第3話 君のひみつ

 その後は特に混乱もなく、無事、催事は終了した。

 うまくいったよとエイザに礼を言い、写真を撮り忘れたことをコポに咎められ、厳かな晩餐で糧に感謝し、温かい湯で身を清め……

 そしていまケヴィンは、執務室のデスクで、3枚の始末書とにらめっこしている。




 まるいち。ハースナー西大陸司教より。

 重要かつ不特定多数の人々が集まる催事の前に、結界の魔法力残量の確認に不備があった。その結果、霊樹に傷をつける事態になった。


 まるに。ラスター警備隊長より。

 同日に西教区内で2件の警備人員増強が必要になり、聖大教会から応援を手配したものの、配置ミスがあった。その結果、霊樹に傷をつける事態になった。


 まるさん。フェイ近衛隊長より。

 臨時任務で大司教警護の要請を受けたにもかかわらず、技量不足だった。その結果、霊樹に傷をつけ、大司教に怪我を負わせる事態になった。




「はあ。別にこんなん要らねえのに」

 ハースナーはその場で速攻飛んできて平謝りされたし、ラスターは帰るなり土下座された。

 フェイに至ってはもう、こちらがいたたまれなくなるくらい謝罪に次ぐ謝罪で、頭が痛くなるくらい堅苦しい言葉で謝られた。

 もういい、みんな十分だ。こんなものをもらっても、返事を書く手間が増えるのと、俺の睡眠時間が減るだけだ。


 ……と嘆いていたところで、扉がノックされた。

「どうぞー」

 入ってきたのは、フェイである。

「大司教、先程は――」

「もういいってば、もうやめよ。飽きた」

 思わず目を丸くするフェイを見て、ケヴィンはけらけら笑った。

「お前、そんな顔するんだ」

「いえ……その、」

 ケヴィンは立ち上がり、接客用のローテーブルに移動した。フェイにも、そこに座るよう促す。


「んまあ、飽きたはねえな。あはは。とりあえず聞きましょうか」

 フェイは、沈痛な面持ちで、ぽつりぽつりと話し始めた。


「重ね重ねになりますが、本当に申し訳ありませんでした。……私はきょう…雑魚の魔物からひと1人守れないのだと気付いて、つくづく自分が嫌になりました。もしかしたら、切り傷くらいで大げさな、などと思われたかも知れませんが、私にとってこれは、汚点などとは言えないほど、悔いても悔いきれない出来事です」

「……ふうん」


 うつむいていたフェイが、目線だけを上げる。切れ長の目が、ケヴィンを捉えた。


「私は、大司教とはさほどお話ししたこともありませんが、私にとっては大切な人です。主がめぐり合わせたもうたご縁、これを無碍にしてはいけないと思いますし……何より、同郷だということが分かり、何故だかほっとしたのです」


 そう言って、泣くのだか笑うのだか分からない表情をした。


「故郷にご家族は?」

「みな死にました」

 ケヴィンは少し黙った後、目を伏せて小さく杯字を切った。


「13年前に、丸ごと魔物に焼かれた村があるのを、ご存知ありませんか?」

 ケヴィンは、記憶をたどる。

「ああ、分かった。東1の北東にあった、ネルデ村か」

「そうです」

「文献で読んだだけだけど、あっと言う間だったって。生き残った人間がいるとは知らなかった」

「……神学校の寮にいたものですから」


 ケヴィンは相当驚いた。


「あれ、お前、学校も同じだったのか」

「私は剣術科でしたので、神学科の知り合いは1人もおりませんでしたが。というか、友達がおりませんでした」


 眉間を寄せて切なげに語るフェイを見て、ケヴィンは、ひとつの確信に至った。

 いつものこいつの澄ました顔は、澄ましているのではなく、人との距離感を測れないでいたのだと。


「もう居ない兄と、居たこともない友を、あなたに重ねてしまった。そして、守りきれなかったことを悔いました。何が近衛隊長だ、と」


 ケヴィンはしばし考えた後、尋ねた。

「で。何か言いに来たんだろ?」

 フェイは少しだけ言いよどんで、重々しく口を開いた。


「先ほど、アズウェル修道司教に、人事異動の希望を出してまいりました。本来でしたら、大司教に先に提出すべきところですが、恐らく止められると思いましたので」

「隊長辞めんの?」

「……ええ。書類にはそのようにしたためました」

「アズウェルはなんて?」

「大司教抜きの、教王猊下と東西大陸司教で決めるとおっしゃっていました」

「はあ? あんの赤髪七三野郎……」

 ギリギリと奥歯を噛んでみたが、特に何か解決するわけでもないので、すぐにやめた。


「まあいいや、話は分かったよ」

「ご理解いただきありがとうございます」

 そう言ってフェイは立ち上がったが、ケヴィンは座ったままこう言った。

「でもまー、とりあえず俺は、もしあいつらがお前のこと平隊員に戻すっつったら断固反対するから。あと、俺はお前と友達でもいいよ」

「……!」

 フェイは一瞬固まったが、すぐに表情を無にして、簡単な挨拶とともに部屋を去っていった。




 ケヴィンは、電話を手に取った。台の真ん中にある乳白色の石に手をかざし、小さく詠唱する。

 ほどなくして、電話が繋がった。相手はアズウェルだ。


「おーい。お前、フェイのこと。どういうつもりだよー」

「あれ、もう聞いたの。早いね」

 ひょうひょうと答えるアズウェルに、若干苛立つ。

「本人が来たんだよ。辞表だろ? 叩き返しちまえばよかったのに」

「いやあ、そんなこと言ったって。中身を精査もせず返すわけにもいかないでしょう」

 ケヴィンは軽く舌打ちをする。


「あーくそ。お前まさか、平隊員に戻す気じゃねえだろうな?」

「まさか」

「じゃあやっぱり叩き返せばよかっただろ」

「それとこれとは話が違います」


 これだからクソ真面目は……と、悪態をつきかけたところで、アズウェルは穏やかに言った。


「君も本人も納得がいくように、うまいこと調整中だから。ちょっと待ってて」

「……あーもう、俺抜きでやる意味はなんなんだよー」

「あしたになれば分かるよ。というか、ハースナーとウィントにはOK取れてるから、あとは猊下に許可を頂くだけだからね。夕刻までには通達が行くようにするよ。では、良い夢見を」

「あ、ちょっとまて!!」

 通話が切れた。話が出来上がっているとはこれ如何に。


「あーちくしょー。眠れねーじゃねえかよ」

 仕方がないので、聖練書を読みながら眠気が来るのを待つことにした。

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