第2話 西第2教区へ

「失礼します」

 執務室に入った警護隊長のラスターは、いたく感銘を受けた。


 いつもは顔の半分ほどまで積み上がったデスク上の書類が、1/3の高さまで減っている。

 心なしかスペースも空き、そして何よりも、ケヴィンが黙々と仕事をしている。


「あー、呼んどいてごめんなんだけど、ちょっと座って待ってて」

「とんでもないです」

 顔も上げずペンを走らせ続けるケヴィンのつむじを見つめながら、きょうは槍でも降るのだろうかと思う。


「っし、と。いっちょあがりー」

 背もたれに大きく伸びをし、立ち上がると、ラスターと目を合わせてにっこりした。

「ちょっとさあ、西6に行こうと思ってるんだけど、いつなら空いてる?」


 ラスターは、唐突な質問に面食らったが、気を取り直して、ポケットに入れたスケジュール帳を繰る。


「あしたは、どうとでも組み直せます」

「じゃあ、午後」

「視察ですか?」

 ケヴィンは紙の束の端をトントンと揃えながら言った。


「さっきの会議がさ、あの辺に異教徒がウロウロしてて困るって話で。まー雑に言っちゃうと放っておけっていう結論なんだけど、一応自分でも見ておきたいなあっていう」

「なるほど」

「別に俺ひとりで良いっちゃあ良いんだけど、道草食ってるだとかコポに疑われても嫌だしな」

 コポとは、ケヴィンの身の回りの世話を焼く見習い修道士で、なにかと母親のように目を光らせている。


「……警護と言うよりは、監視という認識でよろしいですか?」

「そうだね」

 あははと笑うケヴィンを見てラスターは、警護隊長の名にかけて、何としてでも買い食いを止めねばと思った。




 礼拝堂の奥の階段を降りると、重々しい扉がある。

 そしてこの先は、他の教区へ飛べる魔法陣になっている。

 短剣を取り出し、扉のくぼみにはめると、ガチャリと鍵が合わさる音がして、扉が開いた。

 青白い魔法陣が渦巻いている。

「ラスターはここ」

「はい」

 ラスターを魔法陣の中に入れ、長い詠唱をする。程なくして円形の光は、2人を飲み込んでいった。




 大した魔物も出ず、30分ほど田園風景を走ったところで、丘が見えた。頂上へ上ってみると町が一望できる。

 ぐるりと見回してみると、光る杯字があった。

「教会みーっけ」

「大司教、目がいいんですね。私にはさっぱり……」


 ゴブレット教のモチーフである「杯字」は、その名の通り、ワイングラスを基にした形だ。

 Uの字に横棒を1本貫いて、ぶどう酒が注がれた様子を表現し、さらに縦に一本全体を貫き、最後に下部を小さな横棒で留めて、脚と台座部分を表す。

 教会の屋根やロザリオに使われたり、お祈りや食事の前などに胸の前で切ったりと、生活に密接に関わっている。


「うーん、直線距離だと10分くらいだけど……町の中をゆっくり見たいから、少し回り道していくか」

「そうしましょう」




『ヤンバードル →』


 看板の先には、石畳が続いていた。どうやら、ここからが町らしい。

 馬を降りて、手綱を引きながら教会を目指す。

「のどかですね」

「んー、良いとこだ」

 思わずあくびが出そうになるのを、無理くりかみ殺して先へ進む。


「あ、犬ってこれでしょうか?」

 ラスターが指差した先には、筆で、2匹の犬が立って向かい合っているような図柄を描いた紙が貼ってあった。

 その下には、『世の真は、二対の獣神にのみ与えられる』とある。

「ほー、2対で1つの神なのね。ふしぎな教えだ」

 独り言をつぶやきながら、教会を目指す。

「怪しい人物は居ませんね」

「ぱっと見に怪しくはないだろー。誰も寄ってこねえじゃん」

 ケヴィンが笑うと、ラスターも、確かにと言って少し笑った。

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