第37話 占いの結果はいかに
花火大会を終えて2日、俺は雪芽と街まで来ていた。
雪芽に占いを受けさせるためである。
正直に言うと、占いにあまり期待はしていない。
ただ思い至った可能性を、試してみたかった。
雪芽には、街の方に当たる占い屋があるらしくて、俺一人だと行きにくいから一緒に来てくれと言ってある。
雪芽は最初、晴奈や夏希がいるから、そちらを誘った方がいいなどと言っていたが、結局こうしてついてきてくれた。
晴奈はそもそもこういう類にそこまで積極的でないし、そもそも家からあまり出たがらない。
夏希は部活で忙しいので、たぶん声をかけても難しいだろう。
そう説明したのが大きいのかもしれない。
「で、陽介はどうしてその占い屋さんを知ったの?」
「ん? 母さんがそういうの好きでな。この前本当に当たったって騒いでて、ちょっと気にはなってたんだよな」
「へ~。私こういう占い屋さんに来るのって初めてだから、ちょっと楽しみかも」
そう言って目を輝かせる雪芽は、満更でもなさそうだ。
最初誘ったときに渋っていたのは何だったのか? 俺のことが嫌いだからとかだと、ちょっと、いやかなりショックだけど……。
「誘ったときはいやそうだったから、もしかして占いとか嫌いなのかと思った」
「え!? ち、違うよ? 別にいやそうになんてしてないし!」
慌てた様子で手を振る雪芽。
そんな様子が面白かったので、つい意地悪をしてしまう。
「じゃあなんで夏希や晴奈を誘えばいいなんて言ったんだよ?」
「そ、それは……、陽介と二人っきりで出かけるのが恥ずかしかったから……。それにっ! なっちゃんや晴奈ちゃんがいた方が楽しいかなって思って! だから、別にいやだったわけじゃ……」
雪芽は俯いて言葉を濁したり、かと思うと勢いよく顔を上げたり、忙しそうだった。
そんな雪芽に負けず劣らず、俺の頭の中もいろいろ忙しいことになっていた。
……ちょっと待て、今俺と二人きりで出かけるのが恥ずかしいとか言ってなかったか?
あぁ! なんか、こうっ、胸を掻きむしりたくなる衝動に駆られるッ! なんなんだこの感じ!!
というかそうか。この構図は、俺が雪芽をデートに誘ったようなもんだ。
い、いや、決してそんなつもりではなくてだなっ!? 俺はただ雪芽や俺の身に何が起こっているのか確認したかったというか、その手がかりがほしかっただけであって!
「あ、ああ! そうだよな、夏希や晴奈がいた方が楽しかったかもしれないな! あはは、残念だなぁ! あいつらも来れたらよかったのに!」
「う、うん! そうだね、本当に残念だよねっ!」
お互いに顔は合わせずにいた。
でも、きっと雪芽は俺と同じような表情をしているのだろうと、そう思った。
少しの間、互いの間に沈黙が流れたが、それも占い屋につく頃には霧散していた。
この占い屋は、母さんの話によると手相を見てくれる所らしい。
それがぴたりと当たるとか。母さんが友人と一緒に行ったときは、友人の家庭の事情まで言い当てられたとか言っていた。
それほどまでに当たるなら、俺たちの未来を占ってもらいたいものだ。
果たしてこの夏休みは無事に終わるのか、それとも、また繰り返すのか。
俺たちが占い屋に行くと、丁度前の人が終わったらしく、入り口ですれ違った。
彼らが出てきた入り口は、これと言ってあやしげな様子もなく、どちらかというとサロンといった風体だった。
パーティションで最低限のプライバシーを確保されただけのそこには、30かそこらの女性が一人、パイプ椅子に座っていた。
「どうぞ」
入ってきた俺たちに気が付くと、女性は俺たちに向かいの椅子を勧める。
椅子に腰かけ、机を挟んで女性と対面する。
「さて、さっそく始めさせていただきますね。どちらの手相から見ればよろしいでしょうか?」
「じゃあ俺から」
右手を出せと言われたので、俺は素直に右掌を見せる。
それから女性はさっと一目見て、
「あなたは不思議な運命の中にいますね」
と言った。
それが今の俺の状況を看破していったのものなのか、あるいは適当にそれっぽいことを言ったのか、俺には分からないが、一瞬どきりとしたのは確かだった。
「……え、いやそんなはずは。でもこれは――」
「ど、どうしたんですか?」
やけに真剣な顔で俺の手相を見ていた女性は、ふと顔を上げると、口元に笑みを浮かべた。
「いえ、何とも珍しい相でして。私では予想もできない未来があなたを待っているようです。日々を注意深く、でも楽しんで過ごしていくといいでしょう」
何とも雲をつかむような言葉だ。
でも、この反応からして、俺の現状を認識した可能性はある。
「それでは次は彼女さんですね」
女性は雪芽を見ると、とんでもないこと言った。
か、彼女!? 俺と雪芽が!?
