第57話 陽炎に燃ゆる黒い太陽
「んだ、ありゃ……」
空にはとても巨大で禍々しくも揺らめく陽炎を纏う黒い太陽が浮かび上がっていた。それがなんであれ、あれが原因で颯人が電話してきたに違いない。しかし、冗談にしても大きすぎる。それに、俺はあれに見覚えがあるような気がしてならないのだ。そう。たしかあれは――。
思い出せそうで思い出せない靄のかかった記憶はうまくその輪郭を浮かび上がらせてはくれない。考えても埒が明かないから考えるのはよそう。というか現実から逃げたくなるのは本能故か。
逃げ出すにも家の中には大切な仲間がいる。我先に逃げるわけにも行かず、待っていればみんなで立ち向かおうと言い出すに決まっている。所詮、俺は逃げることはできないのだ。神埼紅覇が言うように、大人の世界に片足を突っ込もうとしている俺は。
「……きょーちゃん。あれ」
「何かはわからない。ただ、颯人が来いって呼んでるんだ」
準備を終えた麻里奈が家から出てくると、俺と同じ光景を目の当たりにして俺の手を掴む。恐怖のためだろう。震える指が掴んだ手から伝わってくる。じんわりとにじむ手汗を悟られないように強く握る。
本当なら麻里奈をあそこへは連れて行きたくない。命の保証がないからとか、関係ないからとかじゃなく、大切な人だから。クロエもクロミも、出来るならイヴも奈留も。危ない場所に大切な人を連れていきたいと思うやつがいないだろう。
でも、連れて行くしかない。なぜなら、俺が弱いから。みんなを守るには分不相応すぎるから。もどかしさを感じつつ、これ以上人間離れしたくないという気持ちが混ざり合う。俺は一体、どうすればよかったのだろうか。何をすれば俺の願いは叶ったというのだろう。
ふいに、背中を叩かれた衝撃が全身を駆け巡る。それは今までの思考を吹き飛ばし、視界をクリアにさせた。そして、振り返った先にはクロエが腰に手を当ててジト目で立っていた。
「く、クロエ……」
「なんて顔してんのよ。アンタはね! このアタシを救ったの! 《災厄》と呼ばれた《黒痘の魔女》を救ったの!! わかる!? アンタに救えないものは、他の誰にも救えないわよ。だから、シャンとしなさいよね。じゃないと、アタシが好きになったアンタじゃないでしょ!」
元気づけてくれたらしい。クロエの足が少し震えているのが見えて、クロエが怖がっていないわけではないとわかる。それでもなお元気づけようとするのは、俺に期待してるからだろう。その期待が目の前の景色を変えてくれるという期待なのか、自分たちを救ってくれるという期待なのかは計り知れない。
だが、見た目は幼女中身はムフフな女の子にここまでかっこいいところ魅せられたからには、黙ってなどいられない。これ以上格好悪いところは見せられない。だってそうだろう? これ以上かっこいい幼女を見ていたら、うっかり惚れてしまいそうだし。
息を吐くなり、俺は小さく頷いた。
「そうだな。行こう。俺は世界の終わりを止めるって言った。その言葉を実現するには行くしかないもんな」
「そうよ。ほら、まりなもいつまでも怖がってないで。…………ねえ、抱きつきたいだけじゃないわよね?」
「え? あー、ち、違うよ?」
どうもそうらしい。言ってくれれば抱きつくのに。今こそ、そのおっぱいを堪能するとき!! って感じで。多分殴られるな、うん。
無理矢理振りほどくことはしないが、自重した麻里奈は控えめに手を握り続けている。戦う意志を固く持った俺には仲間たちがついている。危険に晒したくないのなら、そうするように戦うしかない。守るために努力を尽くすしかない。今の俺には全員をまるっと救うことなんてできないのだから。
そうして、俺達は颯人が指定した卒業式会場へと足を進める。
近づくに連れて黒い太陽が更に近く。どうやらここを中心として黒い太陽が現れていたらしい。その真下、卒業式会場では登校してきていた学生が倒れていた。
「これは……」
「とりあえず気絶してるだけみたい。多分、あれを見たせいだと思う」
すぐさま学生に近づいて様子を見た麻里奈がそういう。ひとまずの安堵を持って、今度は呼び出した張本人を探す。これで颯人も気絶していたら目も当てられないが、アイツに限ってそんなことはないだろう。いや、気絶してたら叩き起こす。流石に俺一人であれどうにかしろとか、無茶がすぎるからね!
俺の予想通り、みんなが倒れている中で唯一人空を見上げたまま立ち尽くす男が目に映った。
「颯人」
「遅ぇ……だがまあ、あんな物が見えて逃げ出さなかっただけマシか」
「珍しいな、お前が優しい言葉をかけるなんて」
「今の言葉が優しいと感じたなら、お前は相当ドMだな」
「るっせぇ。ちょっと言ってみただけだろ」
いつもどおりな仲の悪さを見せつけたところで、空にある黒い太陽が一体どういうモノなのかを聞いてみようと思った。思ってやめた。
だって、颯人の顔が、表情が、額に流れる汗の意味が、あれが何なのかわからないということを物語っていたから。
さて、どうしたものか。颯人にもわからない禍々しいあれは、放っておけば間違いなく世界が終わりそうな勢いだ。もちろんそうはさせない。けれど、あれが何かがわからなければ手の打ちようがないのも当然だ。
すると、我に返った颯人が汗を拭って俺に言う。
「
「なうで見てますが?」
「違ぇよ。あのとき――お前が俺の送ってきたこれまでを夢に見ていたときに、だ」
「あぁん? 正直あのときのことは思い出したくも…………あぁ、思い出しちゃったよ、ったく!」
髪の毛をわしゃわしゃとかき乱すと、先程まで靄がかかっていた記憶が、まるでフィルターを外したかのように鮮明に思い出される。間違いない。あれは最近俺の安眠を奪っていた夢の正体。
つまり、
攻略方法云々の話じゃなくなった!! あれは誰ひとりとして突破口がわかっていない終末論。そいつがとうとう現れてしまったのだ……!!
血の気が引いていくのを感じる。それが恐怖であるということに気がついたとき、俺の膝は折れて呆然と空だけを見つめてしまっている。その横に立つ颯人が震えながら俺の名を呼ぶ。
「立て、御門恭介。お前には立ち止まる時間なんてあるわけ無いだろ!!」
「でも、どうする? あれは……あれはお前も未踏破の終末論だろ!? この土壇場で踏破できる自信があるのかよ!?」
「黙れっっっっ!! やらなきゃならない、そうだろ」
差し出された手に自信は感じられない。ただ、やらねばならないという決意じみたものを感じる。当たり前か。颯人には嫁さんを救うという目的がある。しかも、その嫁さんにまだ出会えてないのだ。目的半ばも半ば。スタート地点から一歩も動いていない状況でリセットボタンなど押すはずはない。
かくいう俺も認められない。こんなに簡単に世界を終わらせる訳にはいかない。
立ち上がる。しかし、状況が好転するわけはない。なにか、別の要因がなければ。
その時だ。呼んでもいないのに厄介事が向こうからやってきた。
「二日ぶりか。元気で何よりだ、諸君」
燕尾服に気色の悪い鉄仮面。やつは自分を《幽王》と名乗り、世界を自分の手で終わらせると言った。その男が今、黒い太陽をバックに俺たちの前に立ちふさがっている。
ただし、その横には総勢八人の老若男女、なんだったら人外を含めた仲間と思しき者たちを従えていた。
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