊は、教会全体の警護を行い、ここ聖大教会と東西大教会の3組織に加え、各教区関所の宿舎では警備と併設の厩舎の管理を――……」


「な、なんて真面目なんだ」


 待機室の入り口からそっと覗くケヴィンは、舌を巻いていた。

 自分の神学校時代を思い返しても、こんなに堅苦しい授業をする教師はいなかったような……。


「……――魔法陣を飛べるのは教区司教以上の短剣保持者に限られますので、我々は基本的には、配属された地域の馬で移動可能な限りを警護し、教区を跨いでの要請の際は、司教付き添いの元……」


 学生の後ろ姿から察するに、ノートを取るのに必死だ。

 いささか真面目すぎるが、正直、フェイがこんなにすらすらと滑らかにしゃべれる人物だとは知らなかった。


「友達ゼロとか言ってたじゃん……心配して損した」


 まあ、エリートとはそういうものか。

 友達はいなくてもディベートは得意とか、そういうタイプの学生だったのだろう。

 剣術に長けた少年たちよ、ぜひきょうは座学に励み、せいぜい冷や汗をかいてくれたまえ。


 心の中で杯字を切り、次の場所へ移動する。

 



 廊下を進むと、若者がずらずらと歩いているのが見えた。

 先頭では、小さなキノコ頭がぴょこぴょこしている。

「お、うまくやってるかな」

 立ち止まって遠巻きに眺めていると、最後尾についていたアズウェルと目が合った。

 にこりと笑い、こちらへ近づいてくる。


「どう?」

「うん、頑張ってるよ」

 アズウェルが目線を寄越した方を見てみると、コポは、バインダー片手に右腕をぶんぶんとしながら、あちこち説明しているようだ。

 いつもの、ケヴィンの怠惰を咎める冷えた表情とは違い、懸命に働く姿はなんとも微笑ましい。

「気張らずにな、ってコポに言っといて」

「分かった。デモンストレーションは、14:00の礼拝のあとだからね。ではまたあとで」




 15:30の鐘が鳴った。

 日に5回ある説教の3回目が終わったことを知らせるそれを聞いて、ケヴィンはペンを置き、執務室を出る――20分ほど前からどうもそわそわして、あまり仕事は進まなかった。

 礼拝堂の玄関前では、学生たちが後片付けをしているのが見える。


「ご苦労さま」

 ケヴィンが笑顔で声をかけると、背を丸めて掃き掃除をしていた男子学生は、飛び跳ねて姿勢を正した。


「大司教さま! はい、奉仕させていただいております!」

「このあとは、礼拝の練習だそうですね」

「はい。2グループに分かれて、参拝者役と修道士役を交互にやります」


 曰く、説教はコポとアズウェルで、2回やるそうだ。

 普段修道院にいるアズウェルの説教もレアなので、これはこれで楽しみである。

「わたしは後ろで見ていますので、頑張ってください」

「はい、ありがとうございます!」

 一礼する男子学生の向こうでは、『満員』の看板を片付ける女子学生が、ぽーっと見惚れていた。




「改めまして。修道士見習いの、コポ・エンデルゾーンと申します」

 説教台に届かない彼は、野菜カゴに乗って、胸から上だけを出し、ぺこりと頭を下げた。

「みなさんよりも若輩で経験が浅い私ですが、僭越ながら、説教をさせていただきます。どうぞ宜しくお願い致します」

 コポは子供の割にかしこまった喋り方をするが、こればかりは、よく練習したのだろうなと思う。


「では、主にあいさつをしましょう。皆さんご起立ください」

 参拝者役が立ち上がる。通路に立っていた修道士役も、前方の壁にかかった大きな杯字へ向き直る。

 コポは、野菜カゴから降り、祭壇の前へ移動した。



「天にまします我らの父よ。その御名のもと、我々は、隣人を愛し、智慧を分かち合い、悟りを与え合います。どうぞ我らに、意義ある学びを授けてください」



 コポが体いっぱいに杯字を描くと、皆、手を組み祈る。

 5秒、目をつむり祈りを捧げた後、コポは再び説教台に移動し、聖練書を開いた。


「さて、きょうお話ししたいのは、『どうお祈りしたら、自分の願いが叶うのか?』ということです」


(お、いいテーマを持ってきたね)


 ケヴィンは、小さく頷く。


「皆さんは日々勉学に励まれていて、テストで良い点を取りたいとか、発表を上手にしたいとか、行事で活躍したいとか、色々あると思います。私も、ここ聖大教会でお勤めをしていて、もっと上手に芋が剥けたらいいのにとか、早く背が伸びればものを運ぶのが楽なのにとか、そんなことを思います」


 学生達が、少し和んだように笑う。


「我々の教えでは、個人の祈りについて、具体的に欲しい結果を祈っても、あまり意味がないとされています。テストで良い点を取りたい……そう祈るのは、あまり効果的ではないということですね。なぜならば、あなたがそのテストで100点をとることが、世界全体で見たときに、利益であるとは限らないからです」


(その調子、その調子)


 もっとあたふたしたり、メモを見ながら話したりになるだろうか……と考えていたが、想像以上にスムーズで、安定感さえある。


「主は、見守っていらっしゃいます。もしそのテストで100点を取れずに、悔しくてもっと勉強した結果、その時の学びが10年後のあなたの仕事に役立つとしたら、主は、あなたの『100点を取りたい』という祈りを叶えません」


(そういやこの間、テストで凡ミスしたって言って地団駄踏んでたな)


 その時のコポは、全く納得がいっておらず、自分の頭をポカポカと殴る始末だったが……自分なりに、このように考えて乗り越えたのだろうなと思った。


「では、自分の叶えて欲しいことはどう祈ったらいいかというと、『いまこれを叶えてくださったら、こういう風に世界を良くするので、叶えてください』……と、具体的に、世界全体の利益を考えてお祈りするのが良いですね。もちろん、皆さん日々そういう風にお祈りしていると思いますが」


 コポは、学生達をぐるりと見回し、にっこりと微笑んで言った。


「……私が一番言いたかったのは、私が、皆さんの祈りをきちんと形にしたいということです。いま皆さんが切磋琢磨して祈ってくださっている事柄は、世界全体に恩恵をもたらします。3年後に神学校に入学する私も、きっと享受することと思います。ですから、先輩方の祈りは、私も、責任を持って形にしたいと考えています」


 ケヴィンはもはや、感動を通り越していた。

 なんだろう……この、親心のような気持ちは。涙が出てきそうではないか。


 ちらりとアズウェルの方を見ると、同じく、感無量という表情でコポを見つめている。


(今日のために、色々準備を手伝ってくれたしなあ。それに、38歳と12歳……若いパパくらいの年齢じゃないか)


 その後も、聖練書の引用をしながら、すらすらと説教を続けていく。

 見習い修道士とは思えない、堂々たる話しぶりだった。


「……――ご静聴ありがとうございました」


 聖練書を閉じ、ぺこりとお辞儀をする。

 説教台を降り、祭壇の前まで移動すると、参拝者役たちが、椅子を引いて立ち上がった。



「天にまします我らの父よ。その御名のもとに、蒼天より賜いし我らの学びを歓び、感謝し、この祈りを捧げます」



 コポは、胸の前で杯字を切った。

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