第242話


次は『あの時』だった。

強い魔物が現れるようになり、私はますます戦わなくなり、シーナは私を庇っていつも前に立っていた。

そんなシーナの様子が段々と変わっていった。

魔物の群れではないのに、倒しても倒しても次の魔物がやってきて休むヒマもなかった。

シーナが、だんだん変わっていったのは100体を超えた頃。

そんなシーナの頭を師匠が叩いて気絶させた。


不安になっていると「一気に片付けるぞ!」とご主人さまが前に出てきた。

それだけで私は安心したんだ。


「まずは向かって右のベアだ。

スゥ。後ろに回り込み背にアタックしたらすぐに離れて距離を取れ。

ルーナ。ベアがスゥに意識を向けたら、後ろから足の筋を断て。

スゥ。バランスを崩したら首を切り落とせ。

無理なら両目を潰すだけでいい」


「「はい!」」


ご主人さまが詳しい指示を出して、スゥがベアの背後から切り刻む。

スゥがベアの注意を自分に向けてくれたため、私はベアの左足を力を込めて攻撃した。

足を1本失ったベアの巨体が左側に崩れ、両前足を床について体を支える。

これで、ベアは体を支えるために左前足と右後ろ足が使えなくなった。

スゥがベアの背に飛び乗り、うなじに短剣でとどめを刺した。


この時の嬉しかった感情は残っている。

傷をつけるしか出来ないと思っていた。

それがベアの足を一撃で切断出来たのだ。


「ルーナ。スゥ。今度は役割交代!」


「「はい!」」


今度は私が『おとり役』だった。

しかし、仲間を倒されたベアは威嚇してきた。

それで私は足がすくんで動けなくなってしまった。


「ルーナ。怖いならスゥに代わってもらうか?」


『ルーナは役に立たない。役に立つスゥに任せるか』と言われた気がした。

ご主人さまが任せてくれた。

だから『やり遂げなくてはならない』。

本気でそう思った。

だから言ったんだ。

「大丈夫です。行きます」と。

でもご主人さまは違った。


「スゥ。ルーナのフォローを」


「自分で出来ます!」


ご主人さまの言葉を止めるように言った。

そんな私に、ご主人さまは冷たい視線を送ってきた。


「・・・ハンドくん。ルーナを。

スゥ。変更だ。『ひとりで』倒してみろ」


「はい!」


スゥはご主人さまの期待通りにベアを倒した。

さっきご主人さまが指示した流れで。



あのあとは覚えていなかった。

気付いたら、私たちは大きな広場に張った結界の中で師匠に叱られていた。


あの大量の魔物たちは、師匠たちが手分けして解体してくれていた。

1体に10人の師匠たちが『人海戦術』で片付けていた。

その間5分も掛かっていない。

いつまでも時間を掛けていれば、戦闘の邪魔になるからだ。



「スゥ。彼女たちがなぜ叱られているのか分かるか?」


叱られている結界の外でご主人さまの声がした。

そちらに目を向けると、ご主人さまとスゥが魔導キッチンの前にいた。


「ルーナはベアと戦えなかったから?」


スゥの言葉にご主人さまは首を左右に振る。


「シーナは戦うこと、相手を倒すことに意識を向けすぎた」


ご主人さまのいう通りだ。

シーナが『おかしくなった』のは、休みなく敵が現れたためだ。

そのことも、ご主人さまはちゃんと知っていた。


「シーナは『興奮状態』が続いて自我を失いかけた。

もちろんそれは『獣人の特性』だと分かっている。

それが、獣人が忌避・・・人々に受け入れてもらえない最大の理由だ。

いつ逆上して自我を抑えられなくなり、周りに危害を加えるか分からないからな。

人と獣人ではチカラが違いすぎる。

暴走した獣人を止めるには『殺す』しかない。

殺さなければ、逆に自分や仲間たちが殺されるからな。

それが冒険者の場合、パーティの全滅を意味する。

町や村なら、上手く逃げ出して生命が助かったとしても滅びるだろう。

それを回避するには、運が良ければ気絶させるか、最悪、殺すしか手立てはない」


・・・その話は聞いたことがある。

でも、『そんな状態の人』は初めて見た。

もし、ご主人さまと師匠がいなければ、シーナは・・・ううん。きっと弱い私が『殺されていた』。

私を殺してシーナはどうしただろう。

スゥに手を出すのかな?

