第16話 見舞いの品は人によりけり

 雪芽のお見舞いに行って1日後。俺は、よく考えてみたら連日見舞いに行くのってどうなんだろう? と思い直していた。


 きっと雪芽のことだ、別に気にしないと言うだろうけど、弱っている姿というのはあまり人に見られたくないものだ。


 それだから買ってきたフルーツ盛り合わせは池ヶ谷家にもっていって、静江さんに預けることにした。

 晴奈が一緒にメッセージカードを添えたいというので、俺も「辛いものは食べないように」という一文を添えておいた。



 そうはいっても心配なものは心配なので、何か理由をつけてお見舞いに行く算段を立てていた。


 ひとまず夏希に連絡して、あいつが都合のいい時に一緒にお見舞いに行くことにした。

 夏希が来れば雪芽も喜ぶだろうし、俺も雪芽に会いに行けて一石二鳥だ。

 きっと晴奈も行きたがるだろうから、結構大所帯になってしまうが……。


 そんな風に予定を合わせていくと、雪芽のお見舞いに行けるのは8月20日になった。

 その旨を鉄信さんに伝えると、15時以降ならいつでもいいとのことだった。

 俺は16時にお見舞いに行く旨を伝えて、それに向けて準備をしていく。



 フルーツは日持ちが悪いから、タオルのような実用品がいいのか、あるいは単に手紙とか花の方がいいのか……。


 いろいろ悩んだ末に、家の庭に咲いていたガーベラの花を母さんに何本かもらい、それを渡すことにした。

 赤やピンクで随分とにぎやかな感じだが、このくらいが真っ白な病室にはちょうどいいだろう。



 そうこうしている間も日に一度、晴奈経由で雪芽の容態については聞いていた。

 晴奈が静江さんと連絡先を交換していたのだ。

 一体いつ交換したのやら。何かと抜け目のない奴である。


 それによると経過はあまりよくないらしい。

 あれから骨が痛むと言い出したらしく、モルヒネという痛み止めで一時的に痛みを抑えているという。


 俺にそう話す晴奈の表情は、今なお空に広がる曇天のようであった。





 ――――





「それでユッキーは大丈夫なの?」


 夏希と共にお見舞いに行く当日、出会って最初に夏希が発した言葉がこれだった。


 そんなこと俺に分かるはずがない。俺だって聞きたいことなんだから。


 口から出かかった言葉を飲み込み、俺は分からないとだけ答えた。

 夏希はその答えに不安そうな顔をする。きっと俺も同じような顔をしているに違いない。


 しかし、前回のように見舞いに行った方が心配されるという失態だけは犯したくないので、今日は努めて明るくするよう心に決めいている。


 ……しっかりしないとな。


 俺は手に持ったガーベラの花を無意識に握りしめていた。



「それ綺麗な花ね。なんて花?」

「ガーベラだってさ。母さんが持たせてくれたんだ」

「へぇ、綺麗だしきっとユッキーも喜ぶわよ」

「ああ、そうだな」


 そうして晴奈、夏希、俺の3人で歩く道中は、重く垂れこめた空のせいか、沈んでいた。

 ただ手に持ったガーベラの花だけが、色鮮に揺れている。



 連絡した時に鉄信さんから聞いた話では、雪芽は起きているかどうかわからないという話だった。

 もし寝ていたとしたら、花を花瓶に挿して帰ってくるつもりだ。



「そういえば夏希は何か持ってきたのか?」


 俺の問いかけに、夏希は自信ありげな笑みを浮かべる。


「私はこれ」


 そう言って紙袋から取り出されたのは折り鶴だった。

 1000羽とまではいかないにしろ、結構な数だ。


「すごいな。これ何羽だ?」

「うーん、あまり時間なかったから100羽くらいかな? 正確な数はあんまり覚えてないかも」

「でもすごいですね! あたしも何かそういうの作ればよかったかも」


 それでもこの短い時間でよく作ったものだ。部活も忙しいだろうに。


「時間の合間を縫ってだからあまり作れなかったけど、私とユッキーの友情パワーで10倍だから問題なし!」

「なんじゃそりゃ」


 3人顔を合わせて少しの間笑った。

 なんだか久しぶりに笑ったような気がする。



 雪芽が倒れる前までは、こんな風に笑うのが当たり前の日々で。

 こうして雪芽が日常から姿を消して初めて、彼女からどれだけ力をもらっていたか思い知った。


 鉄信さんは俺たちがいたから雪芽が笑えるようになったと言っていたが、逆だ。

 俺たちが雪芽から笑顔をもらっていたんだ。



「んで、結局晴奈は何にしたんだ?」

「あたしのは、別にいいでしょ」

「んだよ、恥ずかしがることないだろ? 要は気持ちなんだからさ、すごいすごくないなんて関係ないって」

「そうそう、私にも見せてほしいな」


 俺と夏希の後押しで、晴奈はしぶしぶといった様子でバックからそれを取り出した。


「これ、お守り。お母さんと一緒に作ったやつ」


 その手に握られていたのはフェルト生地で作られた手作りのお守り。

 器用なもので、刺繍で「病気平癒びょうきへいゆ」とつづられていた。


「なんだ、よくできてるじゃん。母さんとこんなもの作ってたなんて知らんかったぞ」

「うんうん、これならユッキーも大喜び間違いなしよ!」


 俺たちの反応を見て、晴奈の表情は先ほどと打って変わって晴れやかになっていた。

 しかし、晴奈は主に夏希の言葉で気を良くしたみたいだ。兄の言葉は信用ならんということか。


 そうして病院までの道のりを、俺たちは先ほどより少し明るい気持ちで進めたのだった。





 ――――





 病院につくと、受付の看護師さんが丁寧に案内してくれた。

 鉄信さんから話しは聞いていたようで、お見舞いはすんなり進行した。



「雪芽の容態どうですか?」

「うーん、今は安定してますよ。さっきまでは寝てたんですが、今ちょうど起きたところで、少しならお話もできると思います」

「そうですか!」


 それを聞いて俺たちは表情を明るくする。

 晴奈経由で聞いた静江さんの話だと、あまりかんばしくないとのことだったが、安定しているってことはいいことだよな?



