第2話 行商人は怪しい?

 ここホーロバールは鉱石の町で、町の裏手に大きな鉱山がある。

 町で働く人のほとんどが、宝石や彫金、鍛治に関わる仕事をしている。

 大陸内でも有数の職人たちが集まっているが、その中でも、バイソンは別格だ。


「ちょっと足を伸ばして、新しい採石場に行こうと思ってな。黒曜石の質が良いんだ」

「へえ」


 授けられる短剣にはめ込まれる石は、教位によって違い、ケヴィンが使うのは黒曜石だ。

 古い時代にはナイフや矢じりに使われていたそれは、数ある魔法石の中でも、特に強い魔法力を発する。


「あ、そうそう、その採石場のそばで、タチの悪い行商人がウロついてるらしくてな。ついでだから、説教してやってくれないかい」

「いいけど、どんな?」

「どうやら、他人が採石の時に落っことしたカケラを拾い集めて、ちょろっと加工して奥様方に売ってるらしいんだ」


 確かにそれは、不埒な商売だ。

 一応、業者から強奪しているわけでもなく、質はどうあれ本物の魔法石である以上、詐欺とまでは言えないが……。

 それでもやはり、おこぼれをくすねて稼ぐやり方は、気持ちのいいものではない。


「分かった、いいよ」

 ケヴィンが了承すると、バイソンはニカッと笑い、ありがてえと言った。




 採石場は、活気にあふれていた。

 起伏の激しい岩肌の中に、無数のレールが引かれていて、人力のトロッコを引くガラガラとした音や、キンキンと岩にノミを打ち付ける音、男たちの大声が飛び交っている。


「じゃあ、俺は中で馴染みのヤツと話してくる。いくつか見繕って持ってくるから、その中から選んでくれ」

「了解。じゃあ俺は、その行商人とやらを探すよ」

「周りに小さな商店やら食堂やら色々あるから、ブラブラ見ててな。じゃあ2時間後に、ここでまた」


 バイソンと別れ、賑やかそうな方向へ歩いて行く。

 鉱山の周りは砂埃が舞っていたが、店が立ち並ぶエリアに来ると。地面は舗装され、屋台の衛生面も悪くなさそうに見えた。


 きょうは、外出用の軽い祭服に外套を羽織っているため、パッと見た限りでは、大司教に見えない。

 それにここは大陸の最北部なので、聖大教会へ足を運んだことがある者も少ないだろう。

 身分を明かさなければ、のんびりできそうだなと思う。


 ……ところが、散策5分で、件の行商人と思しき人物に出会ってしまった。


「うーん、まずいなあ。他大陸の人かあ」


 遠巻きに、行商人を眺める。

 40〜50くらいの中年男性で、革紐をつけた平らなトレイを首から下げ、腹の上でお店を開いている状態。

 背中にはどこかの国旗と思しき旗をくくりつけており、服装も、テラテラとした生地を使ったエプロンのような形で、見たことがない。


 ゴブレット教徒の99%は、グレイドル大陸に住んでいる。

 よって、他大陸の住人は、まずゴブレット教徒ではないと考えてよい。


 これが何を意味するかというと、ゴブレット教の『宣教禁止』という教義上、ケヴィンはその行商人に説教をすることができないのだ。

 特に、位の高い者が一般人に説くことは厳禁なので、雑談でさえ要注意となる。


「一般常識、一般常識……」


 まじないのように唱えながら、人物が見える位置に移動してみる。

 ちょうどよく、歩いていた女性に声をかけて、何やら話しはじめた。


『こんにちは。私はハンドメイドの宝石職人なんですけど、見ていってくださいませんか?』

『?? ええ、構わないですが……』

 数打ちゃ当たる式なのか、押しに弱そうな人を狙い撃ちしているのかは分からないが、まずは見ていってくれとお願いするスタイルらしい。


『ここで採れた魔法石を、一点一点手作りでジュエリーに加工してるんですよ』

『はあ、そうなんですね』

 行商人は、首から下げたトレイを少し持ち上げ、女性に見せた。

『こちらはハットピンなんですがね。使ってる宝石は、うちの故郷では、厄除けに使われるんですよ。特にこの採石場の石は質がいいので、魔法力も高いですし』

『へえ。でも魔法力なんて分からないわ。綺麗は綺麗だけど』


 女性が、困ったように首をかしげると、行商人は、うんうんと頷いた。

