第90話


「オイ!これみろよ!」


ヨルクの言葉で本から顔を上げる。

ヨルクが見せているのは写真を載せた『写真集』というものらしい。


「この本に載ってるのって全部『さくら』って言うらしいぞ」


どうやらヨルクは『さくら』って名前に反応しているようだ。


『さくらの名前なまえはこのさくらからとったそうです』


「え?・・・さくらは『さくら』って名前じゃないの?」


『名前で『あやつられない』ために『この世界用せかいよう』としてつけた名前だといています』

『『真名まな』は聞いていません』

『さくらは『さくら』なのですから』


「そうじゃな。さくらは会ったときから『さくら』じゃ。名前は『付属』でしかない」


「そうですね。俺たちは『さくら』という存在が気に入ったのであって、『名前』が気に入った訳ではないのですから」


セルヴァンの言葉に全員が頷いた。






『さくらが起きました』


ハンドくんが教えてくれて、セルヴァンが様子を見に向かった。

その間に本を片付けてもらう。

さくらに隠れて勉強をしているのは『ナイショ』だ。


・・・オレやヒナリにだって『親のプライド』はあるんだよ。





目を覚ましたら部屋には誰もいなかった。

だから何も考えずに『ぼー』っと天井を見ていたら、いつの間にかそばに来ていたようだ。


・・・全然気付かなかったよ。


頭を撫でてくれているけど、何処となく表情が暗い。


・・・なんでだろ?


ぼーっと考えてたら額に手を伸ばされた。


「まだ熱があるな」


ああ。何にも考えられないのは『熱がある』からか。

来たことも頭を撫でていることにも気付かなかったのも『熱がある』からか・・・


「さくら?」



・・・なんだっけ?

なんか『忘れてる』気がする。



それが何だったかも覚えてない。

あれ?・・・『誰』だったっけ?





・・・・・・思い出せない。









「さくら?」


部屋に入るとさくらは起きていた。

声をかけても何も反応を示さないで、ただただ天井を見ていた。


・・・意識を回復させる前のさくらを思い出して苦しくなった。


頭を撫でていてもすぐに気付かない。

黙って撫で続けているとやっと俺を見た。

額に手を伸ばす。


「まだ熱があるな」


俺の言葉にあまり反応がない。


「さくら?」


ボーッとした表情のさくらが心配で名前を呼ぶ。

何も反応しない。

俺を見ているのに。

目線が合っているのに。


「・・・さくら?」



どうした?

まさか・・・・・・




「俺が『わからない』のか?」






さくらを抱き抱えてリビングへ向かう。

さくらの『様子』を一目見て気付いたドリトスが「何が起きたんじゃ!」と、珍しく慌てた様子で駆け寄ってきた。

さくらをお姫様抱っこの状態で抱いたまま畳に座ると、ドリトスが両手でさくらの顔を挟んで自分に向ける。


「さくら。どうしたんじゃ?」


ドリトスの顔を見たさくらは安心したようにニコッと笑ったがそれ以上の反応は示さなかった。

さくらの『異常』に気付いたヨルクとヒナリもそばに来て声をかけたが、さくらは何も反応を示さなかった。






さくらを連れて屋上庭園に移動し、唯一さくらが反応を示したドリトスが揺り椅子ロッキングチェアに座ってさくらを膝だっこして揺れている。

さくらは最初、周りの植物に目を向けて深呼吸をしていたが、今は寝息をたてて眠っていた。

やはりさくらはこの屋上庭園が『お気に入り』なんだろう。

強ばっていた身体が緩んでいた。


いつもならさくらが屋上庭園に入るとすぐに周りに集まってくる妖精たち。

しかし植物などの影に身を隠して騒ぐこともなかった。

今は揺り椅子ロッキングチェアの周りに集まって眠るさくらを見守っている。

彼らは『さくらに何が起きているか』を知っているようだ。




「それで。これはどういう事かね?」


ドリトスがさくらの身体を軽く叩きながら、ウッドテーブルに目をやる。

そこにはハンドくんがホワイトボードを置いて待機していた。



【 さくらは今までも何回か『記憶障害』を起こしている 】


ハンドくんはホワイトボードに『この世界の言葉』で書いている。

ヨルクとヒナリはその事に驚いていたが口に出すことはなかった。

今はさくらのことが『最優先』だからだ。



「『記憶障害』って?」


【 さくらの場合は『記憶喪失』 】


「・・・私たちのことを忘れちゃうの?」


【 今のさくらは『元の世界』の記憶を少しずつ忘れている 】


「それって!」



ヨルクが思わず大声を出して立ち上がったが、慌てて口に手をあててさくらを見る。

さくらは変わらずドリトスの腕の中で眠っている。

それを見たヨルクはホッと息を吐き出して座りなおす。


「それって・・・『元の世界の夢を見て泣きながら起きたり熱を出す』ってヤツと関係あるのか?」


ヨルクの言葉にヒナリは「ア!」と驚きの声をあげた。


【 ある 】

【 『過去』を『夢』としてみている 】

【 目を覚ました時に『過去』は『夢』として『忘れていく』 】

【 熱を出すのはそのせい 】

【 それでも得た『知識』は残る 】


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