第3話 説き伏せてはならない

「ごめんくださーい」

 引き戸を開け、短い廊下に足を踏み入れると、15歩先には観音開きの扉があった。

 左手に受付と思しき小窓があったが、声をかけても誰も居ない。

 仕方がないのでそのまま、扉を開ける。慎ましやかながら美しく手入れされた礼拝堂が、目に飛び込んできた。

 室内にはパイプオルガンの音が響いており、祭壇の横で、シスターが弾いている。


「おじゃましまーす。あのー」

 ケヴィンが寄っていくと、シスターは振り返り――文字通り飛び跳ねるように驚いた。

「!? だ、大司教さまですよね!?」

「お、よく分かったね。こんにちは、お勤めご苦労様」

 ケヴィンがにっこり笑うと、シスターは、卒倒しそうな勢いで後ろに仰け反り、慌てて礼をした。


「お会いできて光栄です。しかし、このような田舎の教会へ大司教さまがいらっしゃるとは……やはり異教徒の件で?」

「そうそう。顛末は神父から聞いた?」

「はい。追い払ったりせず、紙は剥がすか警察へと伺っております」

「それでオーケー」


 後ろに手を組み、天井画を見物しながら答えた。

「いやー、綺麗にしてるね。古いだろうに……うちの修道士にも見せてやりたいや」

「いえいえ、もったいないお言葉です」

 シスターは、謙遜しつつ、ふと時計を見た。

「あ、神父さまがそろそろお帰りになる頃ですので、出迎えて参ります。申し訳ありませんが、少しそちらでお掛けになっていて下さい」

「はーい」


 程なくして、スリッパをひっかけたかどうかという格好で慌てた神父が、礼拝堂に入ってきた。

「これはこれは大司教さま! 昨日はどうも、お時間を割いていただきありがとうございました」

 やたらにぺこぺこする神父を、まあまあとなだめ、早々に本題に入った。


「あのさ、今晩急に集会やるとか可能?」

 神父は一瞬驚いたが、すぐに答えた。


「はい、可能ですよ。会議でもお話ししたように主婦層が堅いですから、何人かにお願いをすればすぐに広まるでしょう。何せ、大司教さま自らお出ましとなると……町のほとんどの人間は、一生、聖大教会へは行けないでしょうからね。一目見たいと殺到するでしょう」


 この礼拝堂だけで入りきるかどうか、と困った顔で笑う神父を見て、無理なんだろうと判断した。


「じゃあ、礼拝堂はやめて、広場にしようか。さっき通ったんだけど、あそこ公共の場所だよね? いまから警察に届け出ていけるかなあ」

「大司教さまがいらしてると言えば、絶対大丈夫です。警備も厳重にお願いしましょう」

「うちからも警護隊長を連れてきてるから、うまく連携するように言ってくれる?」

「かしこまりました」




 その後は、準備の段階から既に祭りだった。

 主婦や娘たちは、絶世の美男子ケヴィン大司教のお出ましとあって、めかしこむのに忙しい。

 男たちは、教会内の祭壇やら何やら、儀式に必要なものを運び出し、設営。

 拝む老人、はしゃいで走り回る子供……


 その頃ケヴィン本人は、礼拝堂の長椅子に腰掛け、静かに目を瞑り、街灯に貼ってあった犬の絵を思い出していた。


 世界の宗教はいくつかの種類に分けられる。

 可視化できない神を崇拝するもの。

 教祖を崇拝するもの。

 オブジェや像などを崇拝するもの。

 そこかしこに神が宿っているとするもの……などなど。

 