 雪芽はあれから個室に移ったらしく、だだっ広い病室にポツンと一つのベッドが置いてあった。

 そこに横たわっている雪芽は、前回のお見舞いよりやせ細っているように見えた。


「ユッキー……」


 夏希は衝撃を受けたようで、少しの間言葉に詰まっていた。

 それも仕方ないだろう。ついこの間まで元気だった雪芽が、こんなに儚く、今にも消えてしまいそうなのだから。


「……あ、陽介と晴奈ちゃん、また来てくれたんだ。それに今日はなっちゃんもいる。嬉しいなぁ」


 雪芽の声はゆっくりとしていて、かつての快活さはかけらもない。



 以前調べたところによると、確かモルヒネという痛み止めは、眠気を誘発する副作用があったはずだ。


 そのせいだろう、雪芽は以前よりもボーっとしているように見えた。

 しかし、以前よりも表情は柔らかい。それが俺を安心させた。


「ああ、今日はお見舞いに花を持ってきたぞー。ほれ、ガーベラっていうんだってさ」

「うわぁ、綺麗な花。陽介にしてはいいセンスだよ」

「うるへえ」


 そう言いながら俺は病室に置いてあった花瓶にガーベラを挿す。

 花瓶があってよかった。誰かが置いて行ったのか、はたまた病室に備え付けられているのか。どちらでもいいが、さすがにこのまま花を置いていくのははばかられた。



「じゃあ私もお見舞いね。はい! 大体100羽鶴!」

「うわぁ、ありがとう。この短い期間でよくこんなに折れたね」


 色とりどりの折り鶴を見て、雪芽は嬉しそうに微笑んだ。

 今まで笑うことすら難しい状態の雪芽が、微かにだが微笑みを浮かべたことは、快復の兆しを予感させるものだった。



 そして次は晴奈の番なのだが、晴奈は俺の後ろに隠れてもじもじしている。

 全く、何をやっているんだか。


「ほら、次は晴奈の番だぞ」

「う、うん」


 そう頷いて、晴奈は一歩前に出る。

 その手には手作りのお守りが握られていた。


 雪芽は優しげな瞳で晴奈を見つめる。


「うん? 晴奈ちゃんも私にお見舞い持ってきてくれたの?」

「えっと、これ。お母さんと一緒に作ってきたんです」


 手渡されたお守りを受け取ると、雪芽は顔をほころばせた。


 大事そうにそれを両手で包み込み、胸に抱く。

 そして感謝のたくさんこもった優しい声で、呟いた。


「ありがとう。今日からずっと身に着けているね」

「……はい!」


 嬉しそうに頷く晴奈。

 こうして眺めていると、本当の姉妹のようだ。



 それから少しの間、俺たちは話をした。

 主に雪芽の容態についてだ。


 それで分かったのは雪芽の病気は俺たちが思っている以上に深刻なものだということだった。



 今雪芽が投与されているモルヒネという薬は、結構効き目の強い鎮痛剤らしい。

 そんなものを投与しなくてはいけないレベルまで、雪芽の病気は進行しているという。


 しかし、あくまで治療までの間、痛みを取り除くために使用されているらしく、今すぐどうこうなってしまうわけではないらしい。


 まあ確かに、痛みを我慢しながらというのは辛いだろう。それなら多少眠くなったりするものの、痛みを抑えた方がいいこともある。


