第128話




「ヒナリ。もしあの時『さくらが消えなかった』らどうなっていたか分かるか?」


『さくらが消えなかったら?』

そんなこと考えもしなかった。


セルヴァンにヒナリは首を左右に振る。



「・・・さくらのココロが壊れてる」


苦しそうに絞り出されたヨルクの呟きにヒナリの目が驚きで見開かれる。


「そうだ。そして『ココロの壊れたさくら』を守るために神の手で記憶を消されて二度と此処へは戻ってこない」


セルヴァンの言葉にヨルクは以前聞いた神々の言葉を思い出した。

あれは『解呪された直後』の話だ。

神々は『さくらを守るため』ならさくらに嫌われても実行するだろう。


「さくら・・・・・・わたし・・・なんてことを・・・」


『事の重大さ』にやっと気付いたヒナリはワナワナと身体を震わす。


「ヒナリ。『さくらを守る』ということは『さくらを傷つけない』ことが大前提だ。・・・それが出来ないのなら今すぐ『さくらの前』から居なくなれ」



冷たいセルヴァンの台詞。

しかしそれは『さくらを守るため』だ。

此処には『さくらを守るもの』が必要であって『さくらを傷つけるもの』は不要なのだ。


「セルヴァン様。私にもう一度!もう一度だけチャンスを下さい!」


俯いていたヒナリが決意を秘めた真っ直ぐな目をセルヴァンに向ける。


「『次』はないぞ」


「はい!」


「じゃあ。さくらを迎えに行く前に」


そう言ってヨルクがヒナリの顔に『治癒』魔法をかける。

泣き続けて浮腫むくんだ顔が、真っ赤になっていた目が、ヨルクの魔法で元に戻っていく。


ヨルクは今までヒナリに触れることは決してしなかった。

触れてしまえば、救いを求めるヒナリの心は無意識に頼り、その温もりに『すがってしまう』だろう。

それでは『ヒナリのためにならない』。

冷たいようだが、ヨルクもヒナリには『さくらを守る』自覚をして欲しかったのだ。



「ヨルク。・・・『さくらが今いる場所』を知ってるの?」


ヒナリの言葉に「いいや」と首を左右に振り「でもハンドくんがドリトス様を『呼びに来た』からな」とセルヴァンを見上げる。


「ああ。いまはドリトスと温室にいる」


「さくらは・・・私を許してくれるでしょうか」


「・・・許してもらえなかったら、さくらのそばにいることを諦めるか?」


「いいえ。許してもらえるまで・・・たとえ許してもらえなくても、もう一度私のことを信用してもらえるように努力します」


ヒナリはそう言ったが、ヒナリが心から謝罪をすればさくらは許すだろう。

そしてハンドくんたちは『さくらが許したのだから』と今回は許してくれるだろう。


・・・しかし『次』はない。


さくらから『ヒナリとの記憶』が消されて『ヒナリという存在は何処にもいなかった』ことになるだけだ。




『それだけは回避させたい』と誰もが思っていた。

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