『真偽のほどは、神父さんとか、魔法が使える人に聞くといいですよ。これは安くて、25コンコですから、もののためしに。ね?』


「……ふーん、なるほどね。信頼してる人に試させるんだ」

 商売のやり口が分かったところで、首をひねって迷う女性に押し迫る行商人を、もうしばらく眺めてみる。

 日が昇り始めた。きょうは、平年より温かく、初夏の陽気だという。

「あつ……」

 暑さに負けて、外套を脱いだ。

 すると。


「あ、あそこにちょうど、神父さんがいらっしゃいますね」

 声の方を見れば、行商人がケヴィンのことを指差している。

「すみません、ちょっといいですか?」

 行商人が笑顔で近寄ってきた。

「神父さまこんにちは。私は宝石職人なのですが、このハットピンに魔法力があるかどうか、見ていただけませんか?」

「ええ、かまいませんよ」


 微笑んだところで、後ろに居た女性が近寄ってきて……そして、悲鳴に近い高い声を上げた。

「え、え!? 大司教さま!? ですよね!?」

 混乱する女性を見てケヴィンは、思った以上に早くバレてしまったと、内心苦笑いした。

 まあ、祭服姿になれば、バレるのは仕方ない――週刊新聞に頼まれて書いているコラムの連載に、全身の写真が使われているのだから。


「はい、そうですよ」

 女性が舞い上がって両頬を手で挟み照れている間、行商人は驚いた様子で何度も頭を下げた。

「いやはや、大司教さまでしたか! 若々しくていらっしゃるから、まさかそんな偉い方だとはつゆ知らず……失礼しました」

「とんでもないです。お見受けするに、他大陸からいらしたんですか?」

「はい。ホーロバールの石が良いというのは世界的に有名ですから。職人の端くれとしてぜひにと思い、家族を故郷に置いて、はるばるやって来ました」


 なるほど。

 この男は、悪意よりも、遠い国で一発当ててやろうという夢を追って来たということか。

 ますます話の持って行き方に悩む。


 行商人は、女性客へ愛想を振りまき、再びケヴィンに持ちかけた。

「私のジュエリーに魔法力があるか、調べてもらえませんか?」

 ケヴィンは、一瞬の思案のあと、笑顔で了承した。




 勧められたハットピンを手に取ってみると、意外にも、それなりの魔法力がありそうだった。

 石のサイズの割には、出ている魔法力が強いので、加工の仕方がうまいのだろう。


「すごいですね。サイズの割に、ちゃんと魔法力を感じますよ」

「ありがとうございます」

 ケヴィンのお墨付きを得て、女性は俄然興味を示し、トレイを覗き込む。

 ケヴィンは、素朴な疑問を述べてみることにした。


「魔法力というのは、一般の方には、どのように恩恵があるのですか? わたしたちのような、日常的に魔法を使う者には、魔法石はとても大事なのですが」


 ケヴィンの問いに、行商人は、にっと笑って答えた。


「簡単に言えば、おまじないですね。ほら、花かんむりを作って部屋に置いておくと恋が実るとか、そのようなものです」


 すらすらと述べるのを見て、毎日この手の質問に答え続けているのであろうということが、よく分かる。


「私、それ買います」

 女性は、素早く小銭を手渡すと、小さな耳飾りを手に取り、早速つけた。

 そして、ケヴィンの方を、上目遣いで覗き込む。

「大司教さま、ど、どうです? 似合ってますか……?」

「ええ、よくお似合いですよ」

 女性は、頬を染めもじもじと照れながら、何度も礼を言い、帰って行った。

 行商人が、おかげさまでと言うと、ケヴィンは軽く微笑んだ。


「ところで大司教さま。私も一度聞いてみたかったことがありまして……」

「なんでしょう?」

「魔法石を持ち歩いて厄除けにするのは、ゴブレット教では教義に反しますか? 私の故郷では、当たり前の風習なのですが」


 行商人が尋ねると、ケヴィンは何とも言えず、少し言い淀んだ。

 グレーゾーンだからだ。


「そうですね……これは少し話が込み入ります。もしよければ、どこか静かなところでゆっくり話しませんか?」

「いいんですか!?」

「もちろんです」


 そういうわけでふたりは、行商人が行きつけだという喫茶店に向かった。

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