第139話



あまりにもチカラが違いすぎる。

今でさえ大人に向かっていく幼子おさなご状態なのだ。

それ以上に『さくら様』とやらは強いという。

その言葉が事実か分からない。

しかしこの『魔法生物』に守られているのは確かなのだ。



「・・・・・・こんなの、勝てない」


手下のひとりが呟き膝から崩れ落ちた。

続くように周りも次々とその場に崩れ落ちる。

その様子にボルゴは激怒して「ええい!立て!立たんか!」と掴みかかる。

しかし誰一人ボルゴの命令を聞いて立ちあがる者はいない。



皮膚が『チリチリ』と焼けるような感触が、彼らの恐怖をさらに掻き立てる。


「俺は・・・俺は悪くない!このボルゴに命じられてやってただけだ!」


「そ、そうだ!俺たちは悪くない!」


「テメエら!」


「『アム』が・・・俺の弟が血反吐ちへど吐いて死んだ時に『直接手を出さなければ大丈夫だ』と言ったじゃないか!」


〖 見苦しい。このに及んで『命乞いのちごい』に『罪のなすり合い』か? 〗


ハンドくんの冷たく嘲笑あざわらうような声に、ボルゴたちは口をつぐむ。


〖 では聞こう。お前らの中に『自分は誰一人、かすり傷ひとつつけたことはない』と胸張って言える者はいるか?もしそうだと言う者がいるなら、この場に『神』を呼んで『申し開き』させてやるから遠慮なく言うがいい 〗