でも、スゥはご主人さまの話を聞いて、何かを決意したみたいだ。

・・・シーナを、そんな状態になった獣人を『殺してでも止める』決意と覚悟だろう。



「そしてルーナの方だが・・・

ベアが威嚇した。

それに怯えるのは『経験不足』で仕方がない。

そのうち慣れるだろう。

だが、『自分の出来る範囲』を見誤って、スゥにフォローを指示したオレの言葉を拒否して『自分で出来る』と言った。

今はベア相手だったからまだいい。

しかし、これがギルトの『緊急クエスト』に参加していたり、今ならラスボス戦かな?

指示を聞かずに独断で動けば、パーティの全滅。

下手すれば、他の人たちまで巻き込んで、多大な被害・・・惨劇が起きている。

・・・そんな『危険分子』はいらない」


私はただ『覚悟を決めた』だけだった。

でも、『ご主人さまの指示を拒否』したのも確かだ。

それに、スゥに対して『嫉妬してムキになった』のも事実だ。

ご主人さまは、直前まで怯えていた私を、シーナの代わりにフォローするよう、スゥに指示していただけだ。

『スゥと代われ』と言われたわけではなかったのに。

・・・冷静になれば分かることだったのに。

きっと私も、シーナと同じで『おかしくなり始めていた』のだろう。



「スゥも本当は気付いているんじゃないか?

彼女たちと大きくレベルが離れた理由を」


こんな話、覚えていない。

ちがう。あの時はもう疲れていたのと、ベア戦でご主人さまに『いらない』と言われてショックだったから、『何を言っているのか理解出来なかった』んだ。


「探検を始めた時にハンドくんに叱られたよね?

『なぜ気配察知と危険察知を怠ったのか』って。

あの後、スゥはちゃんと使っている。

移動中はもちろん。戦闘中も・・・寝る時も」


・・・スゥがそんな事をしてたなんて知らなかった。

でも、それの何が『大きくレベルが離れた理由』になるのだろう?




「あれ?ハンドくん。お帰り〜。

シーナとルーナはどうした?」


〖 ダンジョンの外に捨ててきました 〗


「2人の『今の様子』は?」


〖 ダンジョン入り口から動いていません。

シーナは青褪めてへたり込んでいますし、ルーナは泣きじゃくっています 〗


「動く気はなさそう?」


〖 ありませんね。

何のために『ふりだし』に戻したのか分かっていません。

スゥに『説教の理由』を説明していたのを、2人にもリアルタイムで聞かせたというのに 〗


「スゥ。2人が何故『ダンジョンの入り口』に放り出されたか分かるか?」


「さっきの『ご主人の言葉』を聞いていたなら、『気配察知』と『危険察知』の練習のため。

此処まで魔獣を倒して来たから、今なら魔獣もほとんどいなくて、明日の朝までには着く。

・・・と思います」


「正解だ」


あの時、私たちが 『ダンジョンの入り口』に戻された理由がやっと分かった。

『『気配察知』と『危険察知』を使って、ここまで戻ってこい』ということだったんだ。

魔物は倒したけど、新たに生まれた魔物がいるかも知れない。

だから、結界を張ってくれていたのに。

それなのに私たちは泣いて動かなかった。

迎えに来てもらえるのを待っていた。

・・・来るはずがない。

だって、『待っている』のはご主人さまたちの方だったのだから。



目を覚ましたら、シーナに今までのことを謝ろう。

そして、いちから『戦い方』を教えてもらおう。

今度こそ、シーナに庇われるのを『当たり前』と思わず、傷付くのも恐れずに前に出よう。

スゥには追いつけない。

だったら私は、『足手まとい』にならないように戦えるまで強くなろう。

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