ティーパーティーを目指して

第1話 秋晴れと大きな飴玉

「はあ……」


 きょう3回目のため息だ。


 塔になった紙の束を避け作った僅かなスペースで、羽ペンに乗せたインクを走らせては、思考停止状態のまま判を押し、新しい塔を作っていく。


「馬鹿みてー……」

 小さな天窓を見上げると、それはそれはすばらしい快晴で、睨みつけたくなる。

 恨みがましく思いながら、壁のレバーをぐるぐると回し天窓を薄く開け、少し風を取り込むことにした。


――コンコン。


「失礼します」

「どぞー」

 気の抜けた返事をすると、四角いカゴを持った見習い修道士のコポが入ってきて、接客用のローテーブルに、ドサリとそれを置いた。

「本日の書簡です」

「勘弁してくれよお」

 情けない声で頬杖をついてみるも、コポは、そんなことを私に言われましても、と眉間にしわを寄せ、二言三言何か言い、執務室を出て行った。


「へえへえ、読みますよっと」

 誰に言うともなくつぶやき、よっこらせと立ち上がって、カゴの中を覗き込む。

 興味なさげにいくつかを眺めたところで、1つの封筒に手を止める。

 上質な紙に、金の封蝋。

 鷲の印章はストロア王国のもので、表に返してみれば、几帳面な文字でこう書かれていた。


『ケヴィン大先生』


「ったく、医者じゃねえっつうの」

 宛先の敬称に混ぜてくるジョークなど、生まれて初めて見た。

 ペーパーナイフでサクッと封を開け、折りたたまれた便箋を開く。



――ケヴィンへ


元気ですか。

この間ケガを治してもらった女の子は、すっかり良くなりました。

ケヴィンの魔法はよく効くね。ありがとう。

さて、10月17日に、城の中庭で小さなティーパーティーを開きます。

またリーファの思いつきなんだけど、これから寒くなるし、外でお茶を飲めるのはラストチャンスかも! と、張り切っています。

忙しいと思うけど、サボるのが得意なケヴィンなら、絶対来てくれると思っています。

お土産はいらないよ。


マルセルより



 相変わらず妻のひらめきに翻弄されているらしい、親友で一国の主である、マルセルからだった。

 平民の出ながら、大恋愛の末、齢24にして国王になった。


 指定の日は、6日後。

 なんとも急な誘いだが、お互い忙しい身分で、このように一方的に約束を取り決めてもらわないと、顔を合わせる機会が持てない。

 緩慢な動きでデスクの引き出しを開け、スケジュール帳を開ける。

 はあ、と4回目のため息をつき、そのまま廊下へ。

 階段を下ってすぐの、警護隊の待機室に入る。

「ラスター居る?」

 何人かの隊員が、ぱっと振り返った。

「大司教! 隊長はただいま、接客中です」

 コルクボードに貼られた予定表を見ると『応接間にて、領主と臨時警備についての相談』とある。

 まだまだ時間はかかるだろう。

「ことづけお願い。俺、17日用事できたから、入ってるスケジュール適当に散らばしてって言っといて」

「かしこまりました」




 部屋を出て、執務室に戻る――のはどうしても気乗りしなかったので、宿舎を出た。

 空は晴れがましく、軽く肩の筋を伸ばしながらとぼとぼと歩いてみると、気持ちがいい。


 教会の敷地の外れまで歩いたところで、霊樹へお祈りに行こうと思いついた。


 霊樹とは、簡単に言えば、墓標である。

 ゴブレット教の葬儀は、火葬した骨を大木の下に埋める、いわゆる『樹木葬』だ。

 正しい教えのもとに弔われたあとは、自然と一体化するのがよいと考えられている。

 よって、棺桶や骨壺は使用せず、墓地内の好きなところに穴を掘り、埋めるスタイルだ。

 定期的に鎮魂の儀式が行われるが、もちろん、それ以外の日にお祈りに行っても良い。

 こんな晴れた日は、お参り日和だと思う。




 霊樹を目の前に、深呼吸した。

 樹の皮の上にはふかふかとした苔がむしていて、何百年もそこに立っていたのだということを、静かに教えてくれる。

 太い幹にぐるりと一周掛けられた金の鎖と、そこからぶら下げられた、ロザリオ。

 胸の前でさっと杯字を切り、手を組んで目を伏せる……と、足元に、大きな飴玉がいくつか転がっているのに気づいた。

 しゃがんでみると、クルミほどの特大サイズの飴の周りで、せっせとアリが働いている。

「ごくろーさん」

 思わずクスリと笑う。

 お参りに来た子供が、宝物の飴を先祖におすそ分けしていったのかもしれない……そんな光景が思い浮かんで、さらにクスクスと笑った。



――天にまします我らの父よ、その御名のもと、ここに眠る全ての魂を鎮め、未来永劫安らかに眠れるよう、お導きください。そして、この大きな飴玉に込められた祈りを、大切な誰かに届けて下さい。



 手を組み、静かに祈る。

 鳥のさえずりや、風のそよぐ音、草の香り……ケヴィンの周りを取り巻く全てが、胸を突き抜けていくような感覚がした。




 墓地を後にし、元来た道を戻る。

 宿舎に入ってすぐの曲がり角にさしかかった時、後ろから慌てた声で呼ばれた。

「大司教!」

「んあ?」

 振り返ると、ラスターが居た。


「あれ、もう用事終わり?」

「先ほどお帰りになりました。帰る前に大司教に会いたいとおっしゃるので、宿舎中探し回っていたのですよ……一体どちらに」

「あーごめんごめん、小さな命の仕事ぶりを見学してた」

「はあ?」

 怪訝な顔で覗き込むラスターに、へらへらと曖昧な返事をして、さっさと廊下を進む。

「ことづけ聞いたかな、17日予定空けてって。ストロアの国王陛下に呼ばれててさ」

「伺っておりますよ。組み直した予定は改めてお伝えしますが、なにぶん詰まっておりますから、―――」

 後半を聞き流しつつ、土産に何を持って行くかを考える。


 来月には、3回目の国王即位記念日がやってくる。

 式典の日は、教会からは教王が出席予定で、自分は執務室でお留守番の予定だ。

 少し早いが、お祝いにもなりそうな土産にしよう。

 シスターに似顔絵のアイシングクッキーでも作ってもらうか、はたまた……


「以上です。って、聞いてらっしゃいますか?」

 じとりと睨まれ、ケヴィンは慌てて取り繕う。

「あ? ああ、オッケーオッケー。それじゃよろしく」

 さっさと階段を上がり、逃げるように執務室の扉を開けた、その時――


 間が悪く、さわやかな秋風が吹き抜けたらしい。

 天窓から入った外気が扉の風圧に負けて、山積みになった書類が、舞い散った。


「うわああああああ!」




 ――……多分神は、6日後の外出を許すべく、いまこの仕事を増やしたのだと思う。


 天井を仰ぎ見、盛大にため息をつきながら、のほほんとしたマルセルの顔を思い出した。

 童顔に違わず激甘党の陛下のために、クッキーはガッツリ甘くしてもらおう。

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