ハーブ園の夫婦を救え!

第1話 コロッケ大好き!

 ケヴィンは、ルンルン気分で書類仕事にあたっていた。

 なぜならば、きょうは、教会横にある広場に、コロッケの移動販売が来る日だからだ。

 聖職者は質素倹約を基本とし、動物性のものは口にせず、ベジタリアン食を実践している。

 肉や魚は、もう15年近く食べていないので欲しくもないが、味の濃いものはたまに食べたくなる。

 それで楽しみにしているのがこのコロッケで、さくっと揚げたころもの中に、芋がずっしり入っている。


「大司教はまだ仕事が残っているでしょう。わたしが代わりに買ってきます」

 そう言って、ラスター補佐官が財布を持って部屋を出ていこうとするところを、慌てて腕を掴んで止めた。

「まてまてまてまて!! 月1の俺の楽しみを奪わないでくれ!」

「どうせ買うものは決まっているでしょう。"ゴールデンコロッケ" 以外は皆ミンチ肉が入っているのですから」

「そういうことじゃねえんだよ」

 ケヴィンはぐっと手を握り、遠くを見つめる。

「買いに行く、ということにロマンがあるんだ」

「はあ」

 呆れたため息をつき、黙って財布を渡す。

「あまり寄り道なさらないでくださいね。ここに積んであるのは全部、きょう締切ですから」




 外から、陽気なメロディーが聞こえてくる。コロッケ屋だ。

 すぐさま階段を駆け下り、勝手口から外へ出ると、カラフルな装飾を施された馬車の周りに、人だかりができていた。

 アコーディオン奏者を雇っているらしく、流行りの喜劇曲が流れている。

 ショーケースを指差しアレとコレとと買い物をする女性たちの周りで、曲に合わせて子供たちがはしゃいでいた。


「いらっしゃいませ、大司教さま」

「こんにちは。きょうもいつものを買いに参りました」

 ケヴィンが微笑むと、店主はニカッと歯を見せて笑った。

「実はきょう、新しい肉無しメニューの試作を持ってきてるんですよ。お代は要らないんで、食べてみてもらえませんかね?」

「へえ。どのような?」

「かぼちゃです」


 そう言って店主はささっと油紙に包み、それを手渡した。ケヴィンは興味深く眺めた後、ぱくりとかじりついた。

「……どうです?」

 しばらく咀嚼したあと、すっと目を細めて笑った。

「うん、おいしい」

「よかったです! しかし、ネーミングが決まらなくて。芋にゴールデンと付けちまってるもんですから、芋より黄色いかぼちゃになんて付けていいやら……」

 陽気に笑う店主としばし談笑し、丁寧に礼を言って、引き返そうとしたそのとき。


「大司教さま」


 横から声をかけられ、振り向くと、1組の母娘が立っていた。

「あの……大司教さま。無理を承知でお願いをしますが、私達に助言をいただけませんでしょうか」

 今にも泣き出しそうな子供に、心細そうに縮こまった母。

 何か事情がありそうだと言うことは一目見て分かった。

「かまいませんよ。ここではなんですから、少し静かなところへ参りましょうか」

 ケヴィンはにこやかに微笑んだ。


 人通りの少ないベンチに子供を座らせ、母親に、何が困りごとかと尋ねた。

「実は、うちの主人の病が、一向に治らないのです」

 聞けばその家族は、聖大教会から、馬車で1時間のところに住んでいるのだという。

「夫婦でハーブの栽培と販売を商いにしておりまして、主人も特に健康に問題なく過ごしていたのですが……先日、近くの山へ行って帰ってきてから、様子がおかしいのです」


 日に日に弱っていく夫を心配に思い、医者に見せたり近所の神父に祈祷してもらったりしたが、治らない……と、弱々しく話した。


「収入が減りましたので、医者代も祈祷料も残りわずかになってしまいました。それで、どなたか徳の高い神父さまにアドバイスを頂こうと思って、なけなしのお金で馬車に乗って参りました。まさか大司教さまをお見かけするとは思いませんでしたが、これは是非助言をいただかなければ……と。不躾で申し訳ありません」


 深々と頭を下げる母親をなだめ、微笑んだ。

「不躾だなんてとんでもないですよ。ここでわたし達をめぐり合わせてくださったのは、きっと神の思し召しだと思います」


 キョロキョロと見回すと、5メートルほど先に、修道士が歩いているのが見えた。

 目が合ったので、ちょいちょいと手招きし、耳打ちする。

『ちょっと悪いんだけど、ラスターに謝ってきてくれない? 用ができたから出かけるって。晩餐までには帰る予定。大変心苦しそうにしてたって言っといて』

 修道士は黙って頷き、執務室へ走っていった。


 そして今度は子供の目線まで屈んで、頭を撫でる。

「わたしが今から、お父さんの病気を診に行きましょう。大丈夫、泣かないでね」

 子供は、泣かないでと言われて、さらにぶわりと涙をためた。

 母親は、目を大きく見開いて驚いている。

「でも、大司教さまの……そんな高額な祈祷料は払えなくて」


 ケヴィンは、口元に人差し指を当てて、シッというポーズをした。

「祈祷料はいただきませんよ。なぜかというと、今回は多分、あなたのご主人を診ることで、わたしが得をするからです」

 訳が分からず困る母親に、二度三度頷いてみせる。

「お住まいを教えてください。わたしは準備がありますので、後から馬で行きます。先に馬車で帰っていてくださいね」

「ありがとうございます……!」

 母親は、深々と頭を下げた。

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