「い、いや、私は別に。それに彼女じゃないですしっ」
雪芽は遠慮しつつも、しっかりと俺との関係を正していく。
そのことを少し残念に思いながらも、俺は当初来た目的を果たすことにした。
「雪芽、せっかくだから見てもらえよ。学校生活どうなるかとかさ」
「まぁ、陽介がそう言うなら……」
そう言って雪芽は右手を差し出す。
占い師の女性はそんな俺たちのやり取りをほほえましく見守っていたが、雪芽の手相を見て、顔をこわばらせた。
しかし次の瞬間には柔和な笑みを浮かべ、数度頷いた後、左手を出してくれと言った。
雪芽が左手を差し出し、しばらく右手と見比べた後、女性は呟くように言った。
「あなたの運気は今とても高い状態です。何をやってもうまくいきます。何かやりたいことがあるなら、今の内にやっておくことをお勧めします」
そう言って雪芽の手を放す女性は、真剣な目をしていた。
「お二人とも珍しい手相をしておられるので、私に言えるのはここまでです」
「あ、ありがとうございました。お代は――」
「いりません。珍しいものを見せていただいた、せめてものお礼と思ってください」
そう言って女性は俺の支払いを拒んだ。
まぁ、お金がかからないならそれに越したことはないんだけど、ほんとにいいのだろうか?
そうして俺たちは占い屋を後にした。
なんだかよく分からない話ばかりだったな。
でも、雪芽の結果はすごくよかった、のだろう。これは素直に喜んでいいんじゃないだろうか。
「それにしても雪芽、お前なんかすごいらしいじゃん。よかったな」
「ね! でも思い返してみればそんな気がするかも。この短期間に友達も増えたし、いろんなやりたいことができてるし」
「まだやりたいことがあるならやっとけって言ってたじゃん。なにかないの?」
俺がそう聞くと、雪芽は思いつくものがないのか、しばらく悩んでいた。
そこで俺は占いの後に提案しようと思っていたことを提案してみる。
「じゃあ今度さ、夏希や由美ちゃんも誘ってキャンプに行かないか? 俺の父さんがキャンプ道具や望遠鏡を持ってるんだよ。それで天体観測したりすんの。どう?」
「あっ、それいい! きっと綺麗だろうなぁ。東京だと星なんてろくに見えないもん」
「この辺でもそれなりに見えるけど、キャンプ場はやばいぞー。星座を見つけるのが大変なくらい星で溢れてる」
「またなっちゃんたちとも予定を合わせないとねっ」
それから夏希たちにも予定を聞いて、キャンプには13日に行くことになった。
どうしても車の存在が必要なので、大人たちが休みの取れるお盆にしか行けなかったというのもある。
夏希は何か13日に用事があったようだったが、午前中に済むということで、問題ないらしい。
キャンプは楽しみだ。でも、13日は俺にとって別に意味を持つ。
……13日の朝までに、雪芽が倒れるかもしれないのだ。
そんな俺の不安をよそに、お盆はやってくるのだった。
――――
13日の昼、俺、雪芽のところからそれぞれ車を出し、俺たちは近場のキャンプ場に向かって出発した。
そう、13日の昼になっても、雪芽は元気なままだったのだ。
俺は嬉しくて飛び跳ねそうになったが、15日になるまでわからない。そう思いなおして、飛び跳ねるのはやめておいた。
終始にやけていたので、みんなにはおかしなものを見る目で見られていたけど、それでも構わなかった。
キャンプ場に着き、コテージに荷物を放り込む。
コテージは3部屋あり、そのうち2部屋を男女で分けて使うことになった。
それから食材の買い出しなどをしているうちに、あたりはすっかり暗くなってきた。
買い出しついでに温泉に入り、さっぱりしたところでキャンプ場に戻る。
そこはすでに真っ暗で、空に輝く星灯りだけが頼りだった。
「わぁ……、本当に満天の星空!」
「まだまだ、こんなもんじゃないわよユッキー。これからがすごいんだから」
そう言う夏希も楽しそうだ。
でもなんだろう、さっきからちょっとそわそわしているような……?
