第3話 教義とは脆いものである

 行商人に案内されたのは、客席が15ほどの、小さな喫茶店だった。

 外套を羽織り直していたため、騒ぎにもならず、ケヴィンはほっと胸を撫で下ろす。

 飲み物が届いたところで、早速、行商人が切り出した。


「私が、魔法石を厄除けになると言って売るのは、教えに反していますでしょうか?」

 いきなり的からズレた質問が飛んできて、ケヴィンは少し笑う。

「いえいえ、ゴブレット教徒でない方がどのようにご商売をなさっても、わたしたちは何も申し上げませんよ」

「ああ、そうか」

 行商人は、呆けた顔をした後、またすぐに姿勢を直した。


「では、質問を変えます。単刀直入に言って、ジュエリーが厄除けになると言って、ゴブレット教徒の方に売れますか?」

 またも不思議な質問に、ケヴィンは口をぽかんと開け、そして笑った。

「あはは、いや、失礼。わたしは商売人でもないし、ジュエリーを買う女性でもないので、売れるかどうかは分かりません」

 行商人は、しょんぼりした顔をした。


「先ほどの、厄除けとして持ち歩くのが教義違反か……という質問にならお答えできますが、お話ししてもよろしいですか?」

「はい、ぜひ」

「あ、でもその前に」

 ケヴィンは、コホンと咳払いをする。

「ゴブレット教では、聖職にあるものが、一般の方に教義を説くのが禁じられているのです。なので、いまからお話しするのは、"教会の常識" というような感じで捉えていただけますか?」

 ケヴィンが首をかしげると、行商人は、真剣な面持ちで了承した。




「ゴブレット教は、偶像崇拝が禁止なので、モノに対して祈りを捧げる人はいないはずです」

 行商人はこくりと頷く。

「しかし、モノを持っていて気分が上がったり、元気になるのであれば、それは制限されるものではありません。というか、それを否定してしまうと、人は生きていけませんからね」


「では、絶対ダメだというわけではないのですか?」

「もちろんです」

「そうですか」

 そう言って行商人は、安心したように、眉尻を下げた。


「しかし、これは想像ですが、"厄除けの宝石" を目の前にしたゴブレット教徒の方は、二分すると思いますよ」

「……と言いますと?」

「一方は、見た目も綺麗でちょっとしたおまじないにもなって、一石二鳥だわ! ……つまり、あなたの狙い通りです。でも他方で、せっかく装飾が美しくても、嘘の効能をうたう紛い物だ! と言って、受け付けない方も居るかと」


 行商人は、確かにと言って、腕を組んだ。


「教義というのは、脆いものです。解釈の違いで、どうとでも捉えられるのですよ。権力のある者が詭弁を振るって、同じ文言を全く真逆の解釈に変えてしまう……なんていうのは、どの宗教でもよくある話ですからね」


 ケヴィンは、努めて穏やかに続ける。


「このハットピンひとつをとっても、そうです。極端な話、わたしも『この厄除けのハットピンを付けている信者は、神以外を信じたとみなして、全員追放する』なんてことも、言えてしまいますから」


 行商人がぶるりと震えるのを見て、ケヴィンは軽く笑いながら詫びる。

「ははは。もちろんそんなこと言いませんよ。脅かしてすみません」

「いえ、いまこんな風にお茶をしているので実感がありませんでしたが、本当に偉い方なのだなと思いまして……」

 ケヴィンは、否定も肯定せず、にこりと笑った。




「それで、これは個人的感想なのですが……もしかしたらこのジュエリー、魔法力云々は伏せて、装飾品としての価値を訴えた方が、効果的かもしれませんよ」

 行商人の顔が、ぱっと明るくなった。

「えっ、そうですか!?」


 ケヴィンは、にっこりと微笑む。

「ええ、とても美しいですから。それに、ゴブレット教徒は基本的に質素倹約なので、あなたの作る華奢で繊細なものを好む方は、多いのではないかなと。ホーロバールの宝石が良いのは皆知っていますから、改めて魔法を強調する必要もないかなと。それより、あなたの技術をウリにした方がよろしいのでは」


 行商人は、感激し、思わずテーブルに身を乗り出した。

「そう言っていただけると、職人冥利に尽きます」

「お世辞じゃないですよ」

 しかしケヴィンは、バイソンとの約束も果たさなければならない。


「実はきょうはわたし、教会お抱えの鍛冶屋に付き添ってここへ来たのですが、どうやらあなたのことが、悪く噂されていたようで。本当は、それを忠告に来るつもりだったのです」

 行商人は、え!? っと言い、固まった。


「石の入手ルートが、この町のルールから見ると、あまりよろしくないと聞いたのですが。ご存知でしたか?」

 行商人は、慌てて否定した。

「いえいえいえ、全く知りませんで! 行商なものですから、素材の仕入れルートが確保できなくて、仕方なく落ちているものを加工しておりました」


 かけらを拾っているというバイソンの話は本当だったが、やはり他意は無かったようだ。


「もしよければ、その知人に、あなたを紹介しましょうか? 正規のルートで石が手に入るはずです。少し商品のコストが上がるかもしれませんが、その分値が張っても問題ないくらい、あなたの作るものは素敵です」


「大司教さまから、わざわざお口添えを頂けるのですか?」

「はい、もちろんです」


 バイソンからの依頼は『タチの悪い行商人に説教してやってくれ』だったはず。

 追い出せとは言われていないし、むしろ、販路をひとつ紹介すれば、問屋も喜ぶだろう。


「町の南端に、バイソンという者がやっている鍛冶屋がありますので、明日にでも、そこを訪ねてみてください」

「ありがとうございます!」

 行商人はケヴィンの手を握り、ぶんぶんと上下に振った。

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