第4話 押し花のゆくえ

 呪いを解いて、2週間が過ぎたある日。

 ケヴィンは、警護隊の待機室を訪れ、声をかけた。

「フェイ、居る?」

「はい」

 書類を読んでいたフェイ警備隊長が、顔を上げた。

「あのさ、ちょっと付き合ってくんねえ?」

「はい、構いませんが」


 礼拝堂の奥の階段を降りる。

 扉のくぼみに短剣をはめれば、鍵の合わさる音がした。

「どちらへ?」

「東1」

 東第1教区――そこは、ふたりの故郷である。

 ケヴィンが魔法陣の中央に立つと、複雑な顔をしながら、フェイもその中へ入る。

 呪文を詠唱すると、ふたりは光の中へ消えた。




「うわー、久々に来たな」

 思わずのびをしたくなるほど、良い快晴だ。

「お前も滅多に来ないだろ?」

「そうですね」


 ふたりは同郷だと言っても、住んでいた町としては離れており、同郷だったこと自体、つい最近になって分かったばかりだ。


 関所に併設された厩舎から、馬を見繕う。

「2時間くらいで戻りまーす」

 詰所の警護隊員に挨拶をし、ふたりは馬に乗って移動し始めた。

「どちらへ?」

 風と蹄の音にかき消されないよう、やや大きめな声で会話をする。

「お前の村に行ってみようかと思って!」

 フェイは、目を丸くしてケヴィンを見る。

 彼の故郷であるネルデ村は、13年前に、魔物によって全滅させられている。

 よっていまは、おそらく更地になっているだろう――焼かれてから1度も帰っていないので、本人にもちゃんとは分からない。




 教区の端に位置する村は、関所から、馬で走って40分ほどかかった。

 最後の方は道が悪かったため、ケツが痛いだの何だの言いながら、なんとか "おそらくそこであったろう" 場所に着いた。


「荒れていますが、思ったよりは、です」

 枯れた地面に降り立ち、フェイは言った。

 無言のままあたりを見回した後、一点を見つめて、くっと目を細める。

「あの辺がお前んち?」

「ええ」

 短く返事をして、歩き出し、ぴたりと足を止める。

 少し残っている、家の土台らしきレンガや残骸から見るに、おそらく、そこが玄関だったのだろう。

 ケヴィンも隣に立って、ふたりで、素早く杯字を切った。




「教会だったところがどの辺か分かるか?」

 レンガに腰掛け物思いにふけっていたフェイに、そっと話しかける。

「そうですね……」

 腰を上げ、砂埃をひと払いし、干からびた池と思しきくぼみに沿って歩いた。

「おそらく、ここかと」

 立ち止まったそこには、何もなく、ひび割れた地面の隙間から雑草がちょびちょびと生えているだけだった。


「何でネルデ村に来たかったかというと、これ」

 袋から取り出したのは、手のひらに乗るほどの、小さな額縁だった。

「押し花。俺の手製。なかなか良くできてるだろ?」

 目を見開いたフェイは、それを受け取り、じっと見つめる。

「この間ちょっと助けた人たちが、山でハーブ園やっててさ。珍しい花があるかなーなんて考えてたら、そうだ、フェイの村に手向けよう! ってひらめいちゃったわけ」


 フェイは、押し花から目を離さないままで、黙っている。

「置いとくなり、埋めるなり、持って帰るなり。好きにしていーよ」

「……大司教…」

 ケヴィンの顔を見たまましばらく固まっていたが、やがてうつむいて、逡巡した。

「そうですね……」

 しばし考えたあと、ぽつりと言った。

「持って帰ります」

「分かった。じゃあその前に、鎮魂の祈祷、させてな」


 フェイは、その辺に落ちていた枝を数本拾ってきて、簡単にまとめ、額縁をその上にそっと置いた。

 ケヴィンは額縁の正面まで移動し、首からかけていたロザリオをその横に置いて、しゃがんだ。



「天にまします我らの父よ、その御心のままに、この地に揺蕩う村の記憶を、穏やかに、ここへ眠らせてください。……――失われた魂のそばに居られないフェイを、お赦しください」



 災厄を免れ残された者が抱くある種の罪悪感を、教会へ懺悔しにくる者は、少なくない。

 ケヴィンは、最初にフェイの過去を聞いた時、そのことが気がかりで仕方がなかった。


 ケヴィンは、ゆっくりと杯字を切り、深く祈った。

 後ろで手を組むフェイは、眉根を寄せ、咽び泣きそうになるのを、じっとこらえた。


 ケヴィンは、しゃがんだままくるりと向き直り、フェイと目線を合わせた。

「俺からのプレゼントは超ささやかだけど、主は全てを知っていらっしゃるよ」

「はい」

「だから、死ななくてよかったって、堂々と言ってもいいんだ」

「はい」

 ケヴィンは、軽く微笑んで、肩を叩いた。


「帰るか」

 よっ、と言って、立ち上がる。

「……本当に、ありがとうございました」

 フェイはケヴィンを仰ぎ見、眩しさに目を細める。

 ケヴィンの金の髪越しに透ける太陽光は、やたらに白く、さわさわともの寂しげに吹く風とあいまって、どこか非現実的な情景だった。




「この押し花、警護隊の待機室に飾らせていただいてもよろしいでしょうか」

「うん、いいよ。でも、俺が作ったって内緒にしといて」

「なぜ?」

 フェイが、不思議そうな顔をする。

「本来なら、大司教のお祈りは、皆同じようにしなきゃだからな。でも、フェイは特別。だから、それが処女作かつ遺作ってことで」

 そう言って、いたずらっ子のように笑う。

「わかりました」

 フェイはこくりと頷き、そして、小さく笑った。


<終>

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