「ほら火が付いたぞー! あとちょっとで焼けるから、食材切っといてくれ!」
父さんがコンロに火を入れてそう呼びかける。
女性陣はそれに思い思いの返事を返し、楽しそうに野菜や肉を用意し始める。
俺はそんな彼女らを見ながら、備長炭をコンロに移す作業をしている。
いくつかの備長炭には火が付いたから、後は自然に他に移るのをまてばいい。
火がついていないのを中心に、囲うように……。
いい感じに火力が上がってきたタイミングで、女性陣が食材を持ってきて、バーベキューが始まった。
なんだかんだで、雪芽と一緒にやりたいと思っていたことが同時に3つもできているな。
これが夏希の言っていた、できなかったことをやるってことなんだろうか。
そう考えると、少し得をした気分になる。
各人食べ物を皿に取ったところで、乾杯と相成ったのだが、そこで母さんが口をはさんだ。
「さっき話に聞いたんだけど、今日夏希ちゃん、誕生日なんですって! なんで陽介教えてくれなかったの!?」
「え、あ! そういえば夏希って8月生まれだったか。すっかり忘れてた」
「そんなことだろうと思ったわよ……。まぁ、それを見越してこの前プレゼント貰ったわけだし」
あのプレゼントっていうのはそんな意味があったのか……。
そわそわしてたのって、もしかして誕生日のことで……?
……ひとまず後で謝っておこう。多分この中で夏希の誕生日を知ってたのは俺だけだろうし。
それから夏希の誕生日を祝って乾杯し、肉に野菜と食べに食べた。
大人たちはお酒を飲んで楽しそうにしている。
「柳澤さんはすごいですね。私は余りこういったことをやってこなかったものですから」
「すごくなんてありませんよ! こうも周りに山ばかりだとね、こんなことばかりうまくなっていけない」
父さんと鉄信さんもさっきより饒舌で、すでに顔が赤い。
「なっちゃん言ってくれればいいのに! そうしたらプレゼントとか用意してきたのに!」
「い、いいのよ! 夏休み中だとそういう機会もあまりないし、慣れてるから。それより、ユッキーはいつなの? 誕生日」
「私? 私は3月13日だよ! ねね、晴奈ちゃんは?」
女子はどうやら誕生日の話で盛り上がっているようだ。
夏希の誕生日は聞いていたような気もしたが、本人も言う通り夏休み中の誕生日だからか、祝った記憶がない……。
おめでとうって言ってた記憶はあるんだけど、プレゼントとか、そういうのは渡したことないな。
隆平に知られたら、それでも幼馴染かと
そんな楽しいバーベキューも終わり、次は天体観測をすることになった。
ランタンの小さな灯りだけをつけて、俺たちは望遠鏡の前に座っている。
さっきまでは鉄信さんの鉄壁ガードのお陰で、余り雪芽に近づけなかったが、今は晴奈を挟んだ向こう側にいる。
「ほら、できたぞ」
父さんが設置してくれた望遠鏡を、晴奈が覗く。
「うわっ、すごい! こんなにはっきり見えるんだね」
「そうだろそうだろ! ちょっと高いやつ買ったからな」
「ウチも見たい! 晴奈代わって!」
「ちょ! 由美ちゃん余り押さないで!」
そんな風に騒がしく星を見る。
俺は星を見るのもそこそこに、雪芽に望遠鏡を回した。
「うわぁ……、ほんとだ。なっちゃんが言ってた通り、さっき見た星よりずっと綺麗」
そして星を見て笑っている雪芽を、俺はボーっと眺めていた。
今日が終われば14日。その次の日が、俺が越えなくてはいけない第一の壁だ。
どうか無事に、雪芽がお盆を過ごせますように。
そんな願いを、空の星々に投げる。
あの川で隔たった織姫と彦星は、俺の願いを叶えてくれるのだろうか?
七夕じゃないけど、そんな願いくらい、叶えてくれてもいいじゃないか。
それから夜も更けてきたということで、俺たちは寝ることにした。
俺は鉄信さん、父さんと一緒に少々狭い部屋で寝転ぶ。
父さんのいびきを聞きながら、俺はこのお盆の終わりについて考えていた。
もし、このお盆を無事に過ごせたのなら、その次は何をしよう。何ができるだろう。
たしか、最初に雪芽が倒れたのは8月17日だった。
15日を無事に過ごせても、その2日後にはもしかしたら倒れてしまうかもしれない。
何かをするには、余りに時間が少なすぎる。
……でも、もしかしたら。今回はそうならないかもしれない。
そうだよ、占いの結果はすごくよかったんだ! だったらきっと大丈夫だ。
そう言い聞かせて目を
きっと父さんのいびきのせいだ。
トイレに立つと、女性陣の部屋からは灯りと、楽しげな声が漏れてきていた。
女子トークってやつかな。元気なことだ。
雪芽の元気な声も聞こえてくる。
俺は用を足して部屋に戻ると、もう一度横になってみる。
目を閉じると、さっきあんなに眠れなかったのに、不思議と眠気が襲ってきた。相変わらず父さんのいびきは鳴り響いているというのに。
そうして俺は、睡魔に身をゆだね、眠りの淵に落ちていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます