第2話 ここに入れてください

『ラーゴン刑務所』


 看板を見上げ、やや緊張した面持ちで、深呼吸をする。

 大丈夫とは言ったものの、結局、何を話すか決まらないままきょうを迎えてしまった。

 結果、まあなるようになるでしょと思う自分と、ヘマしたらやべーなと思う自分の板挟みになっている。




「ようこそ。お待ちしておりました」

 刑務官が深々と頭を下げると、ケヴィンもぺこりと会釈をした。

 所長室へ案内される道すがら、きょろきょろとあたりを見回す――レンガ造の廊下が長々と続き、若干不気味な雰囲気だ。


「聖ゴブレット大教会から参りました、大司教のケヴィン・オズウォードでございます」

 所長室に入り一礼すると、刑務所長が慌てて歩み寄ってきた。

「これはこれは、大司教猊下。私が当刑務所の所長をしております、フリーヴです」

 軽く握手をし、椅子へ促される。


「無理な依頼をお受けいただき、誠に感謝しております」

「とんでもありません」

 にっこりと微笑む。

「ですが、実のところを申しまして……どうしてご依頼をいただいたのかが分からず、何を話そうか、まだ決めかねているところなのです」

 ケヴィンがほんのりと照れ笑いをすると、フリーヴもはははと笑った。


「説明が不十分で申し訳ありませんでした。実は来月、王族の婚礼が行われるのに伴って、恩赦が実施されます。当刑務所からも1名出る予定なのですが、ここ1年ほど、どの刑務所でも慢性的に再犯率が高まっておりまして。一応、選んだのは模範囚なのですが、再犯しないよう教会の方から言っていただけたらと思い、お願いした次第なのです」


 なるほど、それは確かに重大案件だ。

 恩赦で釈放した罪人が再犯を起こそうものなら、国とのトラブルになりかねない。


「分かりました。開始は14:00でしたね?」

「はい。時刻になりましたら、面会室までご案内し、説教が終わるまで傍らで監視させますので、ご安心を」


 フリーヴが軽く一礼すると、ケヴィンもこくりと頷き、そして言葉を続けた。

「ところで、おかしなお願いなのですが。もしよければ、開始時刻までわたしを独房に入れてはもらえませんでしょうか」

「は!?」

 フリーヴは、身を乗り出して素っ頓狂な声を上げた。

「大司教さまを、独房に……?」

「はい。服役者の皆さんの気持ちになってみないと、お話すべきことが分からないので。もちろん、セキュリティや法令上問題なのであれば、無理にとは言いませんが」


 フリーヴはしばし頭をひねったあと、近くにいた刑務官に耳打ちをし、ケヴィンのために独房を用意した。




「鍵はかけませんので、施設内を見学されたい場合は、そこの出入り口前に立っている者にお声掛けください」

「わかりました」

 ケヴィンは、部屋の真ん中に立った。

 簡素なベッドと、椅子ほどのサイズの机、洗面器と便座があるだけ。

 電気はあえて点けてもらわなかったので、天井近くにある小さな格子窓から入る光がよく分かる。

 試しに、ベッドに座り、両膝を立てて抱えてみた。

 こうして小さくなってみることで、囚人の気持ちになれるだろうか。


「……」


 普段独り言の多いケヴィンだが、さすがにここでは、何も言葉は出てこない。

 聖練書を開く。何ページのどこに何が書いてあるか、すっかり覚えてしまった、馴染みのバイブル。



『主は、海に塩を混ぜながら、おっしゃいました。この、命を持たない小さな白い粒の一粒一粒が、1つの命を作り出し、その命がまた別の命を作り、いつかそれは、人間にもなる。人間は、別の命が生んだぶどうで酒で作り、透明な杯を満たし、それに口づけるのだ、と』



 ぱたりと書を閉じ、目をつむる。

 話すべき内容は決まった。問題は、どう話すか……

 説教を聞きにきた信者と、説教を聞かされている囚人とでは、耳に入る言葉がまるで違うはずだ。


「猊下、お時間です」


 呼ばれて、さっと立ち上がる。

 深呼吸をし、軽く杯字を切って、独房を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます