第59話 突破口は悪戯の笑みの中

 視界に広がる真っ黒な太陽は、冷たい悪寒を孕んで徐々に大きくなっていく。それが近づいてきているのか、あるいは肥大しているのかは地球上にいる俺たちではわからない。ただ、放っておくことはできないということだけは確かだ。

 しかし、現状において俺を含めた全ての人間が、あれに対しての有効な手段を持ち合わせていないという絶望の中にいた。


「なぁ、颯人。あれをどうにか出来るか?」

「出来てればわざわざお前を呼び出したりしない。つまりはそういうことだ」

「勝算は?」

「世界が終わるか進むかの瀬戸際で、勝算の有無を確認する必要があるのか?」

「ご尤も」


 要は勝たなきゃいけない。負けを考える必要など無く、考えている暇があれば勝つ方法をひねり出せという。

 けれど、敵は空だ。空に広がる黒い太陽だ。如何に伝説の武装だろうと、剣では空をどうこうできない。奈留の力を借りて空に特大の雷を落とそうとも考えたが、それであれが消え去るのなら颯人がとうの昔にどうにかしているはずだ。

 残された俺の力となると、《終末論アヴェスター》に蒐集された終末を再現するのと、クロエの本来の能力であるクロミくらいだ。だが、体が完全分離されたとは言え、クロエの力は安易に扱えるものではない。それに加えて、聞いた話では病の原因と聞いている。それが黒い太陽に聞くとも思えない。

 《終末論》に至っては扱えるのが颯人の世界矛盾と酷似しているので、颯人にどうにも出来なかったものが出来るとは考えにくい。


 さて、手詰まりだ。逃げていい?


 俺の顔がよっぽど絶望していたのだろうか。横に立っていた颯人が呆れた顔で息を吐いた。そして、俺の背中を思いっきり叩くと、気合を入れ直す。


「気圧されるんじゃねぇよ。んな顔したって、やらなきゃいけないことに変わりはねぇだろ」

「で、でもよぉ……」

「だったら俺に任せるか? 任されてもいいが、倒せる気は全くしねぇぞ?」


 堂々と言っているが、そんな軽快に言われたら断るしかなくなってしまう。颯人も断るとわかっていたようで、半分以上ジョークだったみたいだ。颯人に習って気合を入れ直した俺は、黒い太陽を見つめ直す。禍々しいそれは、依然として肥大している。

 本当にあれが倒せるのか。何かいい案を提示してもらうべく、颯人の方を見直すが――。


矛盾解消ハロー・アンダーワールド――――加速して廻れ、《右翼の天使》」


 ふんわり空気が動いた。そこには、右翼をはためかす颯人の姿が。

 言わずもがな。颯人は本気を出したのだ。未踏の終末を超えていくために。人類に不可能など何一つないのだと叫ぶために。

 颯人の能力、《右翼の天使》は一秒の定義をいじる能力だ。やろうと思えば永遠の一秒だって作れるだろう。だが、それでは黒い太陽は倒せない。いいや、壊せない。

 しかし、颯人の能力はそれだけではない。そもそも、曰く本来の力は別にある。それは正義を成すためだけに存在する人外の力。神から承った銀色の右腕。

 極彩色の翼が颯人の右腕に巻き付き、後に腕が銀の輝きを強く放つ。その真名は――。


「――《銀の右腕アガートラム》」


 それ一体何をするのか。わかりきっているが、どうも颯人は《銀の右腕》で黒い太陽を破壊しようというらしい。とんでもない距離があるというのに、どうやって攻撃を仕掛けるのかと興味深げに見ていると、颯人が腕を振りかぶる。

 まさか。そう思ったが次の瞬間。颯人は振りかぶった右腕を思いっきり振り抜いたのだ。


「うっそぉ…………」


 結論から言えば黒い太陽は消え去りはしなかった。だが、なんと黒い太陽の四分の一程度が青空に変わり、波が戻ってくるように再び黒に染め上げられた。

 地面が軽く抉れるほどに踏み抜いた颯人は、一部始終を見終えて俺に向かっていうのだ。


「な? さすがの俺もあれはお手上げだ」

「…………………………………………あれを簡単そうにやるお前に驚きだよ」


 常識はずれだとは思っていたが、まさか平然と黒い太陽の四分の一を一瞬とは言え、かき消すなどありえない。というか、その力を先日俺に躊躇なくうちはなったことがもうギルティー。

 あのとき奈留がいてくれたことでなんとか生きていられたんだなと思うと、無性に奈留をめでたくなってしまう。まあそもそもが可愛いからな。奈留を可愛がるとイヴが起こるのと麻里奈が拗ねるのを除けば完璧だ。

 などと、現実逃避を兼ねた妄想はさておき、どうやら颯人があれを倒せないという事実を見せつけられたようだ。俺も協力する――つまり、颯人の先程の攻撃の三倍の攻撃ができれば、俺たちは勝利できるというわけだ。


 ちなみに、先程の攻撃がどれほどなのかを聞いてみることにする。


「さっきの攻撃、威力をわかりやすくするとどれくらいなんだ?」

「核爆発」

「……………………………………………………………………………………………‥‥……………………………………‥………………おぅ」


 つまりあれか? 核弾頭を三つ用意すればいいのか? ……無理に決まってるでしょうよ、えぇ!?

 それよりも核爆発と同じ威力の攻撃を生きてるやつに向ける颯人の気が知れない。切羽詰まった戦いだったとしても、やりすぎという言葉をぜひとも颯人には知ってもらいたい。


 では、これまでの総評を語っていこう。

 結果は無理だ。俺には手に負えない。ていうか、手に負える力を持ってない。どれだけ俺が異常な存在になろうとも、それほどの力は身に余る。

 そのためこの戦い、すでに敗北色濃厚なんですがこれは。


「あの黒い太陽が一体何なのか……、せめて名前だけでも分かれば多少は楽なんだろうけど……」


 そんな奇跡みたいな天啓はないわけで。俺たちはこのままやつの正体を探すのか、んなことカンケーネー行くぜ俺の力!! つって特攻かますか。どっち選んでも頭が悪いと言われそうだな。

 と、そんなときだ。こういうときに一番会いたくないやつが待ってましたと姿を表したのは。


「呼んだかい?」

「呼んでないし、今までどこにいた?」

「ちょっと地球の裏側にね。それで何のようだい?」

「いや、だから呼んでないって……俺はただ、あの黒い太陽の正体が分かれば良いなって言っただけで――」

「わかるよ?」

「だから、お前が特別必要ってわけじゃなくて、えぇ!? おま、お前、わかるの!?」


 サラリととんでもないことを言ってみせたのは、自称死神のタナトス。一体今までどこで何をしていたのか謎すぎるやつだが、そんなこいつがキーパーソンならぬキーゴッドになるなんて一体誰が予想しただろう。少なくとも俺は、タナトスのことを穀潰しとしか思っていなかった。

 早速回答を聞き出そうと口を開こうとする。

 しかし、俺は完全に忘れていた。タナトスが性根の腐った悪戯好きであること。質の悪い悪戯のためならたとえ世界の終わりですら利用しようとするとんでもないトラブルメーカーであること。


 そして、三日月のごとく釣り上がった笑みの意味を――。

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