第148話


ヨルクがさくらの頭を撫でると頬を紅潮させたさくらが何度も頷く。

さくらはハンドくんに水色のポンチョをけられて暖かくなっているようだ。

ヨルクは頭を撫でながら、さり気なくさくらの額に触れる。

熱くはない。

しかしそれは『表面』だけかもしれない。


ふわりとさくらのポンチョが暖かい風になびく。

風の神々が廊下の温度を少し上げたようだ。

同時に窓ガラスが曇り、外の景色を隠してしまう。


「さくら。手が冷たくなるから触っちゃダメよ」


窓ガラスに伸ばした手をヒナリが握って止める。


「だ〜め〜?」


「『あとで』のお楽しみだ」


いつまでもここに居たら遊べないぞ。

ヨルクに言われてドリトスに床へおろされると「探検開始〜!」とさくらは進もうとしたが、「・・・どっち行くの?」とジタンを見る。


「どちらからでも」


「んー?」


ジタンに言われてまず東側を向く。


「あっちは『図書室』だよね。いっつも『人がいっぱい』で近付いたことないけど」


「じゃあ。そっちから見ていきましょ」


ヒナリに促され「じゃあ『図書室』へGO〜!」と号令を出してパタパタ〜と走り出す。

そんなさくらを「走ったらダメよ!転んじゃうわ!」とヒナリが慌てて追いかける。

それと同時にさくらは何かにつまずいて前へ身体が倒れる。

しかしハンドくんたちが瞬時にさくらの身体を支えて事なきを得た。

すぐに追いついたヒナリも後ろからさくらを強く抱きしめる。


「もう!だから『走ったらダメ』って言ったでしょ!」


「うん。・・・ゴメン。ヒナリ」


ヒナリを心配させてしまったことに落ち込むさくら。

ヒナリは小刻みに震えていた。



『さくらが悪い訳ではありません』


そう言ったハンドくんは手に『四角柱のなにか』を持っている。


「ハンドくん。それなあに?」


ヒナリに後ろから抱き締められた状態でハンドくんに尋ねる。


『『ある国』の『大切なもの』ですよ』


「じゃあ返してあげないと」


『あとで返しておきます。もちろん『タダ』では返しません。『大切なもの』を落としても気付かないのですから』


さくらとハンドくんの会話に男性陣は表情が引きる。

ハンドくんが見つけたのは『国璽こくじ』と呼ばれる『国の印章』だ。

どんな『理不尽な内容』でも、この国璽を押されてしまえば『国王が許可を出した』ことになるのだ。

つまり、ハンドくんに『国家権力』を握られたようなものだ。

もしもハンドくんが【 国を明け渡せ 】と書いた紙にこの国璽を押してしまえば「はい。喜んで」と譲らなければならないのだ。


今まで毛足の長い絨毯に埋もれて、さくらがつまずくまで誰にも見つからずにいたようだ。




セルヴァンは額に手をあてて「ハァ・・・」と深く息を吐く。

国璽の所有者は『セリスロウ国』だった。


『聖なる乙女のお披露目パーティー』の翌朝に起きた騒動。

そのことはセルヴァンも知っていた。

そしてドリトスやセルヴァン、ヒナリの『身内』がその場にいたことも。

ただハンドくんから『その場にいた理由』は聞いていた。


『ドリトスの身内』は騒動を知って野次馬根性で。

『ヒナリの身内』はヒナリとヨルクを追い出してさくらに『自分たち』を選んでもらい、面倒な『次期族長』をヒナリかヨルクに継いでもらって、自分たちは『神の庇護を受けて遊び回る』ため。

そして『セルヴァンの身内』はヨルクやヒナリと会って話したくて。

どうやら国璽はその時に『落とした』ようだ。



確かに『肌身離さず持ち歩け』とは教えた。

しかしそれは『なくすな』という意味だ。



さくらが躓いて転びかけたのだ。

ハンドくんが怒らないで『すんなり返却してくれる』とは到底思えなかった。



『実は『こんなもの』も此処で見つけました』


四角柱の国璽をしまったハンドくんが、今度は『指輪』を取り出してさくらに見せる。

それを見たヒナリから「え?」という驚きの声が上がった。


・・・今度はヨルクが頭を抱える番だった。


ハンドくんが見せたもの。

それは『翼族の国璽』だった。

翼族は基本飛んで移動する。

そのため『無くさないため』に国璽は『指輪型』になっているのだ。

でも国璽を持っているのは族長エレアルだけだ。


それが何故ここに?


『その理由』に誰もが簡単に思い至った。

エレアルに内緒でロントたちが持ち出したようだ。

・・・そして簡単に『無くした』のだ。


しかし、それが『何か』を知らないさくら。

さくらが知っている『国の印章』は、昔々、海を越えた隣国がさくらの国に贈った『漢委奴国王かんのわのなのこくおう 印』だ。


・・・残念だが、それは『国璽』ではない。



さくらの考えが分かるハンドくんは『いずれ教えなければ』と思ったのだった。





「ねえ。誰か『指輪』を落とした人がいるの?」


『そうみたいですね』


「ごっつい指輪だねぇー。『男物』かな?」


『此処まで探しに来た様子はないですね』


ロントは勝手に持ち出したのだ。

『無くした』とエレアルに素直に話すことも大騒ぎすることも焦って探すことも出来なかったのだろう。


「『大事じゃない』のかなぁ?」


『要らないのでしょうね』


「持ち主に返さなくていいの?」


『それは後で『相談』しましょう』


この指輪も『持ち主を探して返す』という理由から、ハンドくんが預かることになった。


・・・こいつは高くつきそうだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る