第191話



此処の神殿は、両親のいる神殿や此処に来るまでにあった町の神殿とは違い、『神子』に興味はなかった。

だから『ジーニのこと』に気付いた神官長は、ジーニに『祝福』を与えた。

・・・そう。ジーニは『神子』だった。

旅の途中でケガをした時に、小さなジーニがケガの部分を撫でた。

するとケガが癒やされたのだ。

ジーニには『してはいけない事だ』と教えた。

誰かに知られたらジーニは神殿に奪われてしまう。

すべてを知った上で、その『光魔法』を神官長は封じてくれたのだった。



神殿から宿屋へ帰ってから、その日の朝早く『ヒナルク』が助けた獣人の娘たちとエンテュースを去ったことを知った。

元々ヒナルクは宿に15日滞在の予定だと言っていた。

しかし・・・最後に『聞きたいこと』があった。

どうやら仲間たちも気付いていたようだ。



「最後まで『聞けなかった』な」


「ああ。しかし『旅をする』から『仕方がない』のだろう」



俺たちは『ヒナルクが少女』だと気付いていた。

気配りなどが『女性らしい』からだ。

しかし本人が言わないことを暴くことはしなかった。

『女性のひとり旅』ほど危険なものはない。

『少女のひとり旅』なら尚更だ。



そんな話をしていた時、ヒナルクが泊まっていた部屋を掃除に入ったジーニが慌てて降りてきた。

その手には手紙が握られていた。


【 15日間お世話になりました 】

【 皆さんには最後に怪我を負わせてしまい、大変心苦しく思っております 】

【 こちらは『正規の宿泊料』と『迷惑料』です 】

【 どうぞご査収下さいませ 】



「部屋に『色々』置いてあったの」



忘れ物だったらどうしよう。

その言葉にジーニが手紙を読んでいないことが分かった。

ヒナルクが使っていた部屋に全員で駆け込む。

キレイに片付けられたベッドの上に真っさらな麻布が敷かれ、その上に武器が並べられていた。

まるで、俺たちが各々『得意』とする武器を知っているように・・・


そしてテーブルには麻袋が置かれていた。

ジーニの話だと、手紙はその麻袋と一緒に置かれていたらしい。

俺がテーブルの上で麻袋をひっくり返すと、ジャラジャラと金貨と銀貨が落ちてきた。


手紙の二枚目に書かれていたこと。



【 オレからの『前祝い』も入ってる 】

【 いつか娘さんが結婚する時に必要だろ? 】

【 オッチャンたちの『老後』を『娘夫婦』にみてもらうのは止めとけよ 】

【 孫に『おじーちゃんたちキライ』って言われたくないだろ? 】



「まったく・・・最後まで『アイツらしい』じゃねーか」



誰かの呟きに俺たちは頷いていた。






神殿で祈りを捧げていた神官長は『神の声』を聞いた。



「我らが『愛し子』のために『祈り』を捧げてくれたことに感謝する」


「やはり『神子みこ様』で御座いましたか」


いな。あれはただの『人の子』だ。名を『さくら』という」


「え!あのお方が!」



神官長は驚いて顔を上げる。

『さくら』という名に心当たりがある。

『女神に愛されし娘』としてこの世界に招かれた『救いの御子みこ御名みな』だ。

その後『神々に愛されし娘』となり『創造神様に愛されし娘』となられた。



「そなたなら『さくら』の姿を見せても構わないだろう」



その声と共に、神官長の脳裏に『黒髪の少女』が現れた。

屈託のない笑顔がヒナルクの『それ』と重なる。


神官長は無意識に『旅の無事』を祈り、『しあわせ』を願う『祝詞いわいことば』を口にしていた。







「おーおー。相変わらずこの店はヒマそうだな」



ザーニが武器屋グラハムの店に顔を出す。



「そういうお前こそ、店を放ったらかしにしてて良いのか?」


「ウチには優秀な店員が沢山いるからな」



ザーニの『自慢』にグラハムは呆れる。

しかしすぐに気を取り直し、「確かにヒナルクが来店した時に慇懃無礼な態度を取った『優秀な店員』がいたらしいな」と揶揄からかう。



「な、何だとー!」


「お?知らなかったのか?」

「ヒナルクの旅装を見て見下した口調で、追い出すために身分証を出させた店員がいたらしいぞ」

「銀板を出されて『態度を変えた』って有名な話だぜ」

「良かったな。あの『ヒナルク』が相手で」



グラハムの言うとおりだ。

相手が『ヒナルク』だから笑って許されたのだ。

そうでなければ『監督不行届』で『期間奴隷の危機ふたたび』だ。

それにザーニの店では銅板でも『支払える』なら客なのだ。



「誰じゃ!誰が・・・」


「そりゃあ、お前。『銀板』だと気付いたら態度を変えたんだ。『食いついて離れない』だろ?」



つまり『あの時ヒナルクの接客』をしていた紫髪の店員・・・



「ア・イ・ツ・かー!」


「そう。この界隈イチの『出しゃばり女』」



一時期大人しいと思ったら、『訴えられたらヤバい』から大人しくしていた訳か。

保身のためにも、後でしっかり『対応クビに』しておこう。


それにしても・・・



「いまはどこら辺にいるのかねー」


「今朝露店を開いた奴の話だと『北の寒村そいつの村』に来たらしいぞ」

「何でも『美味かった果実のお礼に来た』と言ってたらしい」


「・・・犯罪組織の果実商末端がヒナルクに『証拠』を押し付けて逃げた時のヤツか」


「ああ。あの果実を使った『ジャム』なら『銀馬亭』で食えるぞ」


「おい。そいつはウソだろう?」

「あれからどれだけ経ったと思ってるんだ」

「どう考えても今頃『傷んで』いるだろ」


「だから『ジャム』なんだろ」


「なんだよ。その『ジャム』って」



この世界には『ジャム』がなかった。

そのため『果実』の消費期限が短かいのだ。

ジーニはそれを知ったヒナルクから果実を分けてもらい、『ジャム』にする技術を教わったのだ。

そして『スコーン』などの『お菓子レシピ』も教わり、今ではジャムと共に『銀馬亭の名物』となっている。


そして『肉体労働者』に一番好まれている。

『疲れた身体』に『甘いもの』は、体力の回復に一番良いのだ。

そして『ヒナルクの紹介』で宿に来た果実商の手紙から直接『卸し』てもらえる話がついていた。


その際、『出来が悪くても良い』と言われたものの果実商は半信半疑だった。

そのため『良い物』と『出来の悪い物』や『れすぎた物』を持って来たが、ジーニは「此方こちらを買います」と『出来の悪い物』と『熟れすぎた物』を選んだ。

そして露店を開いて『良い物』を販売したのだ。

もちろん『『銀馬亭』で使っている果実』として知られると、あっという間に果実は売り切れた。


『北の寒村』も、実がなっても売れず棄てるしかなかった果実に『定期購入者お得意さん』が出来たことで喜んだ。

もちろん『ヘタな物』を出せば関係は打ち切られる。

そのため『誠心誠意』を持って対応するのだった。

それに定期的に『定価より安く』購入出来る事で、『銀馬亭』も得をするのだ。

日本の『産地直送便』がこの世界アリステイドでも『通用する』ことが証明された瞬間だった。


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