異教徒の噂

第1話 では、会議はじめまーす

 ケヴィンがこの世に生を受けた時、その姿を見た誰もが、天使の生まれ変わりが舞い降りてきたと言った。

 聖歌隊に選ばれた時は、透き通る歌声に、腹の病気が治ったという者まで現れた。


 そしていま、かの人物は、天井画から抜き出てきたような、誰もが褒め称える眉目秀麗な姿に成長し――29歳の若き大司教となった。


 ただし、非常に面倒くさがりな性格の持ち主として。




「では、会議はじめまーす」


 締まりのない第一声で、会議が始まった。

 

 きょうの会議は、珍しいメンツだ。

 大陸を東西に分けたうちの、西大陸司教。

 西第6教区をとりまとめる、教区司教。

 その地域に属する神父が3名。

 計6名が、長テーブルに向かって、難しい顔をしている。


 西大陸司教のハースナーが、渋みのある低い声で、重々しく口火を切った。


「急な召集ですまない。実は最近、西第6教区の端で、異教徒が宣教活動をしていることが、一部神父のあいだで問題になっている」

「異教徒、っつうと?」

「実際に勧誘を受けた信者によると、2体の犬のようなものを祀っているようだ」

「ほー、二神教? そりゃ珍しいね」

 ケヴィンはペンをくるくると回し、手帳に走り書きをした。

「実害もいくつか出ており……それは教区司教から説明させよう」


 名指しされた教区司教が、メモを見ながら言う。


「第6教区の南西地域で、20人ほどの異教徒が、ランダムに宣教活動をしております。特に主婦層にアプローチして、口コミで広げていこうとしているようですが、幸い南西地域の主婦は信仰心が堅いので、広がり自体はあまりうまくいっていないようです」


「ふうーん。じゃあ、何が問題なの?」


「風紀の乱れと、子供のトラブルですね。異教徒があちこちに犬の貼り紙をするものですから、地域全体で、何と言いますか……サブリミナルとまでは言いませんが、刷り込みのような感じで、異教の雰囲気があちこちで感じられるようになりました」


 ケヴィンは、頬杖をつきながら、さらさらとペンを走らせている。


「神父的にはどう? 子供って?」

 3人の神父が顔を見合わせ、最年長の神父が発言した。


「子供に犬の形のおもちゃを配っているのが、いちばんの困りごとです。家庭に持ち帰った場合は親が捨てていると思いますが、持って帰ってくるたびに子供に説明をするのも骨が折れるし、取り締まるなりなんなりできないのか……というのが、今回一番多い要望ですね」


 ケヴィンは、ふうーんと言ってため息をついた。

「で、みんなどうしたいの? その異教徒を説き伏せるなり廃除するなりしたい?」

 皆、首をひねって黙った。

「とりあえずさ、シンプルに原点に戻ろうか。みんな、聖練書出して」

 ケヴィンはポケット版の聖練書を開き、25ページを開くよう言った。

「そもそも、うちの教義では、他の宗教への宣教は禁止だよね。『いつ何時でも、他者の信じるものを否定したり、説き伏せてはならない』 ……この原則は、絶対破っちゃダメ。オーケー?」

 一同頷く。


 ゴブレット教の教義では、他者への宣教活動を禁じている。

 何を信じて何によって幸せになるかは、人それぞれであり、神に祈らなくても幸せになるのであれば、それはそれでよしとしている。

 人の感じる幸せに水を差してまで広めてはいけない、邪教を暴くようなことはしてはいけない……というのが、大原則だ。


「じゃあどうすんだっつーと、これはもうね、諦めてもらう以外に道はないんだよ」

 ケヴィンは、肩をすくめる。


「その異教徒たちが、ここで何をやっても無駄だと観念するまで、我慢し続ける。自分の信仰を保ち続ける。これしかないのね。俺はこれ、主が示された試練だと思うよ」

 教区司教はうんうんと頷いたが、神父たちは、苦い顔をしていた。


「具体的には、教会へ足を運ぶ頻度を増やすよう呼びかけること。勧誘されたら、相手を否定はせずに、自分には信仰があると宣言するように言って。貼り紙については、普通に法律違反だから、自宅の敷地なら剥がしていいし、公道なら警察に通報」


 加えて、ハースナーがゆっくりと補足する。

「子供へのおもちゃは問題だが、いまこそ家庭でしっかりと信仰の意味を教える機会にもなるだろう。信者の方々には骨が折れるだろうが、家庭のコミュニケーションを増やしたり、情操教育のつもりで行うよう、説教のときに言ってみてはどうだろうか」

 この提案で、神父たちも納得したようだった。


「もやっとした感じになってごめんな。特段これっていう解決策があるわけじゃないんだけどさ。俺らはいつもどおーり、世界が良い方向に導かれるよう、お祈りしていけばいいの。そしたら勝手に、その異教徒のみなさんも幸せになっていくさ」




 ケヴィンの言うことはいつも、至ってシンプルで、一見すると、誰でも思いつくようなことである。

 それでも、膨大な教えの中から適切なものを選び取り、分かりやすく解釈して提示していくのは、万人にできることではない。

 この若者がさっさとやってのけることが常人ならざることであるというのは、ここの会議室に居る誰もが納得していて、だからこそ大司教の器であると認められている。




「触書きにして、各教区……いや、全教会に発送するように手配するから、あしたまで待ってもらえるかな」

 ハースナーが咳払いをし、小声でケヴィンに問いかける。

「ケヴィン、あしたで大丈夫か? まだ済んでいない書類が山ほど……」

「いやあ、しょうがねーじゃん。緊急事態だし」

 語尾をかぶせるようにおどけて見せると、ハースナーはこめかみを押さえて目を閉じた。

「じゃ、そういうわけで! 解散!」

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