第3話 赦されるでしょうか

「失礼します」

 ケヴィンが部屋に入ると、ガラスの向こう側に、細身の青年が、うつむいて立っていた。

「囚人番号538 ラグディと申します」

 腹に頭が付くのではと言うほど深々と礼をしたラグディは、小刻みに震えていた。

「どうぞ、おかけになってください」

 ケヴィンが声をかけると、消え入るような声で、はいと返事をし、椅子に座った。

 ケヴィンも、腰掛ける。


「ラグディさん。まずお話を始める前に伺っておきたいのですが……あなたは、ゴブレット教の信者ですか?」

「はい、そうです」

「それならよかった。我々の教えは、宣教禁止ですからね。もし信者でなかったから、説教ではなく雑談に切り替えるつもりでした」

 にこりと笑ってみせると、ラグディも、やや緊張をゆるめた。




「さて。ラグディさんの裁判記録は拝見しました。ですので、概要は存じ上げているのですが、わたしはあなたの口から直接聞きたいのです。誰を、どのように殺めたのですか?」

 再び表情を硬くしたラグディは、たどたどしく話し出した。


「強盗殺人をしました。被害者の方はカメラ屋の主人で、持参したサバイバルナイフで10箇所以上刺しました」

「10箇所……」

「病院に運ばれたそうですが、そのまま亡くなったと聞きました」


 ケヴィンは、少し黙ってから訊いた。

「何故カメラ屋を? 強盗といえば貸金屋や銀行を思い浮かべますが」


「それは……カメラは売れば高額な割に、ショーケースの鍵などすぐ壊せてしまうものですし、狭い店内で、店主も1人。客が居ない時間の方が多い日さえありますから、やりやすいと思ったのです」


「ある意味、合理的ですね」

「……思いついてしまった過去の自分を呪いたい気持ちです」

 そう言ってまた、肩を震わせた。


「なぜ、強盗をしなければならなかったのですか?」

「私は愚かな人間です。博打で借金をこさえました」

「……なるほど、事情は分かりました」

 頷きながら微笑んだ。




「では、本題に入りましょうか」

 ケヴィンは安心させるよう、小首を傾げて問いかけた。

「この度、恩赦で出所できるようになったとのことですが、率直に、どのように感じますか?」

 ラグディはしばし考え、少し言い淀んでから、ぽつぽつと話し出した。


「……嬉しくないといえば嘘になります。でも、怖いです。刑期を終えず出るのは、遺族の方にも申し訳ないですし、一層恨まれるかも知れません。家族は私の一件のあと村八分の状態になっているそうで、恩赦で出たとなれば、ますます立場が悪くなるでしょう。罪も償わず息子が出てきた、と。カメラ屋のご主人は慕われていましたからね」


 それに、と言って、また震える。

「他の服役者から恨みを買いそうで、それも怖いです。お互いの出所後に街でばったり会ったら、殺されかねないなと」

「色々、不安があるのですね」

 ラグディは、こくりと頷く。


「一般的に見れば、恩赦を受ける人間は、幸運だと思われるのだろうなと思います。というか、私もそうでしたし、もし私以外の誰かが選ばれていたら、ズルイと思ったでしょう。でもいざ選ばれてみると、なんというか、吊るし上げにあっている気分です。6年間刑期を過ごせばひっそりと出られたかも知れない人生が、恩赦という形だと、目立つし批判されるし妬まれるし恨まれるし……」

 苦悶の表情で何度もまばたきするラグディを、ケヴィンは、じっと見守っている。


「私達囚人は、王様や刑務所の偉い人の手のひらの上で、気まぐれに転がされているのだな、という気分になりました。誰を選んだっていいのですから。そのくらい軽い命なのだと。まあ、人を殺めているのですから、私の命に価値が無いことなんて、分かりきったことですね。はは」

 自嘲気味に笑った。




「ゴブレット教の教義では、生き物の多様性はピラミッド型ではない、というのはご存知ですか?」

「はい、何となくは……」

 ケヴィンはゆっくりと頷く。


「多くの宗教では、人間を頂点とし、裾にいけばいくほど、知能を持たない下等な生物になる、と考えられています。また、学校で習う授業で、捕食関係の観点から、そう教わったかも知れません」


「はい」

「ですが……」

 ケヴィンは懐から聖練書を取り出し、一番最後のページを開いた。

「我々の教えでは、このようになっています」


 指差した図は、たくさんの藁の両端を結ったような、緩やかな曲線が描かれている。


「この、一番すぼまった左側の部分が、生命の誕生です。主が創造された地形から自然発生した、と考えられています。そして、真ん中は大きく膨らんでいますね。これは、生命が、多種多様に進化して増えた様子です。枝分かれし、絡み合って存在していて、ここに、上下関係はありません。皆、平等です。そして、一番右のすぼまり。ここに描かれているのは、なんですか?」