ハンドくんの言葉に全員が俯く。

そう。この場にいる時点で『罪名は確定』しているのだ。

『神相手』に嘘や言い逃れなど、出来るはずはなかった。


〖 お前らに『最後の慈悲』をやろう 〗


ボルゴたちは勢い良く顔を上げる。

すがるような、一縷いちるの望みを目に浮かべて。



〖 ヨルク。『彼ら』をゆるせるか? 〗


ヨルクはボルゴたちを睨みつけるような目で、その場に立っていた。

だからハンドくんに呼ばれて驚いたが、ボルゴたちに目を戻し、怒気を含んだ声でひと言「赦せない」と呟いた。


〖 では『最後に殴っておく』か? 〗


「あんな奴ら・・・『殴る価値』もない」


「そうじゃ。お主のこの手は『 さくらやヒナリ大切な者たちを守るため』にあるんじゃよ」


ヨルクの、固く握りしめて震えているこぶしにドリトスの手が触れる。

反対側の拳をジタンの両手が覆う。


「そんなガキに何の『権利』がある!」


〖 彼は襲撃されたマヌイトアの『生き残り』だ。それだけで『十分な権利』を持っているのではないか? 〗



ハンドくんは『すべて』を知っているのだろう。

その上で『ヨルクに選ばせた』のだ。

・・・このまま『何もせず』に処罰されるのを見ているだけでは、ヨルクの心に『後悔』を残すだけだ。

『目の前にいたのに、『みんなのかたき』を取れなかった』と。

『あの時、一発でも殴ってやればよかった』と。

『風魔法で切り刻んでやればよかった』と。


それなら『遺恨を晴らす』場を持たせ、自分の意思で『選ばせる』事が出来れば、少しでも心を軽くすることが出来るだろう。



ボルゴたちはヨルクの『刺すような視線』を直視出来ない。

ヨルクの目が『魔眼まがん』だったら、確実に射殺いころすことが出来ていただろう。

それほど鋭い目だった。


しかし、静かに目を閉じ、大きく息をひとつ吐いてから静かに目を開けると『いつものヨルク』の目に戻っていた。


「ハンドくん。ありがとう。もう『大丈夫』だ」


ハンドくんに礼を伝えるヨルクの声からも、『怒気』は含まれていない。

固く握りしめていた拳も今はゆるんでいる。

爪で傷ついた手のひらに『優しい空気』がまとう。

驚いて両手をあげると、『きらきら』とした『優しい光』に覆われており、キズが、痛みがえていく。



「・・・・・・さくら?」


「ああ。傷ついたヨルクのことを『心配しておる』のじゃろう」


「さくら・・・」


ヨルクは俯き、手を握りしめて両目にあてる。

両親や仲間たちを亡くしてから、一度も流したことのない涙があふれ出していた。



そのやり取りの間も、炎の竜巻の包囲は確実に縮まり、彼らを飲み込もうとしていた。




〖 痛覚は倍に増やした。さくらを狙ったことを深く反省するがいい。しかし安心しろ。強力な治癒魔法で傷は瞬時に回復する。そして気絶することも狂うことも出来ない 〗



つまり『生きたまま焼かれ続ける』という事を意味している。


絶望したと同時に8人は炎の竜巻に飲み込まれた。

竜巻の燃える音で彼らの悲鳴や絶叫は聞こえない。

もしかするとハンドくんの魔法で声を封じられているのかもしれない。

ひとり一本ずつの竜巻に飲み込まれているからか。

中のボルゴたちの姿は影も形も見ることが出来ない。


あまりにも酷い『制裁』なのだが、人身売買を繰り返してきたボルゴたちの罪はあまりにも重い。

しかしこの制裁を受けることでこの後に待つ『罰』が少しは軽減されるらしい。


ハンドくんから『ボルゴたちの犯罪行為』を聞かされたセルヴァンは最初「族長であった自分がしっかり『処罰』していなかったからだ」と自身も罰を受けようとした。

しかし「族長が国民全員の行動に責任を持つのはおかしい」というヨルクの言葉と『さくらを悲しませるつもりですか?』というハンドくんの脅しで罰を受けるのを諦めた。

ドリトスからは「『罰』を受けないのもまた『罰』じゃ」とさとされた。


ジタンも同様だ。

自国エルハイゼンの城下町で起きていたことだ。

それも何年も調査していたのだ。

そして先日ハンドくんから情報をもらい、即日アジトに乗り込んで大量の逮捕者を出した。

その時にボルゴたち『関係者』を取り逃していたのだ。


まさか『賓客が関係者犯罪者』とは思っていなかった。

だがそれで合点がいった。

今までは兵士たちが乗り込む度にアジトは『もぬけの殻』になっていたのだ。

だが今回は『ハンドくんからの情報』だったため、夕方の警らに便乗してジタンが先頭に立ち兵士たちを指揮してアジトに乗り込んだ。

結果、城下町の警らから逃れるためアジトに戻っていた犯人たちを一網打尽に出来た。

『下調べ』をしなかったためジタンたちの動きが事前に漏れることがなかったのだ。



ボルゴたちは『賓客と従者』として迎賓館にいたため逮捕から逃れたようだ。

しかし部下たちの逮捕を知らず、セルヴァンへの『嫌がらせ』と欲を出して『さくら』をターゲットにしたのが『運の尽き』だ。

騒動を起こしてハンドくんに見つかり、ハンドくんに教えられたジタンがボルゴたちの身柄を確保したのだった。





セルヴァンたちはハンドくんの『制裁』に口を出す気はない。

彼らは事前に『先日の一件』を聞かされた上でハンドくんに『一任』したのだ。

ジタンでさえ「神がハンドくんに制裁をお許しになられたのです。自分は国王代理として最後まで見届けるために同行するだけです」と言い切った。



正直、ここまでハンドくんが怒っているとは思わなかった。

しかし自分たちでさえ『この手で絞め殺したい』ほど腹を立てているのだ。

さくらを誰よりも大切にしているハンドくんたちなら『自分たち以上』に腹を立てていてもおかしくはない。

何より『騒動の現場』に居たのだ。

さくらがいたからとはいえ・・・よく『その場』で『制裁しなかった』と逆に誉めてあげたい。


いや。その『報奨』として神から『制裁の許可』を貰ったのかもしれない。



『制裁の場にヒナリは連れて行かない』と聞いたときはヒナリをどう説得しようかと思った。

しかしヒナリはあっさりと『さくらのそばに残る』ことを選んだ。

それは神々が『何かした』のだろう。

ヒナリが『残る』と決めた直後に女神たちが現れたことからも明らかだ。

しかし『その判断』は正しかった。


・・・このような残酷な場をヒナリには見せられない。


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