「珍しいなあ、犬。偶像崇拝に近いのか、でもあの絵はただの象徴で、神は概念ってだけの可能性もあるしな」

 ぶつぶつと呟きながら、何を説こうかと考える。

 広場で集会をすることにしたのは、単に人数が入りきらないからだけではない。

 その異教徒たちもきっと見にくるだろうと踏み、信仰の強さを見せ、故郷へ帰ってもらおうという算段である。

「暴動になったらどうしよー……」

 自棄になって暴れ出す可能性もある。

 念のため結界でも張っておくかと、外へ出た。


「うわあ、大司教さまだ」

「オーラが違うよ、オーラが」

 ケヴィンが外へ出ると、場は色めき立った。

 ふわりと揺れるケープが、人々に神聖な印象を色濃くしていく。

 加えて、真顔で杯字を切っていく様子は、息を飲む美しさだ。


「あの、大司教さま!」

 子供が駆け寄るのを、中年の女性が止めた。

「だめよ! いまお祈りの途中なんだから、あっち行ってなさい」

「えー」

「かまいませんよ」

 駄々をこねる子供に寄り添い、女性を見上げてにこりと笑った。

「きょうは、わたしの話を聞きにきてくれるのかな?」

「はい!」

「それは嬉しいな。日曜日の礼拝にはよく来るのですか?」

「たまにサボっちゃうけど……でもお母さんに連れてきてもらいます」

 照れたように言う子供の頭を、優しく撫でる。

「教会はいつでも開いていますから、日曜日でなくても、お祈りしたいときは来てくださいね」

「はい!」


 ケヴィンがふわりと笑うと、子供はお辞儀をして、母親の元に走っていった。母親をはじめ、周りにいた大人は、その場で動けずに見惚れていた。

「引き続き、結界を張らせてくださいね」

 ケヴィンは微笑み、また真顔で、小さく詠唱を始めた。


 ラスターは遠くからそれを、腕組みをして笑顔で眺める。

 ケヴィンはめんどくさがりだが、神と信者に対しては、一切の妥協なく、真摯だ。

 ともすれば「二面性がある」などと言われてしまいそうなほどのギャップだが、常に間近で見ているラスターからすれば、どちらも自然体で等身大の大司教である。




「それでは、集会を始めます」

 神父の一声で、皆が一斉に手を組み、目を閉じる。やがて皆が目を開くと、ケヴィンはよく通る声で言った。

「みなさん、急な声かけにも関わらず、お越しいただいてありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀して、聖練書を開く。


「ヤンバードルへは初めて来ましたが、良いところですね。先ほど伺ったところによると、ぶどう酒の栽培が盛んだとか。杯を信じるわたし達にとっては、欠かせない恵みの土地だと感じました」


 にこりと微笑みながら改めて見下ろしてみると、見えている限りでも、ざっと100人は超えているだろう。


「本日わたしがここへ参りましたのは、普段皆さんに教えを説いてくださっている、神父さまと交流する機会を頂いたからです」


 さらさらと話しながら見てみるものの、やはり明らかに怪しいという人物はいない。

 田舎町なら知らない人間がいたら目立つのでは……と考えていたが、港から大きな街への通り道なので、案外部外者も多いらしい。

 観衆の挙動に気をつけながら、説教を続けていく。


「……――ところで皆さんは、誰かが困っていて助けたいとき、どうしますか? その方がもしも、ゴブレット教のことを知らないとしたら、どのようにして助けるでしょうか」


 皆、真剣な眼差しでケヴィンを見つめている。親の袖を引っ張って、何やら質問をしている子供もいた。


「わたしたちの神は、この信仰を他人に押し付けることを、良くないこととしています。特に、困っている人に対して『神に祈るといいよ』と伝えるのは、してはいけません。何故かというと、人の弱みにつけこんで教えを広めることは、その人の幸せに繋がらないからです」


 観衆から「へえ」とか「ほう」とか、興味深そうな声が聞こえてくる。


「では、どのようにしてその友人を助けるかというと、あなたは、ひたすら神にお祈りをしてください。友人が、自ら、ゴブレット教を求めてきますように……と。そしてその為には、あなた達がたくさん教会へ足を運ぶこと。人に話すのは、『今度教会へ行こうよ』ではありません。『僕はいつも教会へ行ってるんだ!』と、堂々と話すことで、その方のゴブレット教への関心が広がります。あとは神のお導きがあれば、自然とその方はこちらへやってきてくれるのです」


 なるほど、そうか、と言った声が、そこかしこから聞こえる。

 そして、最後の一押しに、こう言った。


「神は、わたし達が想像できないくらい、わたし達のことを見て下さっています。この土地の皆さんが、手を取り合って信仰に励んでいれば、必要なものは入ってきますし、不要なものは浄化されます。自然とです。わたしも皆さんと一緒に、ヤンバードルの平和を祈らせてください」


 これでおそらく、宣教者は帰っていくだろう、と思った。

 観衆の目は生き生きとしていて、明日からは、異教徒など門前払いだろうと思う。

 聖練書を閉じ、ロザリオを掲げ杯字を切ると、割れんばかりの拍手が起きた。

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