第3話 2通の書簡

 そして、西大教会。礼拝堂を上がると、お目当ての本人にぶつかった。


「っと! あれ、ハースナーじゃねえか!」

 ぶつかってもびくともしない大男のハースナー西大陸司教は、両眉をひょいと上げてケヴィンを見下ろしている。

「お前に用があってきたんだけど」

「ほう、偶然だな。俺もお前に用がある」

「ふーん」

 どうせ、お互い用件は同じだ。

「どこならゆっくり話せる?」

「きょうこちらは催事の準備で忙しい。聖大教会で話そう」

「了解」

 というわけで、魔法陣に乗り、再びケヴィンの執務室に戻ってきた。




「俺、どうしたらいいか分かんねえよー」

「まあ、やりにくいだろうな。そう思って助言に来たんだが」

「ありがたやハースナーさま。ウィントなんてひでーの。概要聞きに行ったのに、帰れとか言われてさ」

 口をとがらせでぶーぶー言うと、ハースナーは軽く笑って言った。

「あいつは合理主義だからな。口頭より書面にまとめて渡した方が、手間にもならんし正確だということだろう」


 はあ、とわざと大きなため息をついて言う。

「腐敗の50代問題、解決したんじゃなかったのかよ」

「人はそんなにすぐに変わらんということか」


 腐敗の50代問題というのは、数年前、教会内の権力やら金やらが不透明になったときのことだ。

 主に関わっていたのが50代の教区司教達だったため、そのような名前がついたが、現在は一掃されて解決した……はずだったのだ。


「組織は浄化できても、個人の生活まで統制するのは難しい」

 ハースナーは腕組みをする。

「まあ、起きちまったことはどうしようもないし、とりあえず処分をどうするかだよ。ウィントはノータッチ」

「直属の上司との話し合いで処分を決めるのは、まずいからな」


 ケヴィンは、金色の長い前髪をぐしゃぐしゃと混ぜ、頭を抱える。


「とりあえず辞めさせるのは当たり前なんだけど、俺としては、聖職者じゃなくなればもう関係なくね?ってスタンスで、それ以上罰するつもりねえんだけど」

「一般人として娘と仲良く暮らしてください、さようなら。ってことだな?」

「うん、そうだね」

 これは、コポから第一報を受けた時から、特に変わっていない考えだ。


「ハースナー的には、どう思う? 前例見てきただろ」

 ハースナーは、前例主義は良くないと思うが、と前置きした上で言った。

「ターベルと似たような感じで、1回きりの女に金やら政治やらが絡んだ教区司教がいたが、聖職を解いたうえで多額の罰金を課して、ほぼ無一文になったぞ」

「うえ、結構エグいんだな」

「その時の上層面子が結構タカ派だったのもあるな」

 ケヴィンは考え込む。

「でもそれ、罰金巻き上げたのも、腐った時代の連中だろ? どさくさに紛れて金が欲しかったんじゃねーの?」

「まあそうだろう」


 ケヴィンは、頭の後ろに手を組んで、天井を仰いだ。

「明確な罰則つくらねえとかなあ。個人的には、もうちと生産的かつ教義に合ったもんにしたいなあ」

「生産……か。奉仕活動でも織り込んだらどうだ」

 ひょっこり正面に向きなおり、膝を打つ。

「そりゃ名案だな。一般人に戻った上で、奉仕活動」


 その時、ノックの音が聞こえた。扉の向こうから、コポの声。

「お話し中のところ失礼します。2通、書簡を預かっております。お届けしてもよろしいでしょうか」

「うん、いいよー。入って」

 失礼します、と一礼して、ケヴィンに手渡した。

「返事は処分の結果でいいとのことです」

「了解、ありがとな」

 コポが部屋から出て行ったのを見届けた後、書簡の差出人を見る。

 ひとつはウィント。おそらく先ほどの顛末書だろう。

 もうひとつは、アズウェル修道司教からだった。

「アズウェルから来てる」

 手早く封を開け、中身を開いてみた。



――ケヴィンへ


ターベルの件。

私としては君の判断で構わないが、決めかねているとウィントから聞いたので、一筆書くことにする。

修道司教という立場からすると、教義に反した者は、即刻解任、いますぐにでもしてもらいたい。

そして、一度人の上に立った者を咎めなしに一般人に戻すのも、私は反対だ。

他の聖職者へ、ある程度の抑止力になるようなインパクトのあるものを考えて欲しい。

ただし、(当たり前だが)島流しや拷問など、明らかなる罰を与えるものは、神の代わりに裁く行為なので、それはそれで教義違反であることをお忘れなく。


アズウェル



「やっぱ、アズウェルは教義に忠実だな」

「何を。それが修道司教というものだろうが」


 アズウェル修道司教は、特殊な立場だ。

 教区司教が、場所を区分する役職であるのに対し、修道司教は、教義の維持や聖職者の風紀といったものを取り扱っている。

 なので今回のケースは、本来であれば、ハースナーではなくアズウェルと話し合うべき内容である。


「ほんとは俺、この後アズウェルんとこ行こうと思ってたんだよ。考えまとめてから行こうかなって」

 まさか、一任されるとは思わなかった。

「ウィントからの顛末書も開いてみろ」

「ああ、そうだそうだ」



――ターベル教区司教の問題行動に関する報告書


白月暦864年 12月4日

匿名の投書により、本案件が浮上。

本人に確認したところ、事実と判明し、ただいま修道院にて謹慎中。


<概要>

12月1日、キース領主 分家の首長と会食。

麦酒を飲んだうえ、同席した長女(22)を自宅へ呼び、性行為。

その場にいたのは、首長、長女、本人のみなので、投書は店員や近隣住人など、第三者の目撃者と思われる。


<以下、本人の証言>

会食開始時は長女は外出の為不在だったが、帰宅後会食に参加。ターベル教区司教の隣の席に座る。

女性が酌をしたり軽く体を触るなどしてきて、打ち解けた。

女性は同席した時点で既に酒に酔っており、自分も麦種4杯を飲んでいた為、雰囲気が出来上がってしまった。

領主は「仲良くしてやってください」と言い、先に帰宅した。


<本件に関する、東大陸司教としての見解>

結論としては、聖職解除及び何らかの罰則が適切だと考える。

・女性との性行為

・ぶどう酒以外の飲酒

と、2つの重大な教義違反があり、悪質である。


以上。



「なんだこれ、ありえねえ」

 先ほどまで軽口を叩いていたケヴィンも、表情が険しくなる。

「酒もか、話にならん」

 ハースナーは額に手を置き目を閉じた。

「アズウェルが任せるって言った意味が分かった。誰がどう決めても、解任だけじゃ済まなねーやこれ」

「神への冒涜だ、許せん」


 杯を最も重要な象徴としているゴブレット教に於いて、ぶどう酒以外の飲酒というのは、信仰そのものへ背いたことになる。

 魔が差して女性と……というのとは、比にならないほどの重罪だ。


「にしても、いまもうアズウェルのとこで謹慎中なんだな。身柄があっちにあるんなら話は簡単だ」

「どうする?」

「全教会出禁で」

 要するに、ゴブレット教からの追放だ。

「俺この後、ちょっと頭冷やしてから教王猊下へ報告に行ってくるわ」

「そうか」

「催事準備で忙しいとこ、ありがとな」

「当日、菓子配りの手伝いにでも来い」

 へへへ、と適当に笑い、ハースナーを見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます