過去の罪を

第1話 不思議な依頼

「我らの主は、全能です。しかし、生物の全てをお創りになったわけではありません」


 良く通る声で、朗々と話してゆく。


「主は、山、川、海、森など、地形をお創りになりました。すると、微生物が誕生し、やがて別の生き物が生まれて……ここからはあなた達が習ったのと同じことですね。小さな生き物がだんだんと変化を遂げ、現在の多種多様な生態系になっています。主はそれを、天からそっと見守って下さっているのです」




 大司教ケヴィンの説教は、人気だ。

 教王の次の位だから。話が分かりやすいから。優しいから。若くてハンサムだから……などなど。

 多忙を極めるケヴィンが説教台に立てるのは、せいぜい月に2度ほどだが、偶然にも大司教さまの説教を受けられたら、それは "当たり" とされている――特に女性信者の中で。


 集会を終えると、ケヴィンは、聖練書を抱えて礼拝堂の奥の階段を降りた。

 扉の鍵を開け、各教区へ飛べる魔方陣の中に入り、小さく詠唱する。

 行き先は、東大教会だ。




 トトン、と、ノックにもなっていないような適当なノックをし、執務室へ入る。

 「入りまーす」

 デスクに座って書類仕事をしていたウィント東大陸司教は、むっつりとした表情で顔を上げた。

「もう少しマシな挨拶があるだろ。せめて名前を名乗るとかさあ」

 ケヴィンは、えへへと笑いながら、接客用のローテーブルに腰かけた。

「悪いねー、急に押しかけて」

「どうせ悪いなんて思ってないだろ。ほら、資料集めといたよ」

 ウィントは、背後に並んだ棚から大きなファイルを取り出して、ローテーブルの上に置いた。


「前例ないよな、刑務所から慰問の依頼なんて」

「古株の教区司教にも聞いたけど、無かったらしい。逆に、服役者が奉仕活動しにくることはあったみたいだけど」

 ふーんと生返事をしながら、ファイルを手に取り、ぱらぱらとページをめくっていく。


「あーやだやだ。せっかく集めてもらってこう言うのもなんだけど、めんどくさいよね、資料読むのって」

 ウィントは、じとりと睨む。

「じゃあ読まなくていいから、見ながら聞け」

 ふあい、と言ってファイルを渡すと、ウィントはページをめくって、トンと指差した。

「ラーゴン刑務所。教区で言うと、東5の北東地域だから、ここから馬で15分かかんないね」

「話してほしい奴ってのは?」

「ラグディ・メイズ 24歳。強盗殺人罪。禁錮6年の刑でただいま2年目。模範囚、と」

 罪状や裁判記録などを流し読みして見るものの、文字の上で目が滑り、全く頭に入ってこない。

 顔を叩き、喝を入れて字を追う。


「お前、慰問に来てほしい理由は聞いてないのか?」

 ウィントが尋ねると、ケヴィンはふるふるとかぶりを振った。

「書簡には書いてなくてさ。何通もやりとりすんのもめんどいから、まーいっかって」

「良くないだろ」

「要は話せば良いだけなんだから。普段の告解と変わんねえって」

 ひひ、と軽く笑うと、ウィントはため息をついた。

「はあ…そういうとこ適当にして、後で痛い目見ても知らないからな」

「だいじょぶだいじょぶー」

 何故か楽しそうに笑うケヴィンを見て、ウィントは、思い切り眉間にしわを寄せた。

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