第31話 城山の番人①
陣、陣と、名前ばかり出てくるが、はて、陣とは。
スミレは開けた山のてっぺんを見回すが、石垣がある以外は、隅っこにベンチがある程度で、特に不自然はない。地域の歴史と城の詳細を記した立て看板が、石垣の付近に設置されていて、よく晴れた空には
……と思いきや、未だ固い蕾をつけた桜の枝々に、人間の腕の骨一式だろうか、ぶらぶらとぶら下がっていた。
「えぇ……?」
スミレの視界に一つ入った途端、どんどんと視覚を埋めていく、人間の白骨化した腕、腕、腕。なかには、頭部含めて、上半身全部揃っているモノも。まるで観客のようだった。
「なにこれ!? いたずらしちゃだめじゃない。ちっちゃい子が泣くわよ」
「陣にガキなんか招くわけねーだろ! お前らは今、俺様の陣地に入ってるんだ、外の景色と多少違うのはしょうがねぇだろ」
「しょうがないだろって言われても……」
スミレは誰かの陣地に入るのは初めてだから、よくわからない。
宴は地面からズボッと出てきた白骨の腕が手を振るのを、真似してへらへら手を振り返していたが、中断してスミレに振り向いた。
「すみれ、この
「う~んと、モノをいっぱい置けば主張になるってこと?」
「そうでもないのだが、えーっと……口で説明するのはなかなか難しいな。力競べ中、私は積極的に陣地の破壊を狙う。その時、すみれにもなんとなくわかるだろう、我々にとっての陣地とは何かを」
地面が激しく振動し始めた。
「きゃあああ!! た、大変! 地震だわ! 土砂崩れとか起きちゃうのかしら、山を下りたほうがいいのかしら!?」
「その場でおとなしくしとくんだよ。下手に動くと、かえって危ないからね。揺れが完全におさまってから帰ろうね」
木陰からアドバイスが。座り込んで大あくびしながらの助言に、本当に信じていいのだろうかとスミレは疑ってしまう。
ほどなくして、地震が止んだ。代わりに、地面が少しひび割れて、スミレの腕くらいはあろうか白い骨の人差し指が、ひょっきりと生えてきた。これから全身が、生えてくるのではとスミレは青ざめる。
「すみれ、懐中時計の準備なのだ。仕組みはわからぬが、それが時を測る道具なのだろう?」
「あ、そうだったわ、忘れてた」
スミレが手元のストップウォッチを凝視する。片手にしていた椿をぎゅっと抱きしめた。
「それじゃあ二人とも、早速始めようと思うんだけど、用意はいいかしら」
「いつでもいいのだ」
「さっさとしろよ、いつまで待たせんだ」
肋介の横柄な態度にイラついたスミレが、「はーいじゃあよーいスタート!」と雑に始めだしたので、各自大慌てで持ち場についた。肋介は背を預けていた石垣から離れて前へ出てきた。宴も少し前へ出ると、片手を空に掲げ、その白い指先から夕紅寺の庭園から授かった色彩が、天女が編み上げる羽衣の糸のごとく流れ出て、ふわりと宙に放たれた。
宙を舞う糸は、宴が軽く
対する肋介は、前の開いた赤紫色のジャージをさらに大きく開け、むき出しの肋骨を晒しあげた。内臓も何もない、骨ばかりの胴体の内側の空間がぐにゃりと歪み、渦を描き、その中心から、何やら大きな骸骨の手が。しかし肋介の肋骨に引っかかって、出られない。すると肋介が、プラモデルを解体するように自ら肋骨を一つずつ外しだした。
「宴、俺様にはいっぱい骨があるんだ。あれもこれも、全部俺様の一部だ。だーから俺様の姿が見えなくたって、油断すんなよ!」
ものすごく不敵な笑みを浮かべながら、肋介は自身の胴体部の骨をバラバラと地面に転がしてゆく。
肋介の肋骨部に引っかかっていた骸骨の手が、もどかしいとばかりに肋介の全身を突き破り、肋介が全身の均衡を保てずに倒れてしまった。バラバラになった肋介の体から這い出てきたのは、頭部に二つの尖った突起が生えた、鬼のような獅子舞のような頭蓋骨を持つ髑髏。四つ足で、頭部の突起を猫耳に見立てるならば巨大過ぎる猫のようにも獅子のようにも見えなくもない出で立ちで威嚇する。
周囲の木々にぶら下がっていただけの髑髏たちが、次々と降りてくる。降りたとたんに地面に散らばった骨たちが、転がりながら猫に集まって組み上がり、猫は刺々しい鎧に包まれたサイのようになった。
ひび割れた地面から生えていた巨大な人差し指も、ぼこぼこと地面を目繰り返しながら、肘までを空に向けて突き出した。こちらも威嚇するように、大地を手の平で一叩き。地面がかすかに揺れ、スミレは恐ろしくなってサイと巨大な手を交互に凝視していた。
「は、反則じゃない!? これじゃ二対一よ」
「いいや、私を相手しているのは肋介だけなのだ。故に、一対一だ」
サイのひたいに『主』の一文字。羽子板の筆にたっぷり黒々と墨含ませたごとく、浮き上がる。
「すみれ、主と書かれたアレがこの陣の
「ききき気を付けてね!」
サイのような猫のような骸骨が、宴に向かって突進してきた。
(変わった骨格なのだ。いろいろな人間や動物から、骨を授かったのか)
宴の周囲をゆぅるりと旋回していた羽衣が、真下に降ってきた。サイにも猫にも似た怪物が顔面を覆われ、大きな頭をぐるんぐるん回して、異様に大きなネコ科の頭蓋のような
宴が最寄りの木に、駆け上った。枝葉には未だ髑髏たちが残っており、宴に向かって両腕を伸ばしたり、這い寄ってくる。
白い着物に咲いていた春の草花が一瞬にして消えた。入れ替わるように宴の手中から伸びたのは、夕紅寺の花でいっぱいに飾られた柄を持つ、薙刀。反りの弱さと、菫色に染まった刀身の美しい、護身刀だった。真っ白に脱色した宴の姿が、薙刀の華やかさを際立たせていた。
木の枝別れにしっかりと両足を引っかけ、薙刀を音高く頭上で豪快に大回転。すると枝葉にぶら下がっていた髑髏たちが吹き飛び、地面にバラバラと音を立てて散らかった。木々は刀身に撫でられて大きく揺れはしたが、枝葉が砕け散ることはなかった。
「
宴の凛々しい声が、その場の空気を変えた。昼なおおどろおどろしい不気味な雰囲気に、朝霧を晴らしたような清浄さが差し込む。
まるで宴の一部に染まったかのようだった。薙刀から散らばった花々が、そこかしこを絢爛に飾り立ててゆく。
(宴が、あの場所だけ乗っ取った……ように見えるわね)
正気を取り戻した『主』が、宴の姿を捉えるなり土煙を上げて再び突進、その巨体が桜の幹に激突する頃には、すでに宴は着地して別の木々へと向かっていった。
(このへんの木々にぶらさがっている骨たちが、陣……なのかしら? まだ他の木にたくさんぶらさがってるわね。時間内に、ぜんぶ壊せるのかしら)
スミレはハラハラと心配しながらストップウォッチを見た。
「一分経過!」
「早いな。これでは負けてしまうのだ」
宴が『主』と向き合った。
木の幹に頭突きしたばかりの主が、尻もちをついて頭部を、否、目を回している。
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