 最近では夜もよく眠れるし、起きている間は家族や俺たちとこうして会話を楽しむ余裕も生まれたということで、雪芽は嬉しそうだった。

 そんな雪芽の姿を見ることができて、俺もまた嬉しくなったのだった。




「ちょっと1人ずつ話したいことがあるの。いいかな?」




 しばらくして、雪芽は唐突にそんなことを言った。

 なんだろう、個人的な話でもするのだろうか?


「別に構わないが……。お前たちは?」


 俺の言葉に夏希と晴奈も賛同し、雪芽は満足げに頷いた。


「じゃあ最初はなっちゃんね。他の二人は外で待っててくれる?」

「ほら、行くよお兄ちゃん」

「お、おう」


 1人ずつって、ちょっと気になるな……。

 しかし、晴奈にせっつかれて、仕方なく病室を出る。



 病室を出てすぐのところにある椅子で座っていると、しばらくの後に夏希が出てきた。


「何の話だったんだ?」


 俺が声をかけると、夏希は肩をびくつかせて驚いた様子で俺を見る。


「な、なんでもないわよ」


 そう小さく呟くと、俺から随分離れた位置の椅子に腰かける。

 どうしたんだろうか? 少し顔が赤いようだけど、いったい雪芽に何を言われたんだ?



「次は晴奈ちゃんだってさ。いってらっしゃい」

「は、はい!」


 晴奈は少し緊張した様子で病室に入っていった。



 晴奈が雪芽と話をしている間に、俺が何度か夏希に話しかけたのだが、なぜかまともに取り合ってくれなかった。

 目も合わせようとしないし、たまたま目が合うと、慌てて逸らす始末。


 一体何を話したんだよ……?



 そうこうしているうちに晴奈が病室から出てきた。

 見ればなにやらボーっとしている。


「おい、どうした?」

「……はっ! な、なんでもない。次はお兄ちゃんだよ」


 晴奈は俺が声をかけると、思い出したようにそう言った。

 その顔は次第ににやけていって、仕舞いには溶けた餅のような状態になっていた。


 だからいったい何の話をしたんだよ!

 すげー気になるんだけど……。



 この二人、雪芽と話してから明らかに様子がおかしい。

 夏希はなぜか俺を避けるし、晴奈はここじゃないどこかに思いをはせているのかボーっとしてるし。

 ……いったい俺はどうなってしまうのだろうか。ちょっと不安だ。


 一抹の不安を抱えながら、俺は病室の扉に手をかける。

 ままよと扉を開くと、その先には先ほどと何ら変わりない風景が広がっていた。




「次は陽介の番だね」




 そういう雪芽からは、穏やかさの中に確かな意思を感じた。

 それがどういったものなのか、俺には分からなかったが、冗談で流したりしてはいけない話をこれからするのだということは分かった。


「じゃあ座って。私もまだまとまってないから、取り留めのない話しになっちゃうかもだけど、許してね?」

「あ、ああ、もちろん。それで改まって話なんて、いったい何なんだよ?」


 雪芽は小さく頷くと、ゆっくりと息を吸い、語りだした。

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