第3話 空気が読めない王様

「こんちはー……」

 バラのアーチを抜けると、数人の侍女が、クロスを引いたりカトラリーを分けたりしていた。

「まあ! お早い到着でいらっしゃいますね。すぐに陛下をお呼びしてまいりますので、そちらへかけてお待ちくださいませ」

 ぺこりとお辞儀をして去っていく後ろ姿を眺めながら、ぼーっと待つ。


 と、全く別の入り口から、豊かな赤毛にクリーム色のストールをたなびかせた女性がやってきた。

「やあ、リーファ!」

 ケヴィンは立ち上がり、リーファの方へ歩み寄って、その手をとる。

 リーファはふんわりと笑い、裾をもって軽く膝を折った。


「急にお呼びしてしまって、ごめんなさいね」

「いやいや、ふたりとも会いたかったから。だらだらやってた仕事が片付いて、助かったくらい」

「おーい!」

 声が聞こえる方へ振り向くと、小柄な青年が大きく手を振っていた。

 短い黒髪に、丸く幼い顔はらんらんとしていて、出会った少年時代とさして変わらない。


「お待たせ!」

 駆け寄ってきたマルセルと軽くハグし、挨拶をすませると、早速小包を渡した。

「これさ、ふたりに、焼き菓子ね。3周年式典、俺じゃなくて教王猊下が出るからさ。きょう何か渡したくて、シスターにお願いした」

「ありがとう! わざわざこんな、うれしいな」

 マルセルが包みを受け取ると、その横からリーファが、興味深げに顔を近づけた。


「他に誰か来るのか?」

 手紙には "ティーパーティー" とあったが、他の参加者については何も書いていなかった。

「ううん、ケヴィンだけよ。ただ、わたしがお茶したかっただけ」

 リーファは、いたずらっこのように舌を出した。

 立場に驕ることなく飾らないままのこの王妃は、いつまでも国民に愛されるだろうなと思う。




 3人は、神学校時代の友人だ。

 といっても、学年も通う科もばらばらで、どうやって仲良くなったかは、はっきりとは思い出せない。

 当時ケヴィンは17歳、神学科の3年生で、普通科の1年生に入学したのが、15歳のマルセル少年だった。


「僕が学食で、チケットの買い方を聞いたんでしょ」

 ローズヒップティーにはちみつをどばどばと入れながら、マルセルが言った。

「そうだっけ?」

 ケヴィンは、白磁のカップにちょっと口をつけては離すのを繰り返している――彼は酷い猫舌だ。


 マルセル曰く、その場に居た中で一番暇そうで、話しかける隙があったのが、ケヴィンだったらしい。


「親切そうなオーラが出てたんだろ」

「結果的には親切だったけど、別にそう思って声をかけたわけではないよ」

 ニコニコと毒を吐くのが、マルセルのやり口だ。


 2人のやりとりを穏やかに見守るリーファは、前代未聞の掟破りなお姫様だった。

 男児に恵まれなかったストロア王国。

 第一継承者のリーファは当時18歳で、帝王学を学ぶため、他国の男子に交じって勉学に励んでいた。

 帝王学科の生徒は、他学科とは一線を画し、話しかけることすらままならないほどの雰囲気。

 まして、王位継承の決定しているお姫様など、高嶺中の高嶺の花だった。

 そんな、3歳年上の高嶺の花に一目惚れし、果敢にもチャレンジしてしまった、破滅的に空気の読めない男……それが、このマルセルである。


「この似顔絵、よくできてるだろ?」

「本当、そっくりだわ。この鼻の丸いところなんて、マルセルそのままね」

「エイザに描いてもらったんだ」

「ああ、あの細身のシスターさんか」

「そうそう。リーファの卒業の時に3人で撮った写真を見せてさ」

 もう10年以上前の写真だ。

 ケヴィンの手持ちの中で、2人がいちばん楽しそうな表情のものがこれで、気に入っている――童顔なマルセルはいまとさして変わらないし、女性は若く描いたほうがいい。


 空気の読めない普通科の1年ぼっくりに、熱烈アプローチされたお姫様。

 これはただの予想だが、あんなにあからさまに好きだ好きだと他人に言われたことがなかったのだろう……と、ケヴィンは思っている。

 平民が映画の王子と姫に憧れるように、お姫様も、普通の男女の恋愛に憧れていた、ということか。

 掟破りなお姫様は、並み居る良家子息のアプローチや見合いを、蹴りに蹴る。

 そして普通の少年の執念は3年に及び、ようやく交際へこぎつけたのだった。




「ケヴィンは、調子どうなの? うまくやってる?」

 マカロンを物色しながら、マルセルが訊いた。

「あ? いつも通りだよ。俺が絶好調なところも絶不調なところも、見ないだろ?」

 低空飛行で安定のパフォーマンス、というのがケヴィンのウリだ。

「ケヴィンは器用だからね。うまく息抜きしつつやってるんだろうなっていのは想像つくよ」


 リーファは、いくつかのマカロンを見繕ってマルセルの皿に分けた。

「侍女から聞いたんだけど、うふふ……ケヴィンの説教目当ての女性参拝者さんたちが『大司教さまが居る聖大教会は、別の意味でも聖地だ』なんて言ってるみたいよ。本当?」

「なにそれ!」

 マルセルは、面白いおもちゃを見つけたような表情で、リーファとケヴィンの顔を交互に見た。

「知らねえよ、初めて聞いた」

 ケヴィンが苦笑いするも、気にせずリーファは続ける。

「29歳の大司教さま。若くて優しくて顔もハンサム。しかも、絶対に誰のものにもならない。アイドルになるのも分かるわあ」

 やめてくれ、と照れ笑いしながらうなじのあたりを掻くケヴィンを、マルセルはニヤニヤと眺めている。



 ケヴィンは、誰のものにもならない――


 聖職者は、恋愛も結婚も禁忌だ。一生独身で、その身を神に捧げる。

 よって、確かに俗っぽく言ってしまえば、永遠のアイドルではある。

 位が高くなるほど年齢層も高くなるなか、大司教ケヴィンの説教に当たるのは、目にも優しく教えも尊い。

 顔の造作ももちろんだが、肌は陶器のように白い。

 また、まるで金糸のような髪も評判だ。前髪を伸ばし真ん中で分け、後ろはざっくりとした丸いボブスタイルにしている。

 特別決まった祭事でなければ、その日の説教が誰になるかは分からないが、ケヴィンの日が"当たり"とされているのは、単に大司教という教位の為だけではない。


「呪文も短剣も名手だもんね」

「褒めちぎったって何も出ねえぞ」

 侍女が、おかわりの紅茶を注ぐ。

「でも、基本は書類と追いかけっこの地味〜な日々だよ? 説教も祈祷も月2回ありゃ上出来って感じだし」

「それは忙しいね」

「本当は俺、現場の方が好きなんだけどなあ」




 時刻はまもなく16:00で、徐々に日が沈み始めた。

「ちょっと寒くなってきたわね。そろそろお開きかしら」

「門まで送るよ」

 マルセルが城門の外、城下町の入り口まで来ると、周りが騒然とした。

「国王陛下よ!」

「え! どこどこ!?」

 普段は、城の2階にある小さなバルコニーから手を振る時くらいしか見られない国王が、すぐそこまで出てきている。

 一目見ようと、住民が慌ただしく寄ってきた――もちろん、門の護衛が居るので、一定の距離は保たれている。


 毛並みの良い馬を引いたケヴィンが現れると、さらに色めき立った。

「大司教さまだ!」

「王室と交流があったなんて」

「おふたりとも勇ましいこと……」

 共に若くして国と教会を率いる2人が並ぶと、その繁栄ぶりが伺えるようだ。

「それじゃあ、元気でね!」

「式典が済んで、落ち着いたら会おうな」

 馬にまたがり、その頭を撫で、右足で腹を軽く蹴った。




 きょうは良い気分だったので、さっさとやるべき書類を片付けて、自分のための祈りの時間を長く持つことにした。


 1日恵まれたことを感謝し、良い友を持ったことを感謝し、10数年経ってもお互い健康で会えることを感謝し……きょうの出来事をあれこれ振り返ると、神に導かれていることを実感する。


 そして、聖練書を開く。

 何度も何度も読み、使い込まれたそれは、ケヴィンにとっては命の支えのようなものだ。

 さらさらとめくり、ランダムにぱっと開いたところを見ると、神が川を作られた話だった。

 2,000ページを超えるバイブルを、ケヴィンは、ほぼ丸暗記している。

 暗記してしまうほど、幼い頃から読み込んでいるからだ。


 めんどうくさがりのケヴィンも、信仰に関する物事には誰よりも熱心で、これを極めるのに一生は短すぎると思っている。

 むしろ、一生が短いからこそ、その他の雑事が煩わしく、めんどうに思うのかも知れない。

 紙に判をつく暇があるなら、お祈りをしていたい。


 お祈りを終え中庭へ出ると、空は、紺とオレンジ色が混ざりあっていた。

 礼拝堂の中では泣き言を言わないと決めているケヴィンの、外へ出て第一声目は


「ああ〜執務室に帰りたくねえなあ」


 ……だった。


<終>

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