「杯、です」

 ケヴィンはまた、うんうんと頷いた。

「最終的には、1杯のぶどう酒にたどり着く、というのがゴブレット教の教えです」

「はい」


 ケヴィンはニコニコと笑いながら補足する。

「ぶどう酒が出来上がる過程には、それはそれはたくさんの生き物が携わっています。ある生き物はまた別の生き物を糧にし、そしてそれをまた……と繋がっていて、それをずっと辿っていくと、どうやっても杯に至ります。わたしたち人間は、"神が創られた世界" が凝縮されたぶどう酒をいただけるのです。贅沢ですね。なので、それを感謝し、たくさん祈りを捧げなければいけません」



 人間は、神が作った世界の中で見ると、それはそれはちっぽけな存在だ。

 そんなちっぽけな存在が持つ悩みや苦しみなど、大きな世界から見たら、砂粒ほどにもならない。

 その一方で、人の命は重い。

 命は何よりも重く、人が人のそれを奪うことは、罪である。



「罪って、何でしょうね?」

 唐突な質問に、ラグディは面食らった。

「えっと、あの……、人に迷惑をかけたり嫌な思いをさせる、悪いことです」

「なるほど。では、罪を償うには、どうしたらいいでしょう」

「……自分の過去を振り返って、反省します。そして、教会で告解します」

「いま、告解してみますか?」

 ラグディは、一瞬目を見開いた後、はい、と答えた。

 ケヴィンが、胸にかけたロザリオを左手に持ち、右手で小さく杯字を切る。



「たったいま、蒼天より、我らが父の眼差しを受けました。あなたの罪を告白なさってください」



「私は2年前、人を殺めました」


「その方が亡くなっていく様を見ながら、私は、自らが逃れる事ばかりを考えていました」


「その方が亡くなり友人知人に惜しまれるなか、私は、殺めたのが自分だと悟られない方法ばかり考えていました」


「私は、あなたの教えに背きました」


「自分のことばかりでした」


「隣人を愛することができませんでした」


「こんな私を………」


――お赦しください、とは言えなかった。


「私は……、赦されるわけにはいきませんね」


 ラグディは、組んだ手を外し、顔を覆った。涙が顎を伝い、ぽたぽたと落ちてゆく。


「大丈夫、大丈夫です。赦しを乞うていいですよ」


 ケヴィンが諭すように言うと、ラグディは、しばし肩を震わせた後、腕で涙をぬぐい、再び手を組んだ。


「主よ、こんな私を、……お赦しください」


 ケヴィンは目を伏せ、長い呪文を詠唱した。

 橙色の光が室内を満たし、音がなくなってゆく。

 やがて光が消えると、ケヴィンはロザリオを胸に当て、空中に大きく杯字を切った。



「全能の神は、その御心のままに、あなたの罪を清められました。いまあなたの心にあるのは、意味を失った記憶です。人を殺めた罪は償われ、ただの過去の事実となりました。もう悔いる必要はありません」



 ラグディは、声を上げて泣いた。




「わたしは、本当に心の底から、あなたは罪を償ったと思いました」

 告解を終え、身支度を整えながら、ケヴィンは言った。

「もしあなたの言葉に、揺らぎや戸惑いがあったら、何度でも問いなおし、本当の懺悔に至るまで、洗いざらいしようと思っていたのです」


 ラグディは、看守からもらったちり紙で鼻をかんでいる。


「でもあなたは、自分の言葉で償うことができましたね。ですから、今回恩赦で出られることになったのは、王族や身分が上の者達の気まぐれなどではなく、神がそのように導いたのだと考えて間違いありません」


 ケヴィンは、ふわりと笑って言った。


「出所されたら、ぜひ、ご家族で教会へおいで下さい。ここからすぐ近くに、東大教会があります。そこに東大陸司教のウィントという者がおります。名前をおっしゃっていただければウィントへ通すよう、話をしておきますので、ぜひ。彼は理論的で、面白い人ですよ」


 深々と頭を下げるラグディに一礼をし、面会室を後にした。




「そういうわけだからさ。もしラグディさん一家が来たら、なんか話してあげて」

「分かった」

「面白い人だって、ハードルあげといたからな」

 いひひと笑うケヴィンを見て、ウィントはため息をつく。

「まあ、何でもいいよ。波乱万丈な人生を送った人の話は、為になるからな。勉強のつもりで聞いとく」


「あーきょうはなんか感動したし、執務室に帰りたくねえなあ」

 ケヴィンは、大きく伸びをする。

「別に感動があってもなくても帰りたくないんだろ、お前は」

「んー、まあ。でも本当にきょうは、この後味を書類で塗りつぶすのがもったいねえ感じ。お祈りタイムを長くすることにして、仕事はやーめた」

「はいはい」

「じゃあな、色々ありがと」

 ひらひらと手を振って扉の向こうへ消えていくケヴィンを見送りながら、ウィントは、目を細めて笑った。


<終>

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