第2話 お菓子を配るよ

 フェイを伴って西大教会へ飛んだのが、朝の7:00。

 開始時刻に向けて、各ブースが着々と準備を進めていた。


「ほう、気合が入っているじゃないか。ありがたいな」

 催事の主催者であるハースナー西大陸司教が、ケヴィンの全身をしげしげと眺め、渋みのある声で言った。

「毎度エイザの力作はすごいけど、今回は特に、完成度高いよな」

「その花かごの中も作り物か?」

「うん。本物みたいだろ」

 つい先ほどまでゴネていたとは言えない。


「きょうはお前がケヴィンの警護だそうだな。特にやることも無いと思うが、1日頼む」

「お任せください」

 フェイは、表情一つ変えずに、ぺこりと一礼した。




 催事が始まった。

 早速、神父体験コーナーには子供の行列ができたが、参拝者役として入れる大人の列も、凄まじかった。


「どうやら大司教さまがいるらしいよ!」

「え! 見に行かなくちゃ!」

 普段は、体験している子供の親くらいしか座ってない席が、満員御礼だ。


 子供も少し緊張気味に、台本を読み上げていく。

「よくできました。また来てくださいね、はいどうぞ」

 ケヴィンが、子供の背丈に目線を合わせるように屈んで、菓子を渡す。


 目をキラキラ輝かせてお礼を言う子供……ではなくケヴィンへ熱視線を送るのは、詰め掛けた女性たちだ。


 身長179センチ。抜群のスタイルですらりと伸びた足の、ただくるぶしが見えるというそれだけで、いつもと違ってセクシーなのは何故だろう。


 その女性たちを、礼拝堂の入り口に立って睨みつけているのが、フェイだ――実際は睨みつけているのではなく、切れ長の目をしているだけなのだが。

 グレーの詰襟の兵隊服を着て、ただただ真っ直ぐ立っている。


 実は、女性たちの視線は、チラチラとこちらの人物にも向いていたりする。

『あの彼も、ハンサムね。なんだか色っぽくていいじゃない』

『グレーの服の警護は見たことがないわ。ここの人じゃないのかも』

 ヒソヒソと話す女性たちの声は届いていないが、人の気配や視線に敏感なフェイは、もちろん気づいている。


「一旦休憩だってさ」

 ケヴィンが声をかけると、フェイは小さく頭を下げた。

「気分転換に少し外へ出よーぜ」

「そうですね」

 努めてナチュラルを装ったケヴィンは、菓子のストックをバケツに補充して、外へ出た。




「大司教さまー! お菓子ください!」

「はいはい、どうぞ」

「わーい! ありがとうございます!」

 時折子供に囲まれながら、人混みの中を進んでいく。


「フェイは催事は初めてか?」

「そうですね。聖大教会の催事では、教王護衛が強化されますので、1歩も外へ出られません。ですが、子供の頃に1度行ったことがありましたよ」

「へえ。お前、どこ出身なの?」

「東第1教区です」

「え! マジで!?」

「……驚かれることですか?」


 フェイが首をかしげると、ケヴィンはニコニコと笑って言った。


「いや、同郷だよ。俺も東1で、北西の港町出身なんだわ」

「それはそれは」


 フェイも少しだけ驚いた表情をした。


「お前いくつだっけ?」

「29です。大司教と同い年かと」

「へー! なら、そんな堅苦しい話し方しなくてもいいよ」

「いえ、そういうわけには。立場がありますので」


 きっぱり言い切って、かぶりを振る。


「ふーん、真面目だなあ。近衛隊長なんて、もう上り詰めたようなモンなのに。タメ口叩くくらい、なあ?」

「その理論で言うと、ラスター隊長もそうなりますね。たしか彼はもう少し上だったような」

「あ、そうそう。ラスターな、あいつは31だよ。年上だしお偉いさんなんだから、敬語なんてやめろよって言ってみたんだけど『敬語でいる方が注意をしやすいのですよ』とか言ってさ」


 完成度の低いモノマネをしていた、その時――


「熊だー!!」


 ケヴィンはばっと振り向き、フェイはとっさにレイピアに手をかけた。

 目で追うと、墓地の近くの柵が壊されて、目を赤く光らせたグリズリーが、仁王立ちしている。

「霊樹がやべえ!」

 ケヴィンが駆け出したその後ろから、フェイが疾風のごとく追い抜く。

 その勢いのまま、レイピアを振り抜き、墓地の中へ。

 グリズリーの姿を瞬時に捉え、体重をかけてその腹を突いた。

 咆哮がとどろく中、フェイは2撃目を心臓に向けて突き立てる。


「グォアアアアア!!!」


 グリズリーはそこで絶命した。

 しかし倒れた拍子に、その爪が、追いついたケヴィンと霊樹に当たった。


「……ッ」

 ケヴィンは怪我に構わず、グリズリーに手をかざす。

 白い飛沫となって、亡骸は霧散した。

 続けて自身に回復呪文を施すと、真一文字に切れた頬の傷も、すぐさま塞がった。


「申し訳ありませんっ、霊樹にも傷が…!」

 金の鎖がかけられた大木を見ると、10センチほど、苔が裂け、樹の表皮が削れていた。

「ん、このくらいなら問題ない」


 ケヴィンは短剣を取り出し、はめ込まれた黒の魔法石をひと撫でし、右手に魔力を溜めた。

 削れた部分に手を当て、長い呪文を詠唱する。

 すると、表皮がむくむくと再生し、苔がそこを覆った。


「はい、元通り」

 ケヴィンは、パンパンとパンツの埃を払いながら、汚しちまってエイザに悪いなー、等と独り言を言った。

 フェイはレイピアを一振りし、グリズリーの血を払って、鞘に収めた。


「2発で仕留めるなんてさすがだなー。あ、霊樹のことは気にすんなよ、戻ったんだから」


 その後ケヴィンは、信者が引っ張ってきた警護隊に軽く事情説明していたが、その横でフェイは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

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