第3話 相談に乗ってください

「あの、大司教……」

 沐浴を終え、私室へ引き上げようとしていたところへ声をかけたのは、コポだった。

「ん? どした?」

「相談に乗って欲しいんです。神学校の研修のことで」

 どこか不安げに、もじもじとしながら、ケヴィンを見上げる。

「ああ、いいよ。でも、もう消灯近いだろ。修道士の宿舎まで行こうか?」

「よろしいんですか?」

「ん。きょうはもうやることないし、たまにはあっちの方も行ってみたいし」

「ありがとうございます」


 ケヴィンは、コポと、全く同じキャリアを積んできた。

 10歳で修道士を目指し、聖大教会で住み込みの見習いを始めた。

 18歳で神学校を卒業するまでを過ごした修道士宿舎は、幼い頃の思い出が詰まっている。




「はっきり言って、私は、何を話したらいいのかが分かりません」

「何が?」

 談話室のローテーブルを挟んで座るコポが、思い詰めたように切り出した。

「説教のデモンストレーションをやるということになったのですが、なぜか私が神父役をやるようにと、アズウェル司教がおっしゃっていまして……」

「ああ、聞いた聞いた」

「無茶ですよね」

 ぼそっとつぶやくように言う。


「神学校の先輩方は、私なんかよりたくさん学んでいらっしゃるわけですし、私からお話しすることなんて思い浮かびません。そもそも、なぜ私にお任せいただいたのか……司教のお考えもよく分かりませんし」


 腕組みをしながら聞いていたケヴィンは、少し笑って言った。


「お前なりに、考えたことをそのまま話せばいいんだよ。毎日聖練書を勉強してて、感想とかあるだろ? それをそのまま話せばいいだけ。てか、全世界の聖職者は多分そうだからな」

「それでは教義を説くことにはなりません」

「そんなことないって」


 眉毛をハの字にして困るコポを励ますよう、にこにことした笑顔で続ける。


「コポの説教はコポにしかできないんだよ。だって、お前が見聞きして考えていることは、お前にしか分からないんだから。どんだけ偉い宗教家がいても、コポの説教はできない。な、当たり前のことだろ?」

「そうですね……」


 同意はしてみるものの、納得した表情にはならない。


「間違えるのが怖い?」

「はい。説教ですから、間違ったことを教えたら元も子もありません」

「そうかな? 簡単に正しいことが分かるように書いてあるのが『聖練書』……だと俺は思うんだけどねー」


 コポは、たしかにそうですが、と言いつつ、まだ不安げだ。


「そりゃさ、正しい聖練書でも、世の独裁者みたいなヤバい奴がのたまって悪用したら、間違った説教の出来上がり〜って感じだろうけど。毎日神父に教わってるお前が、間違った説教をしてやろうって方が難しいんじゃねーの?」

「そうでしょうか」

「アズウェルは、お前に背伸びしてほしいって言ってたよ」


 コポは、目をぱちくりとさせた。


「あのな、コポ。人に教えるってのは、すごく勉強になることなんだよ。俺なんか、書類仕事ばっかで説教台に立てる機会が減っちゃったから、腕が鈍って仕方ねえよー。ああ、この溢れんばかりの知識欲を心置きなく満たして、説教台に立ちたいもんだねえ」


「そ、それはただ仕事したくないだけでは」

 コポが歯切れ悪く指摘してみると、ケヴィンは、いひひと笑った。


「教えることは、ただ与えるだけじゃないし、教わる側も、ただ与えられるだけじゃないわけ。年下に教わるなんて、実りあるだろうなあ。俺も楽しみだよ。コポの説教聞いたら、発見がいっぱいあると思うな」


 ケヴィンが笑ってみせると、コポはだんだんと表情を取り戻し、目にはやる気がみなぎってきた。

「そうですよね。絶対新しいことを教えなきゃいけないってわけじゃないですもんね。……よーし、やるぞー」

「そうだ、その意気だ」

 ふたりで、グーの拳を空中に上げる。

 と、ちょうどよく、消灯を告げる当番が、鈴を鳴らしながら廊下を歩いているのが聞こえた。




「相談に乗っていただき、ありがとうございました」

 コポが、ぺこりとおじぎをする。

「アズウェルに一緒に考えてもらいなよ。俺は当日楽しみにしてる」

「はい、がんばります」

 自室へ戻っていったコポを見送る。

 小さな背中が廊下の曲がり角へ消えたところで、ふと窓の外を見ると、懐かしいものが目に入った。

 修道士専用の小さな礼拝堂だ。


 見習い修道士の頃、消灯前に2階廊下の窓から、この礼拝堂を眺めるのが好きだった。

 屋根の上で月明かりを反射する大きな杯字が、心を落ち着けてくれる気がしていたからだ。


 目を閉じ、夜風を感じながら、思い出してみる。


 この礼拝堂は、1日3〜4時間教義を学び、それ以外の時は、仕事の空き時間にお祈りをしたり、自主勉強をしたりと、自由に使えた。

 少年時代はいつも、長椅子の前列の左端に陣取って、黙々と読書をしていて、友達は多かったけれど、割とマイペースに自分の好きなことを優先するタイプだったように思う。


 27歳で大司教にという、前代未聞すぎる大抜擢があったのも、ここでの読書の賜物だ。

 授業ではさらりとしか習わない "とある呪文" を、単なる興味だけで、ひとり、何年も研究し続けていた。

 それを使うことなど一生ないだろうと思っていたが、まさかそれで、自分の人生が変わるとは……神のお導きといのは、分からないものである。


「うん、懐かしいねえ」

 小声でつぶやく。


 窓際を離れ、廊下を見回しながら、さらにあれこれ思い出していると、自然と笑みがこぼれてきた。

 自分も、少年時代を回顧する年になったということか。


「あー、さぶさぶ。帰ろ」


 抱きかかえるように、両腕をこする。

 身を翻すと、シルクの夜着の上を、射し込む月明かりが